11 「悲劇」の結末
暗闇に拍手が響き渡った。
イズルが枝に座って、見下ろしている。
「器用だな」
反動をつけて飛び降りる。
「オレの動きを真似た上で、自分のものとして落とし込んでいる。技術まで盗むなんて、さすがシーフだ」
「短剣士ですわ」
「いやいや、そいつの短剣を盗んでいるから、やっぱり泥棒だ。そいつも」
セバスチャンが倒れた警備兵の革袋から、銀貨を一枚出している。
何てあさましい。私はあなたをそんな風に育てた覚えはありませんわよ。
メッと指を立てて叱ると、セバスチャンは肩を落として、私のポケットに舞い戻った。
これからは誇りを持つということを教えていかねばなりません。
短剣は、命を守るために頂きますけど!
「いつから見てましたの?」
「最初から」
「嘘おっしゃい。あなた近衛兵の相手をしてたではありませんか」
噴き出しそうになった。
「まさか逃げてきたんですの? ギルドナンバーワンの肩書も大したことありませんわね」
「あんなのに時間なんかいるか、なあ元ご令嬢」
にやりとイズルが笑う。元ご令嬢とは、さきほど警備員との会話で出てきた言葉だ。つまり、その時点ではイズルは木の枝にいたことになる。
近衛兵が追いかけてくる気配はない。
まさか、本当に一瞬で倒した?
「サラの初実戦だぞ。目を離すと、いざというとき、助けられないだろ。セレーナだって放っておけないし」
な、とイズルが声を掛けると、セレーナさんが真っ赤になって、小さく返事をした。
この人、簡単にイズルに騙されそう!
「セレーナさん、しっかりしてくださいな。イズルはほとんど詐欺師のような男ですのよ」
「おい師匠に向かってその言い草はなんだ」
興奮するイズルの頬を掴む。
「あなた、そうやって何人の女性を騙してきましたの?」
「失敬な、オレはどの子にも真剣だ」
「この外道が!」
「眉間に皺を寄せて言うな、斜め下から見上げるな、悪役令嬢にしか見えんぞ」
「どうぞどうぞ、存分にそしってくださいな。悪口には慣れてますから」
「お前、本当にそれでツンデレのつもりか?」
「どこから見てもツンデレでしょう! 本心と態度があべこべなんですから」
やっかましい、シショーですわね。
「セレーナはどう思う?」
「えっと……ツンツン、でしょうか」
「心の中ではデレてるって嘘だよな、絶対」
「確かに」
「は? 何か問題でも?」
もう面倒だ。本当のことをぶちまけて差し上げましょう。あなたに対してデレる要素などないのだと。
「イズル、私があなたに……」
「あ」
珍しく大きい声を出してセレーナさんが私の言葉を遮った。
「そういえば、サラがこのように感情を剥きだしにするなんて、イズルさんといるときだけです」
何を言い出しますの、この方は。
「だって、サラは社交の場でも本心を隠すのが本当に上手で、微笑みながらネチネチ欠点を指摘するのが得意でしたもの。まるで、いくつもの仮面を持った怪盗のようでした」
ネチネチって、あなたも割と嫌味な言い方してますけど、自覚してらっしゃいますか?
「そんなサラがイズルさんの前では、本当の自分を曝け出してる」
「ほほう」
イズルは腕組みをして頷いた。
アホですわ。この二人。
一周回って強引にツンデレと結び付けようとしている。
「本当の自分を見せられるのは、心を許した相手だけ。そう考えると、ツンデレと言えなくもないのでは?」
言えなくもない、ということは、決してないです。
「非常に分かりにくい変化型ツンデレか」
「その理屈だと、心の底から嫌っていてもツンデレにされそうですわね」
無理やりツンデレの枠に押し込められる。つまり私!
「サラ。言葉遊びは終わりだ」
イズルが急に表情を引き締めた。
何です、この輩は?
