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私史上最大の秘密は、友達の彼氏が好きってことです

作者: 山本 歩乃理

 予鈴が鳴るほんの少し前になって、ミヅキが教室に滑りこんできた。

 こんなギリギリに登校だなんて珍しい。


「おは……」


 挨拶をしかけたところで、私の髪という髪が電気を帯びて逆立ったような気がした。

 すぐさま駆け寄った。


「どうしたの?」


 ミヅキは恥ずかしそうに微笑んだ。


「あっ、マナ……うーん、やっぱり気づいちゃう?」


 気づくに決まってるじゃない! その赤く腫れぼったくなった目!

 ひと晩中、泣いてたのかな……


「何があったの?」


 ミヅキがうつむき加減になって、ひと言だけ漏らした。


「タイガと別れた」


「えっ!?」


 今度は背筋に電流が走った。

 『どういうこと?』と訊きたかった。

 けれど、そこでいよいよ予鈴が鳴ってしまったため、話は切り上げとなった。


 心臓が胸を強打してくる。

 痛いのは心臓? 胸?

 それなのに、足の感覚はまるでなかった。

 私はよろけながら席に戻った。


★••┈┈┈┈••★


 ミヅキがタイガくんと別れた? 何それ……

 とてもではないけれど、信じがたかった。

 だって、あのミヅキとタイガくんがだよ?

 この学年どころか、この中学でぶっちぎりのベスト・カップル(※私調べ)のふたりがだよ?


 けれど、さきほどの教室移動での出来事を思うと、真実のような気がしてくる。

 タイガくんと廊下ですれ違ったにも拘らず、ミヅキはずっとうつむいていたし、タイガくんはタイガくんでこっちを見ようともしていなかったのだ。


 ミヅキが昨夜泣いたということは、別れ話を切り出したのはタイガくんのほうからってことで合ってる?

 全身が震えた。

 嘘でしょう? ミヅキを振る男がこの世に存在するだなんて!

 たとえそれがタイガくんだったとしても、ありえなーい!

 ミヅキはそのくらいステキな子なのだ。


 この中学の入学した初日──

 体育館に集められた新入生の集団の中に、見たこともほどの美少女が混じっていた。

 それにただ美人なだけでなく、顔は小っちゃくて、すらりとした長身という抜群のスタイルでもあった。

 おまけに髪はさらさらで、天使の輪が光っていた。そのせいで、本物の天使が下界に降りてきてくださったんだ、と感動すら覚えた。

 背が低くて癖毛の私とは、違う素材でできているに違いなかった。

 あの瞬間、私はミヅキにひと目惚れしたんだと思う。


 そんなミヅキとは、1年のときはクラスが違ったけれど、吹奏楽部で一緒になったことから一気に親しくなった。

 もじもじしていた私に、ミヅキのほうから気さくに声をかけてくれたのだった。


「どの楽器希望?」


「わ、私? 私はクラリネット!」


「一緒だ」


「ほ、ほ、ほんとに!?」


「そんな驚く?」


 だって、美少女にはフルートとかが似合いそう(※私個人の見解)!


「木管の音が好きなの」


「わ、私も! 同じだね」


 そう言った私に、ミヅキは微笑んで頷いてくれた。

 天にも昇れそうな心地がした。このときばかりは、金管であるトランペットの高らかなファンファーレが聞こえていた。


 仲よくなってみると、ミヅキは自分をもっていて、頼りになるしっかりさんだということも判明した。

 3年生になった今は、パートリーダーとして大所帯のクラリネットをまとめ上げてくれている。

 内面も素晴らしいだなんて、天使どころか女神だ。


 一方、ミヅキの彼氏タイガくんは、というと──

 まず、ミヅキとお似合いのイケメンだ。

 涼しげな顔で、切れ長の目が印象的。なのに、笑うとエクボができるところもまたいい。

 そしてリーダーシップもあって、バスケ部のキャプテンを務めている。

 ミヅキとは、まさにお似合い。

 これに異論がある人なんて皆無なはず。

 ふたりが並んでいると絵になる。思わず見惚れて、ため息まで溢れてしまうほどだ。


 それなのに……

 そんなミヅキとタイガくんが別れるなんて……

 だけどミヅキはタイガくんのこと、まだ好きなはず。

 別れたくなかったんだよね?

