そんなに殺意が湧くことなんてあります?私から王子への婚約破棄〜ざまぁを添えて〜
「婚約破棄いたしますわ」
私は王城の応接室のソファに座りながら、にこやかにそう言うと書類の束をそっと机に置いた。そして目の前にいる人物の方へ少し押した。
その書類の1番上には【婚約破棄書】と書かれている。
目の前の人物は高らかに鼻をふんと鳴らした。
「ラフィネ、お前がここまで能のないやつだなんて思わなかったよ。王族相手に婚約破棄出来ると思っているのか?」
「えぇ、ザハド王子は首を縦に振るしかないかと」
ザハドは乱暴に私が置いた書類の束をひったくると、机に音が鳴るのように何度か紙束をしならせた。
「おいおい、そこまで頭の悪いやつだとは思わなかった。可愛げも無いのにいいところ無しじゃないか。⋯⋯あっ、顔だけは俺のタイプだったな」
ザハドは上から目線で私を見るとにやにやと気持ち悪い笑顔を見せてくる。
今、私はまた湧き出る殺意に全身が震えた。
この男、腐っても王子であり私の婚約者なのだ。
■
初対面から愕然とした──。
前日の夜に突然、明日屋敷に来ると通達された。それを聞いた私の父は大慌てで予定を調整して準備をしなければならなかった。
私の家門は公爵家なのでそれなりに揃ってはいたが、王族が来るからには全ての応接室にある調度品の確認や清掃などやることは沢山あった。
しかもそれだけではない。食事に来ると言ってきたのだ。
これには私の父は真っ青になった。
ただの歓談であれば応接室でお茶とお茶菓子を出して、その後屋敷の庭園を散歩するというのが貴族のお決まりのコースだった。
それが食事となると大広間の準備も必要になる。長い大テーブルや椅子の確認だけではなく、王子の食べられるものの確認、好み、それからうちの家門独自をアピールする品も加えなくてはならない。
それを前日の夜に言ってくるものだから、屋敷中大慌て。
青果・精肉・魚市場に掛け合って明日に食材を取り寄せられるか確認したり、私のドレスとアクセサリーの確認も行われた。
私はザハドと会う本人なので、最低限の準備をしたら寝なくてはならなかった。肌の状態も悪くなると礼儀としてなっていないと言われるからだ。
寝ている間に何度か目を覚ましたが、その度に屋敷のどこかで物音がしていたので、夜通し準備が進められていたんだと思う。
ようやく次の日に全ての準備が終わると、余裕たっぷりのように見受けられるザハドが胸を張って正面から入ってきた。
すかさず私の父が挨拶をする。その隣で笑顔を貼り付けた私が丁寧に挨拶をした。
「ふん、まあよろしく」
眉をひそめながら、全身が固くなり拒絶をした。
前日の夜にいきなり来るだなんて知らせてくる礼儀知らずとなぜ会わなければならないのかしら。
私は深く息を吐くと、天井を仰いだ。
すぐに大広間に向かうと着席して食事が始まる。食事の後半になると歓談が始まるというのが、よくある流れだった。
食事が始まると、まずワインが注がれた
この国ではお酒の類を16歳から飲めるようになる。私と同じ歳のザハドは16歳になったばかりのはずだ。
このアルメ王国でもうちの公爵領は最高品質のワインが作られている。ザハドはワイングラスを目の高さまで持ち上げると満足そうにワインを見た。そしてワインを口に含み味わう。
「さすがはリゼルバのワイン。素晴らしい味だ」
その後も食事は進み、後はデザートを待つのみとなった。
「リゼルバ公爵、私とそこにいるラフィネ嬢と婚約するのはどうだろうか」
提案のように聞こえるが、これは決定事項。そうじゃなかったら私は父に泣きついてでもこの婚約を止めるだろう。
「はい⋯⋯1つだけお聞かせください。なぜラフィネを選ばれるのでしょうか?」
父の言葉に心の中で大きく頷いた。なぜなら私が見初められる理由が1つも見つからなかったのだ。
「それはリゼルバ公爵家の令嬢だからです」
そう答えたザハドはちらりとワイングラスに視線を移した。
ワインが目当てなのね。そんな理由で人生を狂わされる私の身にもなってよ!