「気を緩めすぎだ!」
腕を引かれる。イズルは逆の手でセレーナさんの手を掴む。
どうして私が怒られますの。
暗闇から、複数の気配を感じた。金属のぶつかる音が響く。近衛兵が追いかけてきたのだ。
「イズルだって、油断してましたわよね」
「任務中だ。私語を慎め!」
「あなたね、自分のことを棚に上げて」
「舌を噛むぞ」
走る速度が上がる。自分勝手な男だこと。
背後から矢が飛んでくる、イズルと手が離れた。
「門を越えるぞ。付いてこれるな」
「愚問ですわ」
門は閉じられたままだ。セレーナさんはどうするつもり?
答えを得る前に、門に到達した。速度を落とさないまま、大木を踏み込み、蹴り飛ばす。枝を掴む。勢いを利用して、枝に飛び乗り、門に移る。
どうです?
戦える怪盗、いえ短剣士として自主的に訓練した成果は?
退学届をセバスチャンから取り返したときのイズルの動きが参考になった。
アーチの頂点に立つと、ポケットからセバスチャンが顔を出して拍手する。
もちろん、あなたの跳躍術にも学んだことは多くてよ。
「やっぱりサラはシーフに向いてるな」
隣から声を掛けられ、足を滑らしそうになった。
イズルが小脇にセレーナさんを抱えている。
顔を見上げて、地面までの高さを確認する。
どんな身体能力してますの、この人。
女性とはいえ、人を抱えて、門の頂点まで上り、なおかつ私より早い。
翼でも生えてますの?
もしくは魔法?
いや、イズルが魔法を使えないのは学院でも有名だ。魔法石を使った形跡もない。
規格外すぎて理解が追いつかない。
下から近衛兵が怒号を上げた。数人が呪文の詠唱を始めた。
その後方、追いついてきた影があった。見上げた顔が月明りに照らされる。
ノエラン・エグレイド。会場を抜け出してきたらしい。隣にはナージャが付き従っている。
「このような振る舞い、タダで済むと思っているのか!」
ノエランが叫んで、攻撃の指示を出す。
「小鳥が二羽。今宵はよく囀りよるわ!」
イズルの声が闇夜に轟いた。
どうしてあなたはいちいち火に油を注ぐの。
イズルは左手にセレーナさんを抱き、月の光を浴びるように右手を大きく広げた。
「さあ、舞台はまもなく幕を下ろす。結末は、婚約破棄された貴族が泣きべそかいて、蛇女のとぐろに巻かれる、だ!」
光が闇を裂いた。
イズルの人差し指と中指の間にナイフが出現した。眉間に到達する直前だった。私には追いきれない速度だ。
あの女……
ナージャが兵士からナイフを抜き取り投げつけた。一連の動きは兵士にすら気づかせないほど俊敏だった。イズルでなければ対応しきれなかっただろう。
縦長の瞳孔が光を受けて、より大きく闇に浮かんだ。
「ノエラン様、あの男、放置しておくのは、いささか危険では?」
見せつけるようにノエランの腰に腕を回したのは、ナージャの強がりか。
「そうだな」
ノエランがナージャの言葉に応じた。
「ほら、とぐろに巻かれた。まるで預言者だな、オレは」
イズルは刃を挟んだまま、私に柄を持たせる。
「土産だってよ。もらっとけ。さ、帰るぞ」
イズルの合図に、私は外へ向かって門を蹴る。
「ふはははは。屋敷の主よ、名前忘れたわ。たかが平民のイズル様が、婚約者を奪ってやったぞ。ざまあみろだ!」
頭上からイズルの笑い声が降り注いだ。
「おい、兵士ども。平民に婚約者を取られたなんて、主の恥を言いふらすなよ、約束だぞ。もし破ったら……ぶふっ、怒るからな」
既に笑ってますけど。
「えっと……イズル様のほうがかっこいいですわ。ざまあでしょうか、ノエラン様」
セレーナさん、絶対言わされてる。
もう聞きたくない。
私は耳を塞いだ。