 目を泣き腫らしてたんだから、絶対そう。

 なら、タイガくんは?


 私は、昨日のふたりの様子を思い出した──

 部活終了後、いつものように校舎を出たところでミヅキとは別れ、家が同じ方向のサチと一緒に南門を目指した。

 少し歩いたところで、私は振り返った。

 肩越しに、タイガくんとの待ち合わせ場所である正門へと向かうミヅキの背中が見えた。

 さらにミヅキの奥で、タイガくんがミヅキの姿を認め、うれしそうに軽く手を挙げるのも視界に入った。

 あの時点では、タイガくんからはミヅキのことが大好きって光線がビュンビュン放たれていた──


 ということは、下校中にまた(って言い方はあれなんだけど……)喧嘩をしたのかもしれない。

 ふたりは日常的に小さな喧嘩を繰り返しているのだ。

 どっちも、はっきりと自分の意見を言うほうだからなー。

 それと、やっぱりカレカノという特別に近い距離だからこそ! ってのがあるんだと思う。

 ミヅキもタイガくんも、ほかの人とは喧嘩なんてしないから、きっとそうだ。

 つまりふたりの間で生じる諍いは、『喧嘩するほど仲がいい』ってことの証明みたいなもの。この理解でいいはず。


 ただ……今日のミヅキの意気消沈っぷりを考えると、昨日は喧嘩が行き過ぎてしまったのかも。

 それで、ちょっと(あのふたりなら、ちょっとどころじゃないかもしれないけど……)言い過ぎて、『別れる』って言葉まで飛び出てしまったとか?

 うわー、実にありえそうな展開……


 だけどお互いのこと好きなのに、そんなあっさり別れたらダメだと思う。

 ふたりなら、きっかけさえあれば、すんなり元サヤに戻れるんじゃないかな?

 うん、そうに決まってる!

 あんなに想い合ってるんだから。

 だったら私がそのきっかけを作ろうじゃない。

 よーし、ミヅキとタイガくんの復縁を目指して、行動を開始しまーす!


★••┈┈┈┈••★


「お願いします!」


 勢いよく手を合わせた。

 そのせいで、パンッ! と小気味いい音がした。

 ここが神社の境内なら、神様だって思わず願い事を叶えたくなるだろう。

 なら、マサヒロくんだって──


 当然のことながら、タイガくんのもとに直接乗り込むのは腰が引けた。

 そんな私は偶然にも、タイガくんとよく一緒にいるところを見かけるマサヒロくんの身柄を確保することができたのだ。

 男子って、連れ立ってトイレにいかないところがいい!

 マサヒロくんがトイレから出てきたところに偶然出くわした私は、瞬時にその腕を両手で掴んだ。

 自分でも驚くような大胆さだった。

 バスケ部の例に洩れず、マサヒロくんも長身なのに。

 だけど、考えるよりも先に体が動いていたのだ。


 腕を拘束されたマサヒロくんは、私を見下ろして目を見開いた。

 声は出さずに口を開いただけのマサヒロくんを、廊下の奥に引きずっていくのは容易だった。

 あっけに取られていて、足に力が入らなかったのだろう。

 私に引っ張られるがままだった。

 そうしてひと気のなくなったところで、私は復縁計画に協力してくれるように頼んだ──


「でも、マナっちはそれでいいの?」


 マナっち!?

