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「私は真実の愛を見つけた! 子爵令嬢セリティーヌ! 残念だが、君との婚約は破棄させてもらう!」
貴族の通う学園の夜会。その会場の真ん中で、伯爵子息パーゼティラムは声高々に婚約破棄の宣言をした。
驚き戸惑う生徒たちの視線が集まる。会場のすべての注目を集めている。その実感がパーゼティラムを高揚させた。
婚約破棄の宣言を受けたのは、子爵令嬢セリティーヌ・ティートバイン。真っ直ぐなプラチナブロンドの髪が美しい、秀麗な令嬢。いつもは人形のように感情を見せない彼女だったが、今は目を大きく見開き、その頬はバラ色に染まっている。
さすがに婚約破棄の宣言を受けてはいつもの平静さを保てなかったようだ。彼女の鉄面皮を崩せたことに、パーゼティラムは嗜虐的な喜びを覚えた。
パーゼティラムの隣には令嬢がいる。栗色の髪の可憐でかわいらしい令嬢だ。しかも学業においても優秀で、この学園でもトップクラスの成績を保っている。
パーゼティラムの真実の愛の相手、男爵令嬢マリライゼ・ファストラーク。婚約者と違って感情豊かに様々な表情を見せてくれる彼女は、見ているだけで幸せな気持ちになる。愛しくてたまらない。彼女が隣にいてくれればどんな困難でも乗り越えられる気がした。
愛すべきかわいらしい令嬢を傍に置き、綺麗なだけで冷たく性格の悪い婚約者に絶縁を叩きつけた。
充足感があった。解放感があった。爽快感があった。
パーゼティラムは今こそが人生最高の瞬間であると確信した。
パーゼティラムはアインポルト伯爵家の第一子として生まれた。伯爵家伝統の美しい金の髪と宝石のようにきらめく緑の瞳。その顔立ちもまた整っている。身に纏う気品、貴族らしい上品な立ち振る舞い。深い教養と広範な知識。伯爵子息という立場に恥じない優秀かつ端麗な青年だった。
そんな彼に縁談がやってきたのは学園への入学の一年ほど前、14歳の頃だった。
縁談の相手は子爵令嬢セリティーヌ・ティートバイン。腰まで届くプラチナブロンドの真っ直ぐな髪。瞳は涼やかな蒼。どこか近寄りがたい神聖な雰囲気を纏う美しい乙女だった。
彼女のティートバイン子爵家は王国でも名の知られた由緒正しい名家だ。しかしここ数年は事業の失敗が続き、少々危ない状況に陥っているということだった。子爵家を支援するという名目でこの縁談がもたれた。
名家の血を取り入れることが貴族の家には重要だということはパーゼティラムも理解している。それにセリティーヌは美しい令嬢であり、社交の場で連れ歩けば周囲の目を引けるだろう。しかも名家の娘なら、伯爵夫人として申し分ない。
だが、セリティーヌにはとにかく愛想というものが無かった。ちょっとした冗談を言っても、楽しい話題を振っても、その口元に浮かぶのは上品な微笑みだけだ。社交場で見せる形だけの表情であり、楽しんでいる様子はまるで見られない。
話をすれば相槌を打つし、話題を振ればきちんと答える。しかし自発的に話を振ってくることはない。
彼女との会話は、例えるなら石壁に向かって小石を投げるようなものだ。いくら石を投げたところで石壁はびくともせず、返って来るのは投げた石の軽い音だけ。そんな虚しさがあった。
そんなセリティーヌだったが、礼儀作法についてはうるさかった。ちょっとした服装の乱れや、手順の間違いなど、些細なミスも見逃さず指摘してきた。その口調は穏やかなものだったが、それでもパーゼティラムにとっては苦痛だった。
彼もそこまで狭量な人間ではない。気心の知れたものから誤りをたしなめられたなら、受け入れ反省することはできる。しかし婚約者同士の会話で自分からしゃべらない令嬢が、こちらのミスを見つけたとたんに口を挟んでくるのがどうにも気に入らなかった。
