15話 聖女の温もり 涙の抱擁
ルミエールの大聖堂の相談部屋、燭台の炎が揺れる。
エリックは木の椅子に座り、涙をこぼしていた。
生き別れの母アリシア、望まれず生まれた自分、母の拒絶への恐怖。
愛を知らない自分への疑問。
全てを吐き出し、声は詰まる。
仕切りの向こう、聖女セレナの白いローブが燭光に揺れ、彼女の息遣いが僅かに聞こえる。
セレナの声が、柔らかく響く。
「…子よ、あなたの心を聞いたわ。
…しかし、この修道院には、アリシアという名のシスターは…いません。」
エリックの胸が締め付けられる。
「…いない、のですか…。」
希望が崩れそうになるが、セレナの声は優しく、諭すように続く。
「でも、聞いて。母の愛は無償のものよ。
…あなたの母があなたを憎むなどということは、決してありません。
どんな過去があっても、母は子を愛する心を持つもの。」
エリックは拳を握る。涙が止まらない。
セレナの声は穏やかで、まるで光のように心に差し込む。
「生まれてきてはいけない人間など、どこにもいない。
あなたがここにいること、それ自体が奇跡なの。
あなたが母の温もりを知らないというなら
…私が、代わりにその温もりを与えましょう。」
仕切りの木板が軋み、ゆっくりずれる。
エリックが顔を上げると、聖女セレナが目の前に立つ。
白いローブが燭光に輝き、薄布で隠された顔は見えないが、金髪が肩に流れる。
彼女は一歩近づき、エリックをそっと抱き締める。
温かい腕、柔らかなローブの感触。
エリックの涙がローブに染み込む。
「今まで、よく頑張りましたね。」
セレナは囁き、エリックの頭を優しく撫でる。
エリックの目から涙が溢れる。
「あなたの痛み、孤独、全部受け止めましょう。
あなたには愛される資格がある。
生きていてほしい。胸を張って生きなさい。」
彼女の声はじわりと染み入り、エリックの心を溶かす。
エリックはセレナの胸で嗚咽を漏らす。
転生レースの悲鳴、その重さが今、少しだけ軽くなる。
「…ありがとう…ありがとうございます…。」
エリックは震える声で、懇願する。
「今だけ…1度だけ、あなたの事を、母さんと、呼ばせてください…。」
セレナの手が一瞬止まり、すぐに優しく撫で続ける。
「…いいわ。呼んでごらんなさい。」
エリックは目を閉じ、囁く。
「お母さん…。」
その言葉に、エリックを抱くセレナの腕に僅かに力が込められる。
部屋は静寂に包まれ、燭光だけが揺れる。
やがて、セレナはエリックを離し、薄布越しに微笑んだ気がする。
「さあ、お行きなさい。あなたの仲間が待っていますよ。」
エリックは涙を拭き、頷く。
「あなたに神の祝福のあらんことを…」
セレナが手をかざすと、聖女の力「祝福」の光が降り注ぐ。
暖かい光に包まれるエリック。
「…はい。ありがとう、…セレナさん。」エリックは立ち上がり、部屋を出る。
大聖堂の廊下、仲間が待っている。
リナが三つ編みを振って駆け寄る。
「おい、金髪!どうだった?母ちゃん、いたのか!?」
エリックは静かに首を振る。
「…アリシアは、いないらしい。ここには…。」
リナの目が曇るが、エリックは笑う。
「でも、聖女さんに話して、なんか…吹っ切れた。
母さんにはいつか会える。俺、捜し続けるよ。」
マリアが肩を叩き
「ハハッ、金髪、らしいな!母貴に会うまで、俺も付き合うぜ!」
ガイルがニヤリ
「坊主、聖女に泣かされたか?元気だせよ!」
クレアが微笑む
「エリックさん、あなたの心は強くなったわ。アリシアさんもきっと見つかりますよ。」
リナがムッと三つ編みをいじる。
「…ふん、金髪、アタシも置いてかねえからな!
母ちゃんに会って、アタシのこと自慢してもらうまではよ!」
エリックは仲間を見回し、胸が熱くなる。
「ああ、約束だ。リナ、マリア、ガイル、クレア…みんな、ほんと最高だ。」
大聖堂の光が背後に輝く。母アリシアはここにいない。
だが、聖女セレナの温もりと仲間の絆が、エリックの旅を支える。
次の目的地はまだ見えないが、希望は消えない。