心の中はかき乱されて、その先に続く闇に身体はずしりと重くなった。
こうしてザハドとの初めての出会いは最悪という印象で終わった。
ザハドが帰ると、父はザハドに対して怒りを顕にしながらも私に詫び続けた。
それでも私は公爵家の人間だ。私の役目は果たさないといけない。
それからすぐに婚約が行われた。ただ、書面にサインをするだけだった。
それから公式の行事にはザハドと出掛けなければならなかった。
私はザハドと少しでも仲良くなろうと、好きな食べ物や色、趣味など色々と訊ねた。一応は答えてくれるが、ひとこと嫌味をつけないと会話を終えられない性分のようだった。
「お前の話は面白くないな」
「それは失礼いたしました⋯⋯」
その心ない言葉に心はえぐられるように鈍く痛い。
それはエスカレートしていき、来賓と歓談している最中に盛大な問題を起こってしまった。
「ザハド様は剣も得意なんですね。才色兼備でなんて羨ましいんでしょう。それにこんな素敵でお美しいご令嬢が婚約者だなんて、羨ましいかぎりです」
来賓は定型文でザハドを褒める。この流れからは、婚約者のことを褒めて仲睦まじい姿を見せるのが定石だ。
しかし、この男は空気をぶち壊してくる。
「いや、良いのは顔だけでつまらない女なんです。面白い話を何一つ言えなくて⋯⋯ははっ」
来賓は目を丸くして固まってしまった。
ザハドはマナー違反をしても気にしていない様子だった。
私は平然を装うのがぎりぎりだった。本当は怒りにまかせてひとこと言ってしまいたい衝動に駆られていたが、心の中で揉み消した。
その日私は初めて物に当たった。枕の端を両手で掴むと想像したザハドの顔に何度もぶつける。そして悔しさが込み上げてきて、子どものように声を上げて泣いた。
慌ててやって来た私の侍女は私を優しく抱きしてくれた。そしてこのことは皆に秘密にしてくれたのだった。
■
それだけではない。ザハドは偉そうな態度を取っている割に仕事が出来ない。
学年で首席の私に仕事を押し付けてくるのだ。「ここについて意見を聞きたい」とか言いながら、私の意見を丸々使って報告書を仕上げる。
それでもたまに意見の相違も出てくるわけで、私の意見で書いた報告書を指摘されたのだ。私だったらちゃんとその意図を説明できた。
なのに王子は「いや、これに関してはラフィネがどうしてもこうしてほしいと無理矢理頼まれてね――」と言い始めた挙句、弁解の機会さえも与えてもらえなかった。
私は今までの人生で、物に当たったことはなかった。
だが、この日初めて部屋の枕を引きちぎると、無数の鳥の羽根が空中を舞った。
ザハドとの生活はそれはもうストレスが溜まるので、私は僧侶の修行の一部を時間を割いて取り入れ、精神を整えていたのだ。
そして婚約してから決定打となったあの日の事は今思い出しても腸がぐつぐつと煮えたぎりそうになる。
久しぶりに王城の応接室でザハドとお茶をしていた時だ。
珍しくザハドは自分から私の隣に座ってきた。少しは何かを改心したのかと期待して、ザハドを見るといきなり肩を抱いてきた。
「こうして近くで見てみると、顔は可愛いものだな。何の取り柄も無いんだから、世継ぎの⋯⋯夜の事だけは頑張ってくれよ」
私は呆れと悲しみを通り越して殺意が湧いた。
誰か私がザハドの鼻にグーパンを入れなかったことを褒めてほしい。
顔だけが取り柄だって? 私から見たらあなたの良いところが1つも見つからないのですけれど。
私は呪いについて調べ始めた。私の身と引き換えにしても、ザハドを苦しませたい。家族には悪いがもう我慢出来ませんわ⋯⋯。
■
私は心優しいウォルツ王子に相談した。
「ウォルツ様、いきなり相談なんてすみません。私はザハド王子と縁を切りたいんです。そうしなければ怒りにまかせて殺してしまうかもしれませんわ」