加えて彼女は感情を見せることがほとんどなかった。会話で時折見せる上品な微笑みと、叱責の時の咎める目。それだけで、あとは表情と呼べるものはなかった。同じ年頃の令嬢というより、物言わぬ彫像を相手しているかのようだった。
話をしていてもまるで楽しくない。そのくせ、こちらのミスにはいちいち口を挟んでくる。セリティーヌとの付き合いは息がつまるばかりだった。
婚約者となったのだから、彼女を愛そうと努力した。しかしそれは何の成果ももたらさなかった。こちらは好きになろうと努力しているのに、向こうは嫌われるための努力をしている――そんなことを考えてしまうような、かみ合わない物があった。
こんな令嬢とこれから一生付き合わなければならないと思うと、気が重くなるばかりだった。
そんな時に出会ったのが男爵令嬢マリライゼ・ファストラークだった。
栗色の癖毛に大粒の水色の瞳。ころころと表情のよく変わるかわいらしい令嬢だった。婚約者との関係に悩むパーゼティラムに対し、彼女は親身になって相談に乗ってくれた。話すうちに、次第に惹かれていった。
その少々大き目の胸に目を引かれたのは否定できない。しかし彼女のもっとも優れている点は、その賢さだった。学園でも上位の成績を誇り、実に柔軟に物事をとらえ、様々な状況で機転が利く。勉強に関する話も遊びに関する話でも、深い洞察と豊かな知見を垣間見せた。彼女との会話はいつも興味深く、何より楽しかった。
マリライゼこそが伯爵夫人に相応しい。そう確信したパーゼティラムは、思い切って父に相談した。しかし頭の固い父は、「賢しいだけの男爵令嬢など当家には相応しくない」などと言って聞く耳を持たなかった。
このまま無為に時を過ごしていては、冷たく無表情なセリティーヌと結婚することになってしまう。その先に待ち受ける薄暗い未来を思うとぞっとした。
そこでパーゼティラムは思い切った手段をとることにした。学園の夜会で婚約破棄の宣言をするのだ。多くの貴族の生徒たちの前で宣言した婚約破棄は、大貴族であっても無視することはできない。婚約破棄したという既成事実を作ってしまえば、頭の固い父も首を縦に振るしかなくなるはずだ。
礼法を無視した婚約破棄は伯爵家に損害を与えるかもしれない。だがその程度のこと、自分とマリライゼの才覚があればいくらでも取り返せる――そう確信して、パーゼティラム夜会での婚約破棄の宣言という賭けに出たのだ。
ついに婚約破棄の宣言はなされた。
パーゼティラムは深い満足感に満たされ、静かに婚約者の返答を待っている。
セリティーヌは今は驚いた顔を見せている。その顔が次にどう変わるだろうか。
悲しみに暮れ泣き出すかもしれない。あるいは柳眉を逆立て怒りだすかもしれない。
どちらの顔を見せようと、パーゼティラムは自らの決意が揺らぐことは無いと確信していた。どれほど激しい感情がぶつけられても、全て受け止め、そして跳ね返してやろうと考えていた。
しかしそんな期待に反して、セリティーヌは驚いた顔を見せたのもわずかな時間のことだった。すぐにいつもの落ち着いた表情に戻ってしまった。バラ色に染まってた顔色までも普段のものに戻っている。
そして、あの目になった。パーゼティラムが嫌いな目。不作法を咎めるような目だ。その瞳はわずかにうるんで熱を帯びているように思えたが、視線の鋭さはいつもと変わらない。
そしてセリティーヌは、静かに語りだした。
「残念ですが、その婚約破棄の宣言を受け入れることはできません。不備があるからです」
「不備だと……?」
パーゼティラムは眉をひそめた。婚約破棄の宣言は練りに練ったものだ。最初は言いたいことが多すぎて長くなったが、やがて短い言葉の方がより伝わりやすいと気づいてシンプルなものにした。