 う、ううん。今はそんなことを気にしてる場合じゃない。


「どういう意味?」


 顔の前で合掌していた手を少し下げ、マサヒロくんの顔を覗いた。


「このまま別れててくれたほうがいいんじゃないの?」


 ななななな……何を言って……


「そんなはず……!」


「好きなんじゃないの? タイガのこと」


 血の気が引いていく。


「しーっ! しーーーっ!!」


 誰にも明かしたことのない私史上最大の秘密をあっさりと言い当てられたことに焦った。

 私はゆっくりと周囲を見渡した。

 ほっ。誰も聞いている様子はない。


「どうして……」


「どうしてって、わかるよ」


 マサヒロくんの表情に揶揄う気配はなかった。

 むしろ哀しそうで……

 友達の彼氏を好きになってしまった私に、同情してくれているのかもしれない。


「いいの、私のことは。それに、」


 私はいっそう声量を抑えた。


「私はタイガくんのことよりも、ミヅキのほうがずっと好きなの。タイガくんを好きになったのも、ミヅキが好きになった人だからってだけ。純粋な気持ちじゃなくて、ミヅキの真似してるだけなんだよ」


 私の胸がキシキシと悲鳴を上げた。

 だけど、これまでもずっと自分にそう言い聞かせて、この恋心を封印してきた(……はずが、マサヒロくんにバレてるけど)。


「ふーん」


 マサヒロくんは、片眉だけ上げて、私の瞳を窺きこんできた。

 嫌な汗が噴き出してきそう……


「私のことは置いておいてくれていいから。それに、何よりタイガくんはミヅキのこと今も好きなはず」


「タイガの気持ちは、タイガにしかわかんないよ」


「そうかもだけど、このことに関してだけは絶対にそう!」


 私は自信を持って言い切った。


「私にはわかるの!」


 だって……


「それくらいタイガのこと見てたってことか」


 ドキンッ!

 マサヒロくんって、まさかと思うけど心が読めるの?


「マナっちがそれでいいなら、俺もできることあれば手伝ってもいいよ」


「ホント!?」


 私はマサヒロくんに詰め寄った。

 近くで見てみると、バランスの整った顔をしている。そして、涙袋があって優しそう。タイガくんとはタイプの違うイケメンで、マサヒロくんもモテそう。

 それなのに、いきなり話しかけてきた私に協力して、友達の復縁の手助けをしてくれるなんて、見た目と違わずいい人だなー。

 頼りになりそうで、心強い助っ人ができた。

 復縁はもう決まったようなもの!