「ラフィネ令嬢、落ち着いてください。詳しく教えてくれますか?」
ウォルツは私の心に溜まった気持ちを静かに聞いてくれた。話を進めていくと、私は自分が情けなくなって涙が出てきた。
するとウォルツは自分のハンカチで優しく目元を拭いてくれた。
「つまり、ラフィネ令嬢はザハド王子と婚約破棄をしたい、ということで合っていますか?」
「はい。私は今後、修道院で修行の身になっても構いませんわ」
ウォルツは私の手を取り真剣な顔を向けた。
「それでは私と結婚するのはいかがですか? 私はあなたを心から愛しています。これからの人生をずっと共にしたいのです」
私は湧き上がる感情をぐっと抑えるように頭を下げて唇を噛んだ。
肺が軋むのを堪えながらゆっくりと深呼吸をする。
「私もウォルツ様をお慕いしております」
目から溢れそうになる涙を必死で堪えて一呼吸置く。
「⋯⋯ですが王族との婚約破棄は出来ません。ザハド王子から婚約破棄をしていただかないといけないんです。でもザハド王子はうちの公爵家のワインを気に入っています。婚約破棄はしないでしょう」
「この件、私に一任して頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい⋯⋯でもそんなことが可能なのでしょうか?」
■
私はウォルツの作戦通りザハドに【婚約破棄書】を渡したのだ。
ザハドは興味が無さそうにペラペラとめくっていく。
ザハドはそれを見て顔を上げた。
「これは何だ? いきなり契約書と書いてあるが、婚約破棄の件はどこに行ったんだ?」
「最後までちゃんとお読みください。これが私との件で、最後の仕事になるのですから」
「ふん、減らず口だな。ますます気に入らん」
契約書には取引内容が書かれていた。
この国の産業で盛んな最高級の織物、レアメタル、最高品質の野菜や果物など、その
項目は多岐に渡る。ちなみにアルメで取れるレアメタルは魔道具を作るのに質が良いと評判だ。
そこに記載された項目の取引を行う旨が書いてある。
重要なのはその規模だ。
最高級の織物のうちの80%。
最高品質の野菜や果物は60%。
レアメタルはなんと90%――。
他の項目も割合は半数を超える。
それを目にしたザハドは高笑いをする。
「何かと思ったら、こんな取引、リゼルバ公爵家の財源を考えたら不可能だ。こんなもので俺を驚かせようとしているのか?」
「だ・か・ら、最後までちゃんとお読みください」
ザハドは舌打ちをしてページを読み進める。
するとある文章を見つけたのかザハドは立ち上がって、私に噛みつかんばかりに言ってくる。
「なんでジェネロスタが出てくる? お前と何の関係があるのだ?」
「あなたは仕事の1つもちゃんと出来ないんですか? 私は何度も最後までお読みくださいと言っているのです。それがそんなに難しいことですか?」
「お前、強気に出て気に食わないな。あとで痛い目に遭わせてやるからな」
ザハドはどかっとソファに座り直すと、雑にページをめくり始めた。
契約書もそろそろ終わりの方まで来ている。
やっとあの文章が出てくるわね。
「“この契約を承諾する条件として、以下の項目を含める”だって?」
「えぇ、1番上の【婚約破棄書】も契約書の1つの条件になっています。だからあなたとは婚約破棄いたしますわ」
そこへ王様とウォルツ王子が部屋に入ってきた。
私はすっと立ち上がり王様とウォルツ王子に挨拶をした。
王様は手揉みをしながらウォルツと私を交互に見ている。
そしてザハドが契約書を持っていることに気がつくと素早く命令した。
「ザハド、その契約書を見たのか? それなら話が早い。ラフィネ令嬢とは婚約破棄だ」