夜中に寮の部屋で、消音の魔法をかけて練習を繰り返した。
そうして本番で言い放った婚約破棄の宣言は、今までにない出来栄えだった。不備があるとは思えなかった。
訝し気にするパーゼティラムを前に、セリティーヌは滔々と言葉を続けた。
「恥ずかしながら、我がティートバイン子爵家はゆるやかな没落の道をたどっています。パーゼティラム様との婚約は、アインポルト伯爵家から支援を受けるために結ばれたものでした。その婚約を破棄されるということは、子爵家が再び没落の道をたどるということになります」
「……ふん。だから婚約破棄を撤回してくれと懇願でもするつもりか?」
パーゼティラムは鼻で笑った。セリティーヌの意図は読めた。
名家であるティートバイン子爵家の没落は貴族社会でもそれなりに知れ渡っている。セリティーヌがわざわざこの場で口にする必要などない。それをあえて口に出し、会場内の生徒たちの同情を煽って婚約破棄を撤回するよう促すつもりなのだ。
確かにいくつか非難の目が向けられているのは感じている。だがそれは想定済みだ。その程度で揺らぐような決心で婚約破棄を宣言したのではない。
だがセリティーヌは首を横に振った。
「いいえ。ただ、婚約破棄のもたらす結果についてきちんと認識してほしいのです」
「もたらす結果……だと?」
この忌々しい婚約者に屈辱を与える。子爵家の没落によって、彼女は惨めな人生を送ることになる。
夜会で不作法を働いたパーゼティラムは叱責を受けるだろう。だが貴族の立場を失うほどの処分は受けないはずだ。マリライゼの助力があれば、その程度のことはいくらでも取り返せる。それがパーゼティラムの計算だった。
だがセリティーヌが語りだしたのは、その計算から外れたことだった。
「ティートバイン子爵家の没落とはすなわち、その領地の没落でもあります」
「それが何だと言うんだ?」
「没落を防ぐため、ティートバイン子爵家は様々な策を講じることになるでしょう。領民への税の増額、領地の切り売り。事業の一部売却……それらのことは、領民に大きな負担を強いることになるでしょう。生活に困窮し、家を失う者もいるでしょう。泣く泣く子を売る親もいるでしょう。犯罪に手を染める者もいるでしょう。それらのことで、命を落とす者もいるかもしれません。わたしたちの婚約を破棄するということは、何万もの領民の人生を壊すことだと、あなたにはきちんと認識していただきたいのです」
会場の雰囲気が一気に重苦しいものとなった。
セリティーヌの言葉に感情は感じられない。実に淡々とした説明だった。それだけに余計に、それが当然の事実として聞く者の胸に重くのしかかった。
会場に参席する者たちの多くは、将来は領地経営に関わることになる。領主の行動一つ、決断一つが何万人もの領民の人生を左右することになる。
誰もが頭ではわかっている。だがその重みを実感している者となるとほとんどいない。貴族の家に生まれ、それに相応しい教育を受けようと、彼らはまだ学生だ。領民の人生を背負うという責務は、未だ遠い出来事なのである。
パーゼティラムの顔は真っ青になった。セリティーヌのことが気に入らなかった。彼女を遠ざけたかった。そのための婚約破棄だった。
貴族の婚姻という領民に関わる重大事を、個人の恋愛という問題に矮小化した。領民について真剣に考えることから無意識に目をそらし続けてきた。
だがそれはある意味で当然のことだった。領民の生活を慮れるほど思慮深い人間は、夜会での婚約破棄などという暴挙に至ることができるはずがない。
「し、子爵領の民が苦しむのは、君の家の落ち度だ! 私の責任ではない!」
