表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

拝み屋さん

雨の路地にて

作者: 原田 和


出てくる人達


一色(いっしき)青葉(あおば) とある田舎の拝み屋さんの妹。

夜野(やの)陽介(ようすけ) 拝み屋さんの幼馴染。

千寿(せんじゅ)魁人(かいと) 家電量販店で働いてる。

一色(いっしき)透太(とうた) 拝み屋さん。家電と相性悪い。


で、お送りします。




しとしとと雨が降る。

夏の雨は、暑さと湿気の戦いだ。多くの家が窓を閉め、クーラーをガンガン利かせているのか、室外機からの熱もすごい。そのせいか、この路地の空気は温かった。

一人の男がその路地を、片方にタバコと傘、もう片方でスマホを弄りながら進む。スマホに夢中のようで、タバコは少しずつ、路地に灰を落としていく。

ところでこの路地、大人二人が並んで歩けない程、狭い。傘を差していれば尚更なのだが、男の目は小さな画面に固定され、周りを気に掛ける素振りも無かった。

三叉路に差し掛かると、正面に小さな祠が見えてくる。その時、男はようやく顔を上げ、タバコが終わりかけているのに気付いた。


 「うわ勿体ね、全然吸えてねぇし」


男はタバコを投げ捨てた。祠に向かって。

それは屋根部分にトン、と当たって転がっていく。


 「惜っしー。前は入ったのにな」


まだ細い煙を上げていたタバコは、雨に打たれ湿気ていく。

男はスマホを弄りながら、左へ曲がる。視界に、靴が入ってきた。


 「見てたよ。拾いなよ、タバコ」


は?と顔を上げれば、黒髪の少女と目が合った。


 「ポイ捨てなんてありえない。マナーぐらい守ったら?」


見覚えのある制服。近くに高校があったなと、男は思い出す。少女は、正面に立ったまま動かない。拾うまでどかないつもりだろうか。鼻で笑う。


 「真面目かよ。誰でもやってんだろ、なんで俺だけ注意されなきゃいけないワケー?」


 「今、私の目の前には、おじさんしか居ないでしょ」


 「おじ、」


 「吸うなとは言ってない。ただマナーぐらい守ってって言ってるの。携帯灰皿知らないの?自分が出したゴミくらい自分で始末つけられないの?」


淡々と、しかし男をしっかり見据えて言葉を重ねる。


 「神様にまで失礼な事して。謝らないと、」


 「バチがあたるって?くだらね。オカルトとかホラーとか本気にしてるってヤバイんじゃね?」


 「私が言ってるのは、オカルトでもないしホラーでもない」


 「次はアレ?実は視えるんですー、あなたの後ろにーとか」


少女はぴたりと口を閉じ、不愉快そうに眉を顰める。まともに聞く気がない男の態度は、何処までも横柄だ。

雨が強くなってきた。バタバタバタと、二人の傘を叩く。


 「居るよな、そうやって騒ぐかまってちゃん。お前そう言ってさ、周りにかまって欲しいだけなんだろ?わーすごいーとか、言われて褒められたいとか?」


承認欲求エグ!男は嗤う。

しかし、対する少女は真顔で見返すだけ。


 「…モグリか」


 「は?」


 「私の兄さんを知らないなんて…。おじさん、ガチのモグリだったんだ」


 「はぁ?何でお前の兄貴が出てくるワケ?つーかおじさんじゃねーわクソガキ」


少女は、男が凄んでも怯まない。しっかと立ち、拾っていけとばかりに指す。

元々、思い通りにならない事が嫌いな男は、苛々と睨みつける。しかし、相手は女子高生。此処で手を出し、悲鳴でも上げられたら、こっちが悪人にされてしまう。

舌打ちしながら、タバコを拾い……祠の中へ、投げ捨てた。


 「これでいいんだろ?ゴミ箱に入れましたよー、クソ真面目ちゃん」


少女の顔が呆気に取られている。少し溜飲が下がった男は、方向を変え反対側へ。遠回りになるが、これ以上言い掛かりを付けられるのは腹が立つ。

……あれほど傘を叩いていた、雨の音が止んだ。男は怪訝な顔で傘をずらし、空を見上げる。

電子音が鳴った。





 「もしもし、陽介さん?……え?兄さんがどしたの?……うん、そうだけど…」


 『いやさ、その路地から出ろって透太が。青葉ちゃん、誰かと居る?』


 「知らないモグリなら」


 『モグリだって。えーと、その知らない人はもう放って、今すぐ出なさいって』


 「兄さんがそう言うって事は、」


少女……一色青葉は、男に目を遣った。

男は傘を落とし、空を見上げ呆けている。後生大事に持っていたスマホも、水たまりに落ち、雨に打たれていた。

青葉はスピーカーに切り替えた。


 「兄さん、何が起こってるの?私視えないけど、モグリがおかしいのは分かる」


 『そいつの自業自得だって』