ザハドは目を見開いて立ち上がり王様の方へ身体を向けた。
「お父様! こいつは⋯⋯ラフィネ嬢は俺を完全に馬鹿にしています。こんな契約書は承諾出来ません」
王様は凄い剣幕でザハドを一喝した。
「口を慎め! お前の意見なんてどうでも良い。アルメは貧しい国だ。それを隣の大国であるジェネロスタ王国が契約書にある通りの莫大な量の取引をしてくれるんだぞ! 有り難いことしかない。それにウォルツ様はラフィネ令嬢を気にいっているようだから大団円ではないか」
ジェネロスタ王国はアメル王国の国土だけでも10倍を超える。
私はザハドのお陰でウォルツと出会っていたのだ。
それは、国際交流で隣国に行った時になぜかザハドに置いていかれた。ザハドは1人で勝手に馬車で帰っていったのだ。
おそらく私が困っている姿を見たかったのだろう。帰ってきて「もう2度と私を置いていかないで」みたいなことをやってほしいだけだろう。なんて最悪な性格をしているんだ⋯⋯。
私は堪忍袋の緒が切れて、このまま家出しようかと思ったのだ。
そこへ現れたのがウォルツ王子だった。
ウォルツ王子は親身に私の話を聞いてくれたし、一緒に婚約破棄が出来るように、手紙のやり取りも何度もして、何度も会っては色んな提案をしてくれた。
こんな吹けば無くなるような貧乏の国の一介の令嬢に優しくしてくれて感謝しかなかった。
そのうち私はウォルツ王子に恋をした。出来るならば、彼の隣にいたい。
ウォルツは【婚約破棄書】と契約書を見せてきた。
「それで、この提案でどうでしょうか?」
「どうって王国にメリットがありませんが良いのですか? こんな貧乏な国のほとんどの物を買ってくださるんでしょう?」
「あなたをジェネロスタに連れていけるほど、大きいメリットはありません」
私はウォルツの胸へ飛び込んだ。
そしてその足で王城へと来るとザハドにそれを見せたというわけだ。
王様はウォルツにペコペコしながら、何としても契約書を進めたい様子だった。
「アルメ王、1つだけそれに条件を加えても良いでしょうか?」
「あぁ、何でも言ってください」
ウォルツはちらりと私の方を見てくる。ここに来る直前にウォルツに聞かれたのだ。
ザハドの処遇をどうしたいか、と。
ウォルツはニコリと笑顔を作った。
「ザハド王子には廃嫡となっていただき、彼の兄上であるタッカー王子の馬車の馬の世話役になってもらいたい」
「なっ⋯⋯お父様、納得できません!」
そのやりとりを見て、私は口元を緩めた。
ザハドには、廃嫡になってもらおうと思ったがそれだけでは満足できない。
私は過酷な肉体労働も良いかなと考えたが、ザハドのプライドをぽっきり折りたかった。
それで知っている人の近くで惨めな姿をさらけ出すことが、1番効果があると私は考えたのだ。だからザハドの兄上が使う馬車の馬の世話役と言う平民が行う仕事を選んだのだ。
ザハドのプライドがぽきりと折れるところが見れないことだけが心残りだった。
ウォルツはザハドに強制労働の末に拷問死を望んだが、私の意見を尊重してくれるようだ。
すでに効果は見えているようだ。ザハドは顔を真っ赤にして怒っている。その怒りの矛先は私にも向けられた。
「ラフィネ、いい加減にしろよ。俺は絶対許さないからな」
ウォルツは私の方を見てにこりとすると、ザハドの方を見た。
「私の結婚相手になる大事な人に何か危害を及ぼすような真似をするなら、国ごと滅ぼしてもいいんですよ?」
その言葉に王様は周りの近衛兵に命令した。
「ザハドは今ここで廃嫡とする! この男を捕らえよ! 牢屋にでも入れておけ!」
ザハドは近衛兵に両側から捕まえられると罵倒するような言葉を喚き散らしながら引きずられて部屋を出て行った。
