2 私に弟子入りしろと?
イズルのことなんて忘れよう。
アルテナ学院での出来事なんて、私にとっては過去の話。
私は後ろなんて振り返らない。
栄光を失ってしまったのなら、取り戻すまで。いえ、もっと煌びやかな輝きを携えて、私たちを嘲笑ったものたちの前に現れてやりますわ。
その時、あなたたちは、私を悪役などと罵ったりできないでしょう。
なぜなら私はこれから、冒険者として英雄の道を歩むことになるのですから。
ヒーロー。私は貴族を手玉にとれるほどの冒険者になってみせますわ。
「ごめんね。あなたはまだ冒険者登録できないの」
「なぜ!」
私はカウンターを力任せに叩いた。呼び出しベルが振動で音を立てた。
大広間の冒険者が私の声に振り返る。
掲示板で依頼を探している人たちが、カウンターの様子を伺う。
服装が悪いんですの?
私はアルテナ学院の制服の胸元を摘まんでみた。
黒基調に赤ラインの制服は学院のシンボルとしても有名だ。ローブはひざ丈ほど、膝下はレギンスで動きやすい。
ギルドへの出入りは学則違反だから、もしかして制服は全面禁止?
それは困る。私はこれより機能性に優れた服は持ってないし、服飾類は金銭面の工面に充てるため、随時処分していっている。
「その制服でも大丈夫よ。除籍証明書も提出してもらったしね。学則は関係なし」
カウンター越しに案内人のイリスさんが言った。
「だったら」
「冒険者っていうのは、命がけの仕事だからね。すぐには登録できないの。まずは講習を受けて試験に合格するか、上級冒険者に弟子入りして許可を貰うかしてからね」
「講習!?」
そういえば、学院でもギルドシステムについて学んだことがある。
まずは一年間の講習を受けてから、試験を合格する必要があると。
同時に名門アルテナ学院の学生に与えられた特権も教わった。
「アルテナ学院の生徒なら、講習を飛ばして、いきなり試験を受けられるはずでは?」
「アルテナ学院の卒業生さん、ね」
「うぐっ……」
私は中退者。いきなり現実を突きつけられてしまった。
「講習は一年間もかかるからね。安全面を考慮すると、こちらがおススメだけど、待ちきれないって人は、上級冒険者に弟子入りって手もあるわよ」
「上級冒険者なんて、そんな方存じませんわ」
「あれ、でもアルテナ学院の生徒さんだったんだよね、だったら……」
カラン、と鐘が鳴って扉の開く音がした。
「イズルを知ってるんじゃない。あいつ学院でも有名そうだし」
イズルって、どうしてあの小生意気な下級生の名前が、イリスさんの口から出てきますの?
「おーい。こっち、こっち」
イリスさんが扉に向かって手招きする。
「珍しいな、デートのお誘い?」
振り返りたくない。さっき聞いたような声がする。
「バーカ。私は忙しいの。こちらさん、冒険者希望なんだけど、知らない?」
「あれ? サラ。こんなとこで職探しか?」
何であなたがここにいるの?
というか。
「職探しって言うんじゃない!」
「だって退学したから、職探しして……」
口元を押さえて黙らせる。ついでに鼻も抑えてしまおうか。
「黙りなさい。その言葉を言うんじゃありません」
これではまるで、私が学費を払えなくなって学校をやめて、お金を稼ごうとしてる貧乏貴族みたいだ。
間違っては……ないけど。
ふと、ギルドが静まり返っていることに気付いた。皆の視線がこちらに集中している。
「イズル、あんたは相変わらず無神経だね。そんなこと言ってると嫌われるよ」
イリスさんがため息まじりに言った。
嫌われるではなく、私は既に嫌ってますが。
「え、そうなの?」
ありえない、とでも言うようにイズルは目を丸くした。
その自信はどこから出てくるのでしょう。
「オレ、女の子には優しいんだけどな」
「だったら、嫌がってることは言わないでくださる?」
「わかった。言わない」
イズルは両手を挙げて答えた。
変なところで素直だから調子が狂う。
「知り合いだったら、イズル、この子の師匠になってあげれば?」
「は?」
イリスさんの提案に思わず変な声が出た。
何を言ってらっしゃるの、この方は。
「す、少しお待ちください」
あらぬ方向に話が進んで、付いていけない。
状況を整理したかった。
まず。
「あなたは、どうしてギルドの、この受付カウンターにいるんですの?」
「冒険者だからだろ」
イズルとイリスさんは顔を見合わせる。
その、当たり前のことを聞く変なヤツ、みたいな空気感を出すのはおやめください。
「学生がギルドに出入りするのは禁止されてるはずですが」
「ああ、そこね。イズルは学院から特別許可を得てるから大丈夫」
例外規定があるということ?
初めて知った。だからと言って、簡単に認めてもらえはしないだろう。
いや、と彼がリスを捕まえた場面を思い出す。あの身のこなしならあり得る。
「レヴィアに貰った。じゃなくて、レヴィア先生に許可を貰った」
世界屈指の魔法使い、レヴィア・アークウィン。彼女の推薦でイズルがアルテナ学院に入学した話は、学生の間でも有名だ。だとしたら、辻褄は合ってる。
ならば、イズルが冒険者なのは本当なのかも。そもそもイズルとイリスさんで私を騙すメリットなんてない。
「イズルはうちのギルドでナンバーワンだからね。許可貰えてなくても、こっそり仕事回しちゃう」
レヴィア先生なら、イリスさんの思考も読んでいそうだ。裏でコソコソ動かれるよりも、いっそ特別許可と言う名の手綱を握っておけば制御しやすい……か。
ちょっと待って。
今、イリスさん、さらっととんでもないセリフを口走りましたわよ。
「こいつが、ナンバーワン!?」