 笑みが溢れた──


 私は、ほくほくと教室へ戻った。


「マナ、ちょうどいいところに戻ってきた!」


 声のした方に視線を向けると、このクラスでもうひとりの吹奏楽部員ワカナと目が合った。

 ワカナの傍らにはミヅキもいた。

 私はふたりに近づいた。


「今ミヅキと話してたんだけど、久しぶりにおしゃピクしない?」


 そういえば、3年生になってからまだ1度もやっていない。


「いいね」


「今回はこのメンバーだけで、こじんまりとやろっか」


 もちろん大賛成だ。

 お菓子を食べながら、気心の知れた仲間だけでいっぱいおしゃべりするのは楽しい。

 ミヅキにとっても気晴らしになるはず。

 ワカナも私と同じように、ミヅキのことを心配してるんだなー。

 ミヅキ、ミヅキの応援隊がここにいるからね。

 ミヅキが心からの笑顔を取り戻すまで、きっとそれほど時間はかからないよ。


★••┈┈┈┈••★


「マナっち、見っけ」


 マサヒロくんは私を発見すると、大きな笑顔になった。

 そうして、バスケットボールを片手で持てそうなほど大きな手で、私を呼んだ。

 私たちは2日前と同じ廊下の奥へと移動した。


「もしかして、訊いてきてくれたの?」


 つられて私まで笑顔になっている。


「ばっちり」


「やった! ありがとう」


 『男同士で恋バナなんてしない』って言ってたのに。やっぱりいい人だ。

 私は、そのときのマサヒロくんを思い出す。

 それは一昨日、私への協力を承諾してくれたあとでの会話だった──


「で? 俺は具体的に何すればいいの?」


 マサヒロくんは首を傾げた。


「そうだなー。まずはタイガくんのほうから、何があったのか訊いてきてほしいかな」


 ミヅキの傷をさらにえぐるような真似はしたくない。

 攻めるならタイガくんのほうが正解なはず……


「えー、男同士で恋バナなんてあんまりしないんだけど。それに口喧嘩して別れたんだろ?」


「ミヅキからは『別れた』ってことしか聞いてなくて、あとは全部私の想像なの」


「でも、それ以外ないでしょ。ミヅっちは気強いもんなー」


「ち、ちょっとー!」


「ミヅっちはタイガと言い合いになるたびに、言わなくてもいい余計なことまで言うから、側から見ててハラハラしてた」


「そんな言い方しなくても!」


 まるでミヅキに非があるみたいに聞こえる。

 私は膨れたし、傷つきもした。


「マナっちは、全面的にミヅっちの味方なんだ?」


「当たり前でしょう?」


「タイガのこと好きなくせに」


「だから、それはしーっ! だってば。もう2度と口にしないで」


「はーい」


 約束はしてもらえたものの、もやもやした。

 私はますます膨れた。


「ごめん、ごめん」


 ちっとも『ごめん』って態度ではないマサヒロくんを横目で見た。


「タイガに訊いておくから、機嫌直してよ」


 やった!

 心の中でガッツポーズした。

 緩んでしまいそうになる口元を慌てて引き締めた。


「絶対だよ?」


「うん、任せてよ」


 そこで私はようやく綻ぶままに任せて破顔したのだった──


「それで、それで? どうだった?」


「大方予想通り。売り言葉に買い言葉で喧嘩がエスカレートした結果だって」


「最初のきっかけは?」


 重要なのはそれだと思った。

 それさえ解決すればいいんでしょう?


「覚えてないって。喧嘩の始まりは毎度些細なことらしい」


 ガクッ。

 けれども、マサヒロくんの話には続きがあった。


「ただし、あの日はタイガが『なんで俺たちはいつもこうなるんだ』って、ため息を吐いたらしくて」


 あっちゃー。


「そうそう、『別れる』って言い出したのはタイガではないって」


「えっ、そうなの?」


 思いも寄らない事実だった。


「ミヅっちのほうから『だったらもう別れよう』って、怒って先に帰ってったんだって」


「ミヅキがそんなことする?」


「いかにもしそうじゃん」


 私は『えーっ』と口を尖らせて不満の意を表明したけれど、マサヒロくんはそれを笑い飛ばした。


「ミヅっちのこと崇拝しすぎじゃない? 俺から見たら普通の子だけど」


「普通じゃない! ミヅキは全然普通じゃないよ!!」


「まあ、いいけど。で話し戻すと、タイガが言うには、『追いかけて謝ってほしいんだろうなってのが見え見え』だったんだって。それもまた腹が立ったから放っておいたら、『本当に別れることになってた』って、頭抱えてた」


「それって、タイガくんも別れたくないと思ってるってことだよね?」


 マサヒロくんは肩をすくめた。


「だけど、よりを戻したかったら、ミヅっちから動かないと」


「えっ、何で? どうして?」


「正直どっちもどっちで、『タイガが悪い』とは言えないじゃん。それなのにタイガが謝るのは違うでしょ。タイガにもプライドがあるわけで」


「たしかに、それはそうかも……」


「だから、ミヅっちから『別れよう』って言ったのを取り消してもらわないと。てことで、」


 マサヒロくんが邪気のない笑顔を向けてきた。


「今度はマナっちのターンね」


「ええっ、私?」


「俺、ミヅっちとそんな仲よくないし。それと、彼氏と別れたばっかのとこに近づいて、周りに下手な勘繰りされたくないし」


 ごもっともだ。


「だけど、どうしたら……」


 ミヅキに言う? 『謝って、発言をなかったことにさせてもらったら』って?