王様はその様子を見て、ウォルツにへりくだる。
ウォルツを見ると、私のことを罵倒されて今からでも剣を抜いてザハドを刺し殺そうと、腰の剣に手をかけて恐ろしい目を部屋の外へ向けているのが見えた。
このままだと死人がでそうだわ⋯⋯。
私はウォルツに笑顔を向けた。
「ウォルツ様、私すっっっきり致しました! ありがとうございます」
ウォルツは腰の剣から手をすっと離すと私を強く抱きしめてくれた。
「あぁ、可愛いラフィネ。怖かっただろう? 大丈夫だったかい?」
喉の奥がぎゅっと締め付けられた。ウォルツの優しさが傷だらけになった心にじんわりと染みる。
可愛くない女と思われるかもしれないけど、好きな人の前では笑顔でいたい。
「ウォルツ様のお陰でちっとも怖くありませんでしたわ」
私の言葉とは裏腹にこぼれ落ちる涙。
ウォルツは何も言わずに私を優しく抱きしめ続けた。
その時私はこの人と一生添い遂げたいと強く思った。
私たちはサイン付きの【婚約破棄書】と契約書を手にするとジェネロスタへと向かった。
■
ウォルツは王国で圧倒的な人気があった。そのせいか私と結婚する時も「さすがは慈悲深いウォルツ様」と貧しい国から救い出した私との結婚にさらに人気が上がったようだ、そして王国の人たちは私を優しく受け入れてくれた。
私は以前からザハドの仕事を手伝っていた。ここでも出来たら少しくらい、仕事をしたい。それを伝えると「君は俺の隣にいてくれれば良い」と言われた。
仕事が無いのであれば、仕方がないので私は王国にあるという“海という場所にもに行きたい”と言ったが、私は言葉に詰まった。
アルメ王国にいる時は土のぼこぼことした道ばかりだったので馬車に乗ると、とにかく背中とお尻が痛くなってしまうのだ。
これについては、ザハドに言ったが取り合ってもらえず、何とか宰相にも伝えたが「費用と時間が莫大にかかります。大変申し訳ないのですが、今年の予算には組み入れられません」と毎年言われてきた。
アルメに入ってくる情報は少ない。それでもジェネロスタにある海に近い街で主要な産業は聞いたことがない。
道の舗装は費用と時間がかかる。おそらく舗装されていない道だろうな。はあ、それなら行きたいけど、長時間馬車は乗りたくない。
ウォルツと会ったきっかけになった国際交流パーティーで出た海鮮は美味しかったなぁ。他の国の人にも評判だったけど、ジェネロスタでは人気がないようね。
「舗装された道なら行きたいんだけどなぁ」と呟くと、ウォルツに聞かれてしまった。
仕方なく思っていたことを話すと、ウォルツから「少し待って欲しい」と言われた。
そして待っていると幹線道路の整備が始まった。
1番に王都から海への道路が出来た。
私は喜んでウォルツと出掛けた。海というところはなんとも開放感があって良い。私はすごく楽しかったので、また行きたい言っては何度も連れて行ってもらった。
私たちが海の近くの街を訪れていることは噂となり、多くの人がその街へと詰めかけ始めた。
そのうち海のある街は観光名所になり、街は1年で3倍になった。そして海鮮ブームもやってくると街はさらに大きくなった。
私は美味しい海鮮料理が食べれると呑気に頬張っていた。
何年もかかったが、ウォルツは幹線道路の整備を終えると、その功績に王太子となった。
■
私は遊んでいれば良いと言われたので仕方なく、周りのご令嬢方とお茶会に励んでいた。私のお目当てはお茶会で出てくるデザートだった。
アルメでは見たこともない見た目のデザートばかり。そして食べたことのない味ばかりだった。おそらく材料自体がアルメで使われていないものなのだろう。