「ええ、その通りです。子爵家は自らの失敗により、領民を苦しめることになります。ですが、そのきっかけを作るのはあなたです。婚約という最後の手段を取り上げるのは、あなたのご決断なのです」
「だから君は……婚約破棄の宣言を撤回しろと言うのか……?」
絞り出すように出した声は震えていた。
しかしセリティーヌはまたしても首を横に振った。
「いいえ、そうは申しません。真実の愛とは尊いもの。あなたが本当にそれを見つけたのなら、貫いて欲しいと思います」
「な、なんだと?」
「最初に申し上げた通り、先ほどの婚約破棄の宣言には不備があるのです。パーゼティラム様にはこう宣言してほしいのです」
パーゼティラムは目を瞬かせた。これまでの話の流れは、婚約破棄の宣言そのものが過ちだと責め立てるものだった。
それなのに、セリティーヌは婚約破棄そのものは否定しない。ただその文言に不備があるという。
彼女が何を考えているのかまるでわからない。戸惑うパーゼティラムをよそに、セリティーヌは神の言葉を伝える聖女のように。朗々と、『不備の無い婚約破棄の宣言』を告げた。
――私は真実の愛を見つけた。それは数万の領民の人生より、遥かに尊く価値のあるものだ。子爵令嬢セリティーヌ・ティートバイン。君との婚約は破棄させてもらう。
会場は静まり返った。誰もが言葉を失っていた。
パーゼティラムの婚約破棄の宣言は、男女の仲の問題だった。しかしセリティーヌが提示したのは、領民よりも愛を取るという、苛烈にして無慈悲なものだった。
パーゼティラムは震えた。恐ろしさのあまり、身体が震えだすのを止められなかった。
もしセリティーヌの求める婚約破棄の宣言をしたらどうなるか。
なにもかも犠牲にして愛を選ぶ。それは物語の中ならロマンティックと言えるかもしれない。だが現実に口にすれば、あまりに身勝手で人の道を外れたことだ。
これが内密に行われた婚約破棄なら取り返しがついたかもしれない。だがここは、夜会という公衆の目のある場だ。しかもセリティーヌの論説によって、子爵家を見捨てることが非道なことであるという共通認識が出来上がってしまった。
こんな宣言をしてしまえば、会場すべてを敵に回すことになる。誰もが非難の声を上げることだろう。
パーゼティラムの父、アインポルト伯爵がこのことを耳にしたらどうなるか。決して息子を許さないだろう。個人の恋愛を優先し、領民を蔑ろにする愚か者に爵位を与える貴族がどこにいると言うのか。
確実に廃嫡される。爵位も得られず、親子の縁を切られ、家から放り出されることになる。少々の才覚があろうと貴族に返り咲くなど不可能だ。パーゼティラムの貴族としての未来は完全に閉ざされることになる。
パーゼティラムは真実の愛の相手、マリライゼの方へと目を向けた。
傍らにいるはずの彼女は、一歩引いていた。そして悲し気な目をして、ゆっくりと首を左右に振った。
その姿を目にして、彼女が全てを知った上で協力していたことを悟った。
聡明な令嬢だ。婚約破棄の結果、ティートバイン子爵領の領民が犠牲になることもわかっていたはずだ。そんな彼女が婚約破棄などと言う暴挙に付き合ったのは、伯爵家に嫁ぐためだ。なんの後ろ盾もない男爵令嬢が、犠牲なくして上位貴族と婚姻できるはずがないと、彼女は分かっていたのだ。
しかしこのまま婚約破棄を押し通したところで、マリライゼは伯爵夫人にはなれない。彼女が協力する理由は失われた。だから彼の元を離れた。
真実の愛など、最初からなかったのだ。
あたりを見回す。誰も彼もが目を伏せて、目を合わせようとはしなかった。関わり合いになることすら避けているようだ。味方となってくれそうな者など一人もいなかった。
ただ一人だけパーゼティラムを見つめる者がいた。セリティーヌだ。いつもの通り、その顔にはなんの表情も見て取れない。ただその瞳には、今までにない熱が感じられた。
