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没落した元高慢悪役令嬢で結構。シーフとして成りあがります(いえ、短剣士ですわ)~イバラ屋敷の姫と令息、そして聖女~  作者: 未玖乃尚
第三章 イバラ屋敷の姫と令息

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14 完璧な聖女、月夜の老婆

【前回のあらすじ】

ノエランとナージャが出会いの地には、複数の白骨化した遺体が横たわっていた。

サラは遺体との間につながった糸を通して、記憶を手繰り寄せる……

 屋敷を出ると、強い日差しが降り注いだ。

 庭園の噴水に反射した光が、幾筋もの線となって飛び出す。

 俺は手をかざして庇にする。指の合間をすり抜けた輝きが瞳に流れ込み、糸のように絡みついた。

 記憶を、引きずり出す。


「エヴァンよ。マルコスに婚約破棄をさせるな」

 レイノルド家当主の命令が騎士の俺に下された。

 令息マルコス様は現在、森の奥で出会った姫君に大層ご執心だという。


 噴水前のベンチで、二人が微笑んでいた。

 出会って日が浅いというのに、ずいぶん打ち解けたものだ。


 姫君は口元に手を当てて笑っている。艶のある金髪が太陽の光に弾む。

 なるほど、と俺は腕組みをした。一目惚れするのも無理はない。


 聞いた話だ。

 彼女はふらりと街に現れた流浪の姫君で、病気やケガに苦しむ人を、その聖なる力で救っていたらしい。

 森で蛇に襲われたマルコス様が、街で手当てをしようとしていたところ、たまたま彼女が現れて傷口を治療をした。


 彼女の聖なる力を目の当たりにして、彼女こそ聖女であると驚嘆し、その美貌の虜になり、彼女を屋敷に招いた。


 出合いから現在まで、編み上げたかのように、出来すぎな物語に思えるのは、きっと俺がロマンを解さない現実主義者だからなのだろう。


 確かに彼女には、不可思議な魅力がある。

 思わず身を委ねたくなる。心が和むような安らぎだ。

 これが聖女の特性なのだと言われれば、納得もできる。


 だが当主は完璧すぎる彼女に違和感を持った。


 彼女を否定できる要素がなさすぎる。素性の知れない姫君を、聖女だと手放しで受け入れるのは果たして正しいことなのか。

 マルコス様が彼女に心を奪われているのは誰の目にもあきらかだ。


 当主はやっとこぎつけた有力貴族との婚約を、マルコス様が一方的に破棄することを危惧している。そのため、令息が無謀な行動に出ないかを監視し、彼女の動向にも目を配っておくのが、当面の俺の任務だ。


 見てる分には、彼女におかしな点はなさそうではあった。

 俺の視線を感じ取ったのか、彼女の口角が上がった。

 聖女と呼ばれるだけのことはある。気づかれないように観察したつもりだったが……


 彼女には通じないようだ。やはり、只者ではない。

 噴水越しに目が合い、彼女は優しく俺に微笑んだ。

 聖女ミレイユ。誰もが彼女をそう呼んで称えた。



 -----------



 就寝前の最終確認として、敷地内の見回りを終えた俺は、門番から異常がないとの報告を受けた。

 冴え渡る満月が、眠気を堪える門番の瞼の微細な動きまでを俺に伝えた。


 このような夜にこそ月明りに紛れて、不逞の輩が現れる可能性もある。外周確認は週に一度程度だが、用心しておいてもいいだろう。


 外の様子を伺うために門をくぐった。

 木々や茂みの呼吸を感じるほどの静寂があった。澄んだ空気が鼻腔をすすぎ、肺を洗う。

 葉が、さざめく。


 月明りの下、老婆の姿があった。腰を折り曲げ杖を付いた姿は、街から離れた郊外に佇む屋敷には不釣り合いだった。

 フクロウが鳴いている。こんな真夜中に、どのようにして来たのか辺りを見渡しても乗り物らしきものはない。


「どうした、婆さん。ここはレイノルド様のお屋敷だぞ、用でもあるのか」

 夜中に老婆が一人、異常な光景だ。かといって、いきなり敵意剥きだしで対応するのも気が引ける。


「一言、ご忠告をと」

 傷んだ髪と皺だらけの見かけによらず、よく通る声で、流暢に話す品の良い婆さんだった。

 着衣も破れやほつれが目立つが、上等な生地は高貴な出自を思わせるものであった。


「忠告? 何だそれは」

 得体のしれない老婆だ。有無を言わせず追い返すのが筋だろう。

 聞き返す気になったのは、目の奥に意志の強さを感じたからだ。くたびれた外見にそぐわない力が宿っていた。


「お屋敷内に姫君がいらっしゃるのではありませんか?」

「なぜ、それを知っている?」


 この婆さんが屋敷内の人間と接点があるとは思えない。

 剣に意識を向ける。相手は老婆だ。いきなり斬りつけるつもりもないが、警戒しておく必要はある。


「あの姫君は、この屋敷に災いをもたらしますよ」


 災いか、確かに素性の不明な姫君ではあるが、この屋敷には俺も含めて護衛として騎士が揃う。彼女のか細い腕で、屈強な男を相手に何ができるというのだ。それともあの可憐な顔で、聖なる力を使って俺たちを片っ端からなぎ倒すとでもいうのか。


「婆さん、俺にはあんたの方がよほど恐ろしい魔女に見えるがな」

 老婆の出で立ちを再度確認したところで、俺はようやく見落としていたことに気付いた。


 弱った足を補助するための杖だと思っていた。

 俺は杖の先に繋がる線を目で追った。魔力で描かれた図形であった。光る状態には至っていない。発動段階ではないということか。


 杖に紐が巻き付くように、地面から魔法陣が剥がれる。空気に溶け込むほどの透明な線で描かれたものだ。目を細めて行方を追う。線が外壁に沿って浮かんだ。揺れ動く様は、満月の中でもなお、目を凝らさなければ認識できなかった。


「何をしている!」

 剣を抜いて切っ先を突き付ける。


「あなたは少し、外見に囚われすぎではありませんか」

 老婆は顎を上向けて、降り注ぐ月光を浴びる。地面から杖が離れた。曲がっていた背筋が伸びる。老婆は空中に向けて杖を振るった。


 杖に絡みついた魔法陣が宙で変貌し、形を整える。中心に月明りが集まる。老婆の頬から首筋、腕から足首にかけて濃密な光が注いだ。


 眩さに目がくらんだ。

 それでも視線を、離せない。

 衣を脱ぐように魔力が変質した。


 刻まれた皺が虚空に舞って、消えた。

 褐色の髪が揺れる。風に乗った髪が緩やかにうねり、漂う。月明りに映える髪は、ぬめりを帯びたかのように艶やかだった。月の粒子が髪を転がり、毛先で跳ねて闇を踊る。


 幻想的な光景に言葉を失った。

 夢なのか、と疑った。


「これはいったい……」

 同じ年頃の女性が立っていた。瞳の底に湛える月の光は、至高の宝石と見紛うほどの美しさだった。

 剣の切っ先を翻し、鞘に戻した。


「私は、アージア。彼女を封じる者です」

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