アルメは貧しい国なので嗜好品はあまりない。しかしここまで見た目に富んでいて美味しい食べ物があるなら、他の国もこぞって材料を取り寄せようとしそうだなあ。
令嬢たちの話の中で、お茶会を開くのが大変と言うので、内容を詳しく聞いてみた。すると本当は4〜5人のお茶会を頻繁にやりたいようなのだ。そして会場をどこにするかも決めるのが大変だそうだ。
これは良い機会だ。サロンを作って一流のシェフにデザートを作らせる。たまに意見交流会と称して貴族たちのお抱えシェフを呼べば、さらに美味しいデザートが食べれそうだと夢を膨らませた。
そうなったら材料を調べて原料の産地なども調べたいところだ。どんな気候で育つ作物なのだろうか、その想像でも夢が膨らんだ。
そこで私は王都に女性たち専用のサロンのお店を作ってはどうかと、ウォルツに相談した。男性が使う喫茶サロンと言うのはあったが、女性が使えるものはなかったからだ。
するとウォルツは王都の一等地を使って良いと言ってきた。私は自分のお小遣いの範囲で始めようと思っていたので断った。
するとウォルツは一等地の建物の一階部分を改装してこれを使って欲しいと言った。
私はデザートが食べたい自分の欲のためにやろうと思っていたので、一等地で始めることに罪悪感があったので、やんわりと断った。
そうしたら調度品も令嬢の好みに揃えられて、ウォルツはその素晴らしいサロンを見せながら「これでも駄目か?」と聞いてきた。
私は恥ずかしながら、私の色んなデザートを食べたい作戦について白状した。そして、その私利私欲でやりたいのだからそれを協力してくれるのに罪悪感があると正直に伝えると、なぜかウォルツに褒められた。
「ラフィネ、君は天才だ。サロンのスタッフはこちらで用意しよう。ご令嬢の会話は情報の宝庫だ。お金を払ってでも知りたい情報が溢ふれている。選りすぐりのシェフと執事と侍女たちを連れてこよう。そして諜報部員も常駐させよう」
私のデザート食べたいから始まった計画が、大事になってしまった。
さすがに私も遊び疲れてきた。そろそろ仕事をしたいとウォルツに言うと、「君は十分貢献している」と言われた。
■
仕事をしていないと暇だ⋯⋯。
そういえば、執事が川に魚釣りに行ったって言っていたなと思い出し、ウォルツに川に行きたいと提案した。
どこの川が良いかと聞かれたのでアルメまで支流が伸びている川があったので、その川が良いと言った。ウォルツも首を縦に降ってくれた。
そして川に行くと誰もいない。
開放感に満ちた私は川の近くまでやって来て、川の中をよく見て魚がいるか探していた。すると川の中にきらきらした何かが見える。
「川の中にきらきらしたものがあるわ。あれを取ってくださるかしら?」
従者はザルのようなものを片手に川の中へと入ってすくい上げた。それを川の水で洗って太陽に照らす。
「ラフィネ様⋯⋯これダイヤモンドかもしれないです!」
鑑定してもらったら本当にダイヤモンドだった。
アルメに伸びた支流でも稀にダイヤモンドが見つかるって大騒ぎしたことがあったわね。やっぱりこの川にはダイヤモンドが流れ着いているのね。
このダイヤモンドはどこからか流されてきているに違いないわ。私は周りを見渡すと奥の方に山が見えた。
「この川はあの山の方から来ているのかしら?」
「えぇ、そのようです」
聞いてみるとここは田舎だったので、山の金額もかなり安く私のお小遣いでもお釣りがたくさん返ってくるほどだった。
それならダイヤモンドが出て来なくても良いわね。川でダイヤモンドが見つかるって言ったら海ほどではないけど、観光名所くらいにはなりそうだものね。
「ウォルツ様にダイヤモンドをプレゼントしたいわ。あの奥の山を買いましょう」
