16 瞳
【前回のあらすじ】
騎士エヴァンは、アージアから過去の出来事を聞かされ、同じ惨劇が引き起こされるのではないかと焦りを募らせる。
危機を感じたエヴァンは、アージアを当主に引き合わせることを決意した。
アージアを伴って、屋敷に近づくと、扉が開け放たれた。
暗闇に一筋の光が差した。
飛び出した人影が、俺とアージアに向く。建物内から漏れ出る光に照らされた表情は驚愕の色に染まっていた。
金髪が震える。かの聖女が俺たちの前にいた。
扉が閉まる。月明りの下、三人が対峙することになった。
「あなたは……何てことを」
聖女は自らを慈しむように片腕で肩を抱いた。
落ち着きのない彼女の唇は、企みが白日のもとにさらされることへの恐れなのか。
「貴様の目的は分かっているぞ。マルコス様の魔力であろう」
俺の言葉に聖女は首を小刻みに振った。
「いったい、何をおっしゃるのです。私はマルコス様を守るために……」
「聖なる力に見せかけ、傷を治療し、周囲のものを虜にした」
言い訳を断ち切り、俺は彼女の目的を暴く。
「違います。私は、マルコス様がケガをなさっていたので治療しただけで。傷口から、あの女の力を感じて」
言葉を発する彼女の呼吸が荒い。
空気を求めるように肩が上下に弾んでいる。
「まさか、あなたは……」
聖女の瞳孔が開く。瞳を伏せ、首を大きく横に振った。
「俺が、何だ」
「彼女の言葉を疑いもなく信じたのですか。私が力をひけらかして、マルコス様を誑かした悪であると」
そう言って聖女は俺を見上げる。彼女の強張っていた肩から力が抜けた。
微笑が浮かんだ。笑顔ではなかった。嘲笑でもなかった。
全てを諦め、投げ捨てたような、微笑だった。
「魅了……されているのですね」
「魅了?」
それはお前だろう。聖なる力を衆目の下にさらすことで周囲を信じ込ませ、魅了によってマルコス様の内面を侵し、やがて魔力どころか生命さえも奪う。
「あなたは、あの女、ナージャに惑わされて、彼女に門をくぐらせてしまった……」
「ナージャ……? 一体誰のことを」
問い詰めようとして、聖女が俺の背後を睨みつけていることに気付いた。
反射的に振り返ると、そこにアージアの瞳があった。強い意思を感じる目だ。
縦に長く瞳孔が広がっている。映っていたのは俺の顔だった。ガラスに閉じ込められた標本のようだ。相手を支配しつくすほどの強い力がそこにあった。
いつからだ。目を離せなくなったのは。
古くなった皮を脱ぎ捨て、彼女が妖艶な姿を曝け出した瞬間の記憶を探ろうとした。アージアの目が脳裏に蘇った途端、深い坩堝に引きずり込まれた。
思考が、制限される。
彼女の魅力に、抗えない。
「強制的に屋敷外の結界が解除されたから出てきてみれば……ナージャ、やはりあなたは同じことを繰り返すつもりなのね」
聖女はアージア、と言い直すことはせず、彼女をナージャと呼ぶ。
アージアも否定しない。
「同じこと? ああ、マルコスとか言ったか、あの小童。お前の妹の血を引くくらいだ、そこそこ美味そうだが、お前の兄に比べると相当劣るな。私の目的はお前だよ、ミレイユ」
兄?
妹?
何を言っている?
言葉が自由に出てこない。アージアに制限されているのか。
「気が遠くなるほど封じられていた。もう死んでいるかと思ったが、お前はあの頃のまま美しいなミレイユ。封印の魔法を通じて、私の魔力を貪っていたか」
アージアの一言一句を聞き逃すまいと、可憐で美しい唇を見つめた。
「おかげでさっきまで私は老婆姿だったよ。この屋敷にたどり着くまでどれだけ苦労したことか」
「今の姿は、彼の生命力を奪った結果ね。あの時、お兄様を廃人にしたときのように」
ミレイユの声が耳に届くと、体が重みを感じて沈む錯覚にとらわれた。
お兄様だと?
足がよろめく。膝に手をついて体を支えた。
まさか、アージア。俺に話した過去は、お前ではなく、ミレイユのものだったというのか?
見上げたアージアの艶めかしい口元が歪む。ぬめった舌が唇を舐めた。月明りを反射して輝く。
アージアの手が俺の背に触れた。
立っていられない。腰が落ちる。
「この小僧、マルコスなどよりもよほど魔力を備えているぞ。これだけ取り込んでもまだ正気を保っていられるとは大したものだ。こいつが門の外へ出てきたのは、私にとって幸運だったな。おかげで、結界解除と若返り、屋敷内への侵入まで一晩で完成できた」
「同じ結末にはさせない。今度こそあなたを封じ込める」