セリティーヌはただ事実を述べただけだ。その言葉の内容は厳しいものだったが、婚約破棄を宣言したパーゼティラムを糾弾する意図はなかった。それどころか『不備の無い婚約破棄の宣言』をして愛を貫くよう提案すらした。
婚約破棄を宣言されて、悔しくないのか。悲しくないのか。憎くないのか。
ただじっと注がれるセリティーヌの目からは、それらの感情は読み取れない。ただじっと、瞬きすらせず、熱い視線でパーゼティラムを見つめている。
彼女が何を考えているのがわからない。恐ろしくてたまらない。
その時、この場を収める手段を思いついた。
それは屈辱的な手段だ。耐えがたい恥辱だ。だがパーゼティラムはそれしか思いつかなかった。
なにより彼は心底怯えていた。パーゼティラムはまるでセリティーヌの視線から逃げるように跪くと、首を垂れた。
「私が間違っていた。思慮が足りなかった。婚約破棄の宣言を撤回する。どうか許してもらえないだろうか……」
あれほど堂々と告げた婚約破棄の宣言をなかったことにするために、跪いて懇願する。完全な敗北だ。惨めでみっともないことだ。それがわかっていても、他に方法などなかった。
ここまで恥をさらしても、許してもらえるという確信はなかった。羞恥が顔を赤く染める。こらえきれず涙がこぼれた。
伏せた視界の中、セリティーヌの足がよろめくのが見えた。
あまりに哀れな姿に失望してよろめいたのか。あるいは怒りこらえきれず姿勢を乱したのか。それとも呆れたのか。いずれにせよ、厳しい言葉が投げかけられるに違いない。パーゼティラムは身をすくませた。
すると、パーゼティラムの目の前に手が差し出された。白い肌に細い指。セリティーヌの手だ。
意図が読めず、顔を上げる。すると思いもかけない言葉が降ってきた。
「……承知しました。宣言の撤回を受け入れます」
優しい声だった。そして笑顔があった。セリティーヌが初めて見せた、華やかな笑みがあった。どこか艶っぽく、心底幸せそうな顔だった。
パーゼティラムは衝撃を受けた。そしてようやく、セリティーヌという令嬢がどれほど素晴らしい人物なのかを理解した。
確かにセリティーヌは礼儀作法にうるさかった。だがそれは、婚約者を正そうとしてくれていたのだ。
婚約破棄の宣言という暴挙をなした自分に対し、彼女は怒りを見せることすらしなかった。冷静に受け止め、パーゼティラムが見失っていた貴族の立場の重さを教えてくれた。
『不備の無い婚約破棄の宣言』はあまりにも無慈悲な内容だが、それも愛を貫くなら相応の覚悟を示すべきだという戒めだった。
そして惨めに頭を下げた彼に対し、謝罪を受け入れてくれた。手を差し伸べてくれた。笑顔を向けてくれた。それは過ちを認めたパーゼティラムのことを、自分のことのように喜んでくれたということだ。
何と言う慈悲だろう。セリティーヌは、厳しくも優しい、慈愛に満ちた令嬢だったのだ。
パーゼティラムは己を恥じた。表面ばかりに囚われて彼女の本質を見ようともせずに拒絶した自分はなんと愚かだったのか。
この素晴らしい婚約者のために、これからの人生は全てを尽くそう。彼女の手をぎゅっと握ると、パーゼティラムは心の中で固く誓った。
パーゼティラムの認識は間違っている。
婚約破棄の宣言をされながら、怒りも悲しみもせず、婚約者の立場に執着すら見せない。跪いて許しを請う婚約者相手に、満面の笑みを見せる。なにもかも、慈愛に満ちた清楚可憐な令嬢の行いではない。
パーゼティラムは追い詰められていた。余裕などまるでなかった。冷静さを失っていた。だから目の前に差し出された救いの手を取り、それがなによりも正しいことだと思い込んでしまった。
パーゼティラムは、セリティーヌの本質を誤解したまま、今後の一生を過ごすことになるのだった。