私はビックリさせようと内緒で山を買った。後日、山の中を調査してくれるらしい。報告はいつになるのかわくわくしながら王都に帰ったのだった。
しばらくして、ウォルツは仕事から帰って来て私を見た途端、ベッドへ押し倒した。
「きゃっウォルツ様、どうなさいました?」
「君は隠し事をしているね」
珍しくウォルツが怒っている。これは白状しないといけない雰囲気だった。
私は観念して話し始めた。
「実はこの前魚釣りに行った時に近くの山を買いました。川で小さなダイヤモンドが取れたので、山でダイヤモンドが取れると良いなって思ったんです」
「ダイヤモンドが欲しかったなら、俺が好きなだけ買ってあげるのに⋯⋯」
私は押し倒されたまま、顔を赤くしてこう告げた。
「私はウォルツ様にダイヤモンドをプレゼントしたかったんです。⋯⋯この先、王様になった時に冠に大きなダイヤモンドがついていたら格好良いでしょう?」
それを聞いたウォルツは目を丸くした後、熱の籠もった視線を向けながら、私に口づけをした。
「はぁ、俺の負けだ。俺は君に遊べと言うのにどんどん国に貢献してくる。あの山の事を聞いたかい? 山に大きな地割れした部分があって、その中から大量のダイヤモンドが出ていているんだ。総額は分からないが、推定でも王国の1年間の国家予算を超える⋯⋯」
「うそ⋯⋯」
「それなのに、その理由が俺の為だなんて、俺を何度惚れ直させれば君は気が済むんだい?」
「私はいつでもウォルツ様にときめいておりますわ」
ウォルツは私を強く抱きしめた。
■
後日、採れたてのダイヤモンドが手元に届いた。私は手の上でころころと転がしながら光に輝くダイヤモンドを見ている。
「そういえばラフィネは何か欲しいものでもあるかい?」
「そうね⋯⋯そろそろアルメ王国を買おうかしら? さすがにお父様とお母様のことも気になりますしね」
「じゃあ書類を揃えるよ。金額は見なくても買える金額だと思うよ」
「うふふ、そうね」
それでもまだ、私は仕事をしたとは思っていない。そろそろ私にも仕事をさせて欲しい。
ウォルツに提案すると「俺の隣にいてくれるだけで良いのに、君は役に立ちすぎるな」と笑顔で返してきた。
やっぱり仕事はさせてくれないのかしら?
「ラフィネは何かやりたいことがあるのかい?」
「そうね、王国中に鉄道を通したいわ。鉱山の近くに蒸気機関車と言うものが走っているって聞いたわ。あれだったら腰もお尻も痛くならないで、色んなところへ行けるもの」
ここから随分遠い小国でここ20年で爆発的に発展している国があると聞いたわ。そこでは国中を結ぶ幹線鉄道と言うのがあるそうね。
それによって産業革命が起きたらしいわ。こんな大国で国中を速い乗り物で行き来出来たり、大量の物を運べたら高い確率で隣国との取引に繋がる。そうなったら貿易革命みたいなものが起こるかもしれないわ。
そうなったら嬉しいわね。
「じゃあ、その計画は一緒に立てよう」
ふふっ、一緒に仕事が出来るなんて嬉しいわ。
私はウォルツの胸にそっともたれかかった。
「ふふっ、ウォルツ大好きよ」
「俺もラフィネを愛している」
ウォルツは愛おしそうに私を抱きしめてくれる。そして熱い口づけをした。
私は世界で1番愛おしいウォルツの隣で、心の中が幸せいっぱいに溢れたのだった。
ちなみに、この鉄道を王国中に通すと言う大々的な計画は国を震撼させたが、計画が進むにつれて商人たちの活躍が花開き貿易革命へと移っていく。
私は呑気に目の前のアイスクリームと言う新しいデザートを頬張っている。
アイスクリームはなんて美味しいのだろう⋯⋯貿易革命万歳。
私の快適ライフに向けた計画は着々と進むのであった。
お読みいただきありがとうございました!
誤字脱字がありましたらご連絡下さい。