02話 生後の試練
光に包まれた瞬間、俺、佐藤健太は勝利の確信を抱いた。
数億のライバルを掻い潜り、転生レースを制し、卵子にたどり着いたのだ。
「やったぜ!これで新たな人生だ!」
…そう思っていた。
あの時までは。
中位貴族バルトン子爵家の屋敷、薄暗い部屋。
屋敷の離れの一室で、俺は赤子としてこの世に生まれていた。
俺は無事産まれてきた喜びに大きな産声を上げる。
だが、喜びも束の間、周囲の空気が異様に重い。
侍女たちの囁きが耳に届く。
「この子が…あの夜の…」
「お嬢様には気の毒すぎる…」
俺はすぐに悟った。
俺の「母」は、幸せな出産を迎えたわけじゃないのだと。
母、アリシア・バルトンは16歳の少女だった。
だが、野党の襲撃で屋敷が荒らされた際、彼女は匪賊に陵辱され、俺を身籠った。
勿論妊娠が発覚した際に、あらゆる堕胎の手段が試された。
堕胎魔法や、強い堕胎薬。手術による物理的な堕胎。
しかしどれも成功しない。
原因は女神の祝福のせいだ。
「レースに勝利した転生者は、母子ともに安全な出産が確約される」
これにより俺は守られ、こうして産まれてきた。
何をやっても堕胎できない不気味な赤子を宿す娘。
アリシアは屋敷の離れでひっそりと俺を産むことになった。
侍女たちは俺を世話するが、目は冷たい。
アリシア自身はもっと辛かった。
未婚のまま子をなす等、貴族令嬢としては死んだも同然。
「汚れた子」として、俺と共に腫れ物扱いだ。
彼女は襲撃と出産のショックで心を閉ざし、俺を抱くことすら拒んだ。
産後、彼女は「神に仕える」と屋敷を去り、修道院でシスターとなったらしい。
俺はわずか数ヶ月で、母と引き離された。
「…くそ、こんな転生、聞いてないぞ、女神!」
産まれた時から確固たる自我を持つ俺は、赤子の無力な体で苛立ちを噛みしめる。
だが、ここで腐っても仕方ない。
俺は誓った。
「この人生、絶対に這い上がってやる!」
時は流れ、俺は5歳になった。
名前はエリック・バルトン。
貴族の庶子として、屋敷の片隅で育てられる。
バルトン家の当主、俺の祖父は俺を「不名誉の証」と呼び、ほとんど顔を合わせない。
だが、前世の知識と闘志だけは健在だ。
俺は密かに図書室に忍び込み、魔法や剣術の書物を読み漁る。
貴族の教育は受けられなくても、独学で力を蓄えるつもりだ。
なぜか本をすらすら読むことができるのは、転生特典だろうか?
ある日、屋敷に教会からの使者が訪れた。
アリシアがシスターとして暮らす修道院が魔物の襲撃に遭い、支援を求めているという。
使者の話を盗み聞きした俺は、心臓が跳ねた。
「母さんが…危険に?」
俺の記憶に母さんの思い出はほとんど無い。
引き離されるまでの数ヵ月、彼女の流す涙だけは覚えている。
「よし、助けに行くぞ!」5歳の体で何ができるかは分からない。
だが、図書室で覚えた初級魔法「光球」と、厨房から拝借した果物ナイフを握り、
俺は屋敷からの救援部隊の馬車にこっそり忍び込む。
修道院への道は険しい。
魔物、盗賊、そしてバルトン家の追手が俺を阻むかもしれない。
だが、俺はあのレースだって勝ち抜いた男だ。
この程度、乗り越えてみせる!
修道院に辿り着いた時、アリシアと再会できるのか?
彼女の心を解き、母子として絆を築けるのか?
そして、俺はこの過酷な転生世界で、どんな運命を切り開くのか?
「女神、お前の気まぐれに感謝するよ。この命、絶対に無駄にはしない!」