 「陽介さん、スピーカーにして。助けられないの?」


 『…え?俺の声届くの?そうなの?……青葉、まだ居るだろ。そいつはもうダメだから、気付かれる前に離れなさい。俺に出来る事はない』


 「でも、」


男の両足は浮いていた。呆けていた表情が、苦悶に変わっている。

ばたばたと足を動かし、……まるで、自分の正面に何か居るように蹴っている。青葉の事は見えていないようだ。


 『そいつ、三叉路にある祠にタバコ捨てたろ』


 「み、視えたの?」


 『視えたっていうか、視せられた。そいつ何も信じてないんだよ。神仏に対する、畏れもない。だから平気で踏み躙る事ができる』


兄……一色透太の声は、驚く程低い。相当お怒りだ。

普段は優しい兄で、相当な事をやらかさない限り怒らないのだが。その声音だけで、青葉は思わず姿勢を正してしまう。恐らく、一緒に居る陽介も同じであろう。


 『あちこちで似たような真似してる。長い反抗期なのか無駄に周りに喧嘩売って、自分から怒りを貰いに行って、正直関わりたくない人間性だ。一番最悪なのが、御神体盗もうとした件』


 『と、盗ったのかよ?!』


 『未遂だよ。…何度かあった筈の警告も、効いてない。そいつには罪悪感の欠片もないから。……それだけやってれば、見放されもする。だからあお、』


 「ガッ……っっグダグダ、喋ってねーで助けろよ!!?動けんだろクソガキ!!このバケモン何とかしろよボケ!!見殺しにするつもりかあぁぁ??!」


男の喚き声で、ナニカが青葉に気付いた。視えないが、目が合ったと分かった青葉は硬直する。身が竦む程の殺気が圧し掛かる。

怒りだ。

ナニカは、酷く、怒っている。重く、静かに。


 『青葉』


兄の声は聞こえるが、青葉は動けない。返事ができない。

ナニカが来る。

手を伸ばして、引き込もうと。

視界の隅で、男が這って逃げる姿が見えた。


 『悪い、スマホ壊す』


 『え、』


 「 、え、」


 『――散れ』


陽介と青葉の呆けた返事の直後、透太の冷たい声音と共に、スマホが弾ける。

同時に、ぱんっと乾いた音が路地に響いた。





 「………?」


動ける。ざあ、と雨の音が戻ってくる。

辺りを見回すが、あのナニカの重い気配は無い。

濡れているのに気付き、青葉は落としてしまっていた傘を拾い上げる。壊れたスマホも。

まるで何もなかったかのような、静かな路地。祠もそこにある。

その前に落ちたままの傘と割れたスマホと、……ズタズタになったタバコの箱。残っていたらしい中身も、同じく。それで、現実にあったと思い知らされた。


 「これ、私が片付けるの…?」


青葉は男が逃げた方向を睨む。

しかし、兄の警告を聞かず、もたもたとしていた自分も悪い。


 「陽介さんが来るかな……多分」


力を使った後の兄は、疲れて動けなくなる。今頃、陽介を此処へ走らせているだろう。

青葉は大きな溜息を吐くと、エコバック代わりのビニール袋を取り出した。










 「大変でしたね。こちら、同機種になります」


 「ありがとう。いつもごめんね、千寿さん」


 「いえいえ。微力ながらでも、透太さんのお力になれるのなら喜んで。例え透太さんが来店され、全ての家電が破壊されようとも、モーゼの奇跡を見たと私は自慢します」


 「いや、透太は破壊神じゃねーし。間違ってもこねーよ、家電量販店なんて」


 「黙れ無能が。幼馴染というだけで透太さんの相棒気取りか。私は認めない」


 「青葉ちゃんと全然違くない?!あと普通に酷くない!?」


あの一件から数日後。

青葉と陽介は壊されたスマホと共に、この田舎にある唯一の家電量販店に来ていた。ここでも、一色家の事は知られている。透太と家電の相性が最悪である事も、周知済みだ。千寿が新人教育の際に、一番重要だと教え込んでいるらしい。

そんな、二人の対応をしている千寿という男。過去に透太に助けられて以来の、


 「千寿さん、兄さんのガチファンだから。陽介さんが気に入らないって、前々からよく言ってる」


 「よく言ってるの?!それ悪口だね!だからお前、俺への接客ずっと雑なの??!」


 「気に入らないが客は客。対応しているだけありがたいと思え」


 「こんな尊大な店員初めて見た!」


騒がしいが、店長を始めとした店員達は、全員事情を承知しているので気にする者はいない。

それより、と千寿は話を変える。


 「修理不可能までになっていたのは、透太さんが本気を出した証拠なんでしょうが……何があったか伺っても?」


青葉はちらと陽介を見る。首を縦に振った所を見ると、口止めはされていないらしい。まぁ、千寿は吹聴する心配はないだろう。青葉は掻い摘んで話した。聞き終える頃には、苦い顔。


