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没落した元高慢悪役令嬢で結構。シーフとして成りあがります(いえ、短剣士ですわ)~イバラ屋敷の姫と令息、そして聖女~  作者: 未玖乃尚
第三章 イバラ屋敷の姫と令息

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17 矜持と尊厳を剣に託して

【前回のあらすじ】

 エヴァンはアージアの言葉を信じ、ミレイユを責め立てた。

 そんなエヴァンに彼女は魅了されていると告げた。エヴァンはアージアの魅力に逆らえなくなっていることに気付いた。

 ミレイユの背後に光がゆらめく。白く神秘的な輝きは、彼女が聖女ともてはやされる証とも言える。


「封印か。それが限界か。お前は私を封じることはできても、殺すことまではできない。忘れてないぞ、貴様に自由を奪われた屈辱。あのときの復讐を今こそ果たしてやる」

「それは私のセリフよ。あなたの腕の中で、もがいていた兄の惨状はまだ昨日のことのように思い出せる。その報いを受けてもらう」

「お前の力を取り込めば、私も魔人の仲間入りだ」


 風を感じた。目に見えない物が空気を揺るがす。

 ミレイユの足元に土煙が生じた。何かが地面を穿ったのだと知った。


 上空に逃れたミレイユの背中から、白い光を放つイバラが放たれた。

 俺の脇をすり抜け、後方のアージアへと伸びる。


 避けようとして、彼女の気配が遠ざかった。それを追ってミレイユが、イバラをしならせてアージアへ向けて飛ばす。


「立てますか?」

 問いに答えようとするが声にならない。アージアの目に幻惑されているからか、会話の自由が奪われてしまっていた。


 ミレイユの周囲に光が発した。白い輝きを受けて、五本のイバラが地面から出現した。一気に伸びてアージアを捕えようと襲い掛かる。


「掴まってください」

 ミレイユがしゃがんで、俺の腕を自らの肩に回すように促す。


 イバラには自律性があるのか、アージアを敵と認識しているのか、この最中にも攻撃と防御を続けている。

 なぜだ?

 声にならない問いかけをする。俺はお前を疑っていたんだぞ。


 お前が俺を見捨てても、誰も咎めはしない。

 ミレイユはイバラでの攻防を繰り返し、俺の体重を受けながらも、ふらつく足取りで立ち上がった。


 そうか、これが聖女と呼ばれた所以か。彼女の慈愛に触れれば、心を開くのは必然だ。不自然なほど屋敷に馴染んでいたのも説明がつく。


 この優しさに包まれば、彼女を聖女ともてはやしたくもなる。疑念を抱いてしまったのは、俺が彼女から距離を置いてしまったからだ。


 屋敷内へ向かおうとしてミレイユの足が止まる。

 近衛兵や住人が戦いの光景を目にしていた。

 その構図は聖女と騎士に襲い掛かる、謎の女だ。


「逃げて!」

 兵士たちがミレイユの警告を無視して、アージアに襲い掛かった。


 空間が震えた。見えない物が、襲い掛かる全てを薙ぎ払った。兵士たちの表情が苦悶に歪む。赤い飛沫が至る所で散った。

 崩れる兵士たちの血を纏って空気が揺らぐ。臭いが鼻腔に広がった。


「お前たちなど、魅了する価値もない」

 アージアの声が響く。彼女は腕組みをしたまま動かない。


 ミレイユのイバラが襲い掛かるが、不可視の盾が攻撃を払いのけている。

 アージアと視線がぶつかる。脳を揺さぶられる衝撃があった。痛みとともに、命令が響き渡る。


 ミレイユを殺せ。

 逆らえるものではないことを悟った。俺はいずれ、この剣でミレイユの心臓を貫こうとするだろう。それほどアージアの魅了には、絶対的な支配があった。


 剣を抜く。切っ先を、俺を助けようとした女に向ける。受けた恩を仇で答える。そんなことをすれば、騎士としての矜持、いや俺が俺であることの尊厳すらなくしてしまう。


 剣の先に人影がよぎった。マルコス様だった。

 俺と彼女の間に入り、身を挺して守ろうとしている。

 命を懸けてミレイユを守る。気の迷いや美貌にかどわかされた行動ではない。


 それほどまでに、あなたは彼女を愛していたというのか。

 何もかも、俺は最初から全てを誤解していた。


「マルコス様、何を」

「私が時間稼ぎをする。そなたは裏口から逃げろ」


 視界が淀む。意識を保てそうにない。聞こえてくるのはミレイユとマルコス様の声だけだった。

 かどわかされたのは俺の方か……


「何度も申し上げたはずです。マルコス様、私はあなたの想い受け入れることはできない。あなたは、私の妹の……」

「血の繋がりが何だ。黙って逃げろ!」


 支配から逃れるために、俺が辿り着いたこの答えは。


 きっと短絡的な思考の帰結なのだろう。

 それでも主と、俺に優しさをくれた女性に刃を突き付けるくらいなら。


 これが俺にとって最適解となる。


 腹部に刺し込まれる痛みと、手の平に肉を貫く、おぞましい感覚があった。

 俺が葬ってきた者たちは、きっとこの痛みの中で、尊い命を落としていったのだろう。


 そして、俺の命の灯は、この戦いの結末を見届けることなく、消えた。


お読み下さりありがとうございました。

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