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16話 聖女の涙 (イラストあり)

ルミエールの朝霧が大聖堂の尖塔を包む。

エリックは仲間と共に門を出るが、一度足を止め、振り返る。

相談部屋での聖女セレナの抱擁。

あの温もり、美しい金髪。

胸をざわつかせた直感。

そして「祝福」の光。


エリックは確信していた。

「…セレナさん、あれは母さんだった。アリシア…俺の母さんだ。」


彼女が「アリシアはいない」と言った理由。

なぜ名乗らなかったのかはわからない。

だが、彼女の腕の震え、頭を撫でる優しさは、母の愛だった。


「…母さん、俺に隠したかったんだな。

 理由はわからないけど…今はまだ、その時じゃないんだ。」

エリックは拳を握り、目を閉じる。

「母さん、俺は待つよ。いつか、ちゃんと会える日まで。」


リナが三つ編みを振って、エリックの背をドンと叩く。


「おい、金髪!何だよ、ボーッとして!

 母ちゃん、ほかにいるんだろ?次、行くぜ!」

彼女の口調は力強く後押しする。

エリックは笑い、リナの肩に軽く触れる。


「ああ、リナ。母さんは…どこかにいる。

 絶対捜す。お前も、付き合ってくれよ。」


リナがムッと三つ編みをいじる。

「ハッ、言われなくても!アタシは置いてかれねえからな!」

エリックは仲間を見回し、胸が熱くなる。

「…お前ら、ほんと最高だ。」


一行は霧の街道へ歩きだした。




大聖堂の窓辺、院長がその背を見送る。

白髪を結った彼女の目は哀しげだ。

「本当にそっくり。一目で判ったわ。」

背後、白いローブに身を包み、薄布で顔を隠した聖女セレナが立つ。

金髪が朝光に揺れる。

院長が静かに問う。


「…本当に、これでよかったのかしら?聖女()()()()…。」


アリシアの肩が震える。


「…はい、院長。これが、私の選んだ道です。」

彼女の声は落ち着いているが、抑えた涙が滲む。

窓の外、遠ざかるエリックの背を見つめ、言葉を紡ぐ。


「あの頃の私は…自分の不幸を呪うばかりでした。

 望まぬ子を宿し、絶望の中であの子を産みました。

 我が子の顔を見ることも、抱くこともできず、

 一人で修道院に…逃げたのです…。」

声が詰まる。


「我が子を捨てた私が、今さらどうして、

 母親だなどと名乗れるでしょうか。

 名乗り出て、捨てた子に愛される。

 そんなことが許されるわけがありません。」

声を震わせる。


「私はあの子に愛される資格がありません…。

 あの子は、私を『お母さん』と呼んでくれた。

 誰とも知らない相手への言葉だったとしても、

 今はそれだけで充分です。

 あの温もりを、私は一生忘れません…。

 真実を告げなかったのは、私自身への罰であり、戒めです。」

アリシアの薄布の下で、涙が頬を伝う。


院長は一歩近づき、彼女をそっと抱き締める。


「アリシア、あなたは聖女としてこれまで多くの人を救ってきました。

 今はまだ自分を許せなくても、

 いつかは自分自身を救える日が来るでしょう。

 あの子はあなたを愛してくれている。それだけは間違いない事実よ?」

まるで子をあやす母のように、院長はアリシアを抱き締める。


「今なら、この部屋でなら…泣いてもいいのよ?

 あなたも心の内をさらけ出してみなさい…」

アリシアの抑えていた感情が溢れ、嗚咽が漏れる。


「エリック…ああ、ごめんなさい…エリック、

 …私の子…あんなに立派に…ごめんね…愛してる…。」

アリシアは院長の腕の中で、母としての愛と罪の重さに耐えきれず泣く。

院長室には、アリシアの嗚咽だけが響き、大聖堂の金色の光が二人を静かに包む。


エリックは母の真実を胸に秘め、仲間と共に新たな旅路へ。

いつか再会する日、母と子が全てを語り合える「その時」を信じて。


挿絵(By みてみん)

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