 「……何というか、かわいそうな男ですね。善悪の判断もできないなんて…同情はしませんが」


 「善悪以前って兄さんは言ってた。自分が楽しければいい。それだけしか考えてないって」


 「で、最終的には守護霊にも見放されたんだってよ。一応、最後の最後まで助けようとしてたのは居て、そいつが青葉ちゃんから透太に繋げた」


でもな、と陽介も苦い顔。


 「そいつが怒らせたんだよなー……透太と神さんを」


 「何だと?助けを求めたんだろう。平身低頭土下座して」


 「それは知らんけど。そいつが相当、過保護で、孫可愛さっていうの?……教えてもらってないんだからしょうがない、知ってたらこんな事やらない、教えなかった周りが悪いって、ともかく助けろそれがお前の役目だろって……透太に喚いてたんだと。この時点で神さん、めっちゃ怒ってて」


普段、視えない聞こえないの陽介ですら、それが嫌という程分かる空気であったそうだ。


 「そんなだから、透太も動かないだろ。だから離れろって電話したんだけど、よりにもよって、青葉ちゃんを身代わりにして逃がしたからさ」


男が声を出せたのは、その守護霊の仕業であった。ナニカの標的が青葉に向くように。


 「それは……さぞお怒りであっただろう…」


 「マジで恐かった」


見下ろす先にある陽介のスマホは、見事に破壊されている。原型を留めているのが不思議なくらいに。青葉のも似たようなものだ。


 「逃げられたのが惜しいな。透太さんの許可さえ頂ければ、私のツテで探し血まつ、ではなく教育的指導を施しますが」


千寿は、途轍もなく荒れていた過去を持つ。生き方を改めた今でも、かつての仲間とは仲がいいようだ。彼の持つ情報網は、侮れない。

千寿のそれは、予想していたので青葉は首を横に振った。


 「それはいいって兄さん言ってた。勝手に自滅するだろうから」


 「自滅…。でも、その厄介な過保護が居るのなら、また誰かを身代わりにするのでは?」


青葉はにやりと笑い、きりりとした顔を作ると、兄の声音を真似た。


 「神さんを怒らせて、無事でいる筈ないだろ。あの男を守るモノは、もう居ない」


おぉ……!!と、目を輝かせる千寿には、透太が見えたらしい。祈りを捧げそうな勢いだ。

陽介はそれを、新しいスマホで撮っている。


 「そういうワケだから、それらしき男見付けても、関わらない方がいいってさ。透太が祓ったのは一部で、大本はまだ居る」


 「祓う必要があるか?俺はそこまで優しくないんだ」


 「何処までも慈悲深いと思えば、時に無情なまで冷酷…!!流石透太さん一生付いていきます!!!」


千寿は歓喜に身を震わせ、もう祈っている。兄自慢ができた青葉は満足そうだ。

聞いてるー?と言いながら、陽介は動画をしっかり保存。

見るくらいなら可能な、家電オンチの幼馴染に見せるつもりだ。










 「今日もよく降るなー…」


外は雨。家庭菜園で青々とした庭は、恵みの雨を全身で受けている。

透太はそれを眺め、掃除をしながら、独り言つ。

清めた神棚を見上げ、満足気に頷いた。

……あの男は、相変わらずのようである。止めるものも無くなったせいか、増長の一途。近い内、怒りの大本が来るだろう。

あの男の不始末で火事となり、居場所を失った土地神の怒りは、凄まじい。人がどうこうできる時期は、とうに過ぎている。自分が起こした不始末は、自分でなんとかするしかない。

所詮ただの人である透太も、何もできないのだから。


 「あぁでも……縁ができたし、終わったら来るかな?」


社の方は、地元の人間達が再建準備中だ。それまでは、仮の社に落ち着いてもらおう。


 「神さん、一時的ですが、お仲間が来ますよ。その時は、よろしくお願いします」


祈る透太に返事をするように、かたんと軽い音がした。







神さん→ とにかく家電を壊しまくる破壊神。悪気はない。なんか知らんが壊れる、と言っている模様。透太、強制的不便のある生活。でもあまり不満はない模様。

ただ、これだけは…!!と訴えられた冷蔵庫、洗濯機、テレビは頑張って壊さないようにしてる。

テレビは神さんも見てる。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
せっかくの「ざまぁ」が直接は書かれておらず、微妙にモヤモヤ。いやまあ、タバコおじさんが確実に終わったことは察せられるので良いんですがね。 しかし、憑いてる守護霊もクソ自己中だなぁ。確実にこの男の血縁。…
はじめまして! 拝読いたしました。 不遜な男がどうなるのか、ドキドキしながら読み進めました。 青葉さんが標的になってしまったシーンは彼女が無事逃げられることを祈っていましたが、お兄さんが助けてくれて良…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