 私はかぶりを振った。

 そんなこと言えるはずがない!


「お互い多少は頭も冷えただろうし、それとなくふたりが話やすい状況を作ってみれば、すんなりいくんじゃない?」


「簡単に言うけど、その状況をどうやって作ればいいのか……」


 私は懇願の眼差しを向けた。


「少しはマナっちも考えなよ」


「お願いっ!」


「仕方がないなー」


 マサヒロくんは苦笑いした。


「こうしよう。俺がタイガと、マナっちがミヅっちと一緒にいるときに、マナっちから俺に話しかけてきなよ。俺たちが話してる間、待ってるふたりは手持ち無沙汰じゃん?」


「なるほど。自然とふたりの間にも会話が生まれてくると……」


「そういうこと」


「策士だね」


「マナっちにお願いされたから特別に頭を使ったんだよ」


 マサヒロくんって、本当にいい人だ!

 その状況なら作るまでもなく、いくらだってある。

 もっとも、これまではタイガくんとミヅキが話をして、マサヒロくんと私が待つ側だったんだけど。

 だから私は、同じクラスになったこともないマサヒロくんのことも知っていたのだ。

 とはいえ、ミヅキたちはいつも二言三言交わす程度だったから、私とマサヒロくんは会話するまでには至っていなかったけれど(実際に話したのは2日前が初)。


 何とかなりそう!

 安心したところで、マサヒロくんがニヤニヤしていることに気がついた。


「どうかしたの?」


「マナっちが俺に何て話しかけてくれるのか、楽しみにしてる」


「えっ、そういうのやめて!」


 ムダにハードルを上げないでー!


★••┈┈┈┈••★


 時間は平等に与えられていて、同じクラスなんだから帰りの会だって同時刻に終わる。

 それなのに、いつもいつもミヅキとワカナを待たせてしまう。

 私はどうも鈍臭いみたい。


「慌てなくていいよー」


「うん。時間余裕だし」


 ふたりはそう言ってくれていたものの、やっぱり急いで荷物をまとめた。


「お待たせ。部活行こっか」


 私たちはそろって教室を出た。

 わっわっわっ!

 ちょうどそこには体育館へ向かうつもりであろうタイガくんとマサヒロくんがいた。

 マサヒロくんは私と目が合うと小さく頷いた。


「打ち合わせ通りに来い」


 その表情はそう言っている。

 けれど、私の頭の中には何もない。ノーアイデア!

 こういう不意打ちにはめっぽう弱い。


「わ、わあ、マサヒロくん!」


 頭の天辺から声が出た。

 ええっと、ええっと……

 会話に困ったときは相手の服装や持ち物を話題にすればいいんだっけ?

 でも制服だし、通学リュックしか持ってないし……


 冷や汗をかきまくっている私に視線が集中していた。マサヒロくんだけでなく、タイガくんも、ミヅキも、ワカナも私が話すのを待っているのだ。


「……ええっと、マサヒロくん、髪! そう、髪切った?」


「いや、1ヶ月くらい切ってないけど?」


「あっ、じ、じゃあ、髪伸びた?」


「まあ、マナっちやみんなと同じくらいには?」


 そう答えながら、マサヒロくんの唇は小刻みに震えている。

 笑いをかみ殺しているんだ。もう、やだー!

 タイガくんとミヅキ(それとワカナ)は、目を丸くしている。

 私がマサヒロくんと話すことなんて今までなかったもんね……って、違う! そうじゃなくて、この珍妙な会話に驚いてるんだ!

 こっ恥ずかしいー!


 すがる思いでマサヒロくんに視線を動かした。

 けれど、私が次に何を言い出すのか、ものすごくワクワクしながら待っているだけだった。

 とてもではないけれど、助け船を出してくれそうにない。

 そして、タイガくんとミヅキが話し出しそうな気配もない。

 この空気、耐えられない!


「ぶ、部活!」


 私は叫んで、ミヅキとワカナに向