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没落した元高慢悪役令嬢で結構。シーフとして成りあがります(いえ、短剣士ですわ)~イバラ屋敷の姫と令息、そして聖女~  作者: 未玖乃尚
第三章 イバラ屋敷の姫と令息

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15 『魅了』

【前回のあらすじ】

サラが糸を通して読み取った記憶は、騎士エヴァンの過去であった。

エヴァンは夜間の見回りで、美しく若返ったアージアという女性と出会う。

彼女は自らを、封じる者であると言った。

「彼女を?」

「疑問に思われたことはありませんか? 彼女があまりにも馴染みすぎていることについて」

 思い当たる節はある。当主の懸念でもあり、俺自身が考えていたことでもある。


「いや、しかし、聖女ならば」

 聖なる力があれば、人々の心を飲み込み慕われるのも、不思議ではない、か。


「聖女である、とそう思わせることこそが、彼女の狙いなのだとしたら?」

「偽りであると? なぜそのようなことをする必要がある」

「出来すぎた話ですらも、聖女という隠れ蓑で覆えば、納得もたやすくなる、というのはどうでしょうか」


 彼女の言葉が突き刺さる。暗がりに浮かぶ、覚悟を持ったかのような瞳は、俺の心を映す鏡に見えた。


「彼女が災いをもたらすと言ったな。それはどういう意味だ」

「何者であろうと、力の源泉は器である肉体に宿りし魔力です。レイモンド家の嫡男、マルコス様なら供給元として、申し分ないのでは?」


 若く潤いのある唇から紡がれる言葉には、説得力があった。

 レイモンド家は、代々、武芸に秀でた者や、潤沢な魔力を有する者を数多く輩出してきた。

 現当主の子はただ一人。令息マルコス様のみで、剣技にも魔法にも才能をお持ちだ。


「彼女の狙いはマルコス様に宿る魔力だと?」

「私の言葉が信用に値するかは、ご自身でお確かめください」


 仮にこの女性が真実を語っているのだとしたら、聖女と呼ばれる女の真の目的はマルコス様に備わった魔力を奪うことだと考えられる。


「信じるとして、あなたがあの女を封じようとする目的は?」

 俺の問いかけに、彼女は長い睫毛を伏せて答える。


「……復讐です」

 その思いこそが、彼女の目に宿る意志の源か。


 月が雲に紛れ彼女の顔を陰らせた。月明りが再度照らす。表情には憂いが含まれ、儚い美を感じさせた。頬から唇、首筋が照らされ、滑らかに輝いた。


 彼女の頬に触れていた。

 ひんやりとした体温が心地よい。手のひらを通して体の熱を冷ましてくれる。


「お戯れを」

「何があった」

「今回と同じです……」

 俯き、見上げた彼女が手を重ねる。


「私も魔力に恵まれた家系の生まれでした」


 アージアには兄が一人、妹が一人いたという。優れた魔法使いを数多く輩出する名家であった。将来を期待され、三兄妹は魔法の訓練に身を捧げた。


 兄が、魔法に長けた女性に興味を持つのも当然だと言えた。


 彼女には男を惑わす力があった。「魅了」の能力によって、兄は取り込まれていた。彼女は屋敷の内部に入り込み、地位を築き始めた。


 初めに犠牲になったのは、兄の婚約者であった。婚約破棄をさせることで、兄の隣を確保したのだ。


「それからまず、私が異変に気付きました。目元が暗く沈み、心配で触れた頬には、まるで弾力がなかった。生気でも吸い取られているかのように。次に妹です。兄妹の会話が減っていることを訝しんだのです」


 一方的な婚約破棄に眉を顰めていた父は、突如として態度を一変させ、彼女との婚約を喜ぶようになった。

 その頃には既に手遅れだった。


 兄の魔法の精度が落ちていった。屋敷から男性の声が消え、静けさが漂うようになった。


 屋敷内で女使用人の密語が頻繁に交わされるようになっていった。

 話の中心にいたのは、彼女だった。

 あくまで噂話。詰問するに至る確たる証拠があったわけではない。


 しかし、『あの方は人ではない』、一連の会話を聞いたとき、時間的な猶予はないのだと遅まきながら知った。


 問い詰めるべく、ノックもせず彼女の扉を開けた。

 兄の姿には昨日までの面影がなかった。


 髪は白髪、額や頬に深い皺が刻まれ、か細い女の腕の中で、だらりと首が垂れていた。精悍だった顔がやつれて蒼白に染まり、ぶらりとゆれる。

 彼女の目的は一族の魔力を取り込み、自らのものにすること。


「私は、その場で彼女を封印するための魔法を発動させました。抑え込むことに精一杯で、逃げ出す彼女を捕えることはできませんでした。全魔力を使い果たしてしまったため、先ほどのような老婆の姿になってしまったのです。今宵のように月の魔力を取り込めば、元の姿に戻れます」


 視線を逸らさず、語り掛ける彼女の瞳の奥を探り、嘘はないのだと判断した。

 アージアに、壊れてしまいそうな美を感じたのは、束の間の姿だからだろうか。


 魅惑的な彼女を見ていられるのは、月が闇に留まることができる間の限られた時間のみということか。災厄を封じる代償としてかけられた呪いのように思えた。


「ですが、若返るという現象が起きたのは、術の解除により、封印に割かれていた魔力が手元に戻ったことを意味します」

「では、どのようにして、居場所を突き止めた?」

「妹の嫁ぎ先が、レイモンド家でした。妹の血を受け継ぐマルコス様を標的にするだろうと考えたのです」


 アージアの話を勘案すると、聖女と呼ばれるあの女の狙いはマルコス様に宿る魔力だ。それだけではない。いずれは男性全て魅了され、女の支配下に組み込まれる未来も想定できる。


 問題が生じているのなら、対策を講じる必要がある。状況が悪化しているのならば、早めに対応すべきだ。

 マルコス様が魅了されている可能性があるならば、進言しても受け入れられないだろう。


 婚約破棄を危惧して、聖女を疎ましく思う当主ならば話を聞いてもらえるかもしれない。

 今なら、まだ起きておられるはずだ。


「今の話、当主様の前でできるか?」

「はい。私としても、これ以上、あの女の暴挙を許しておけませんので」

 俺はアージアの手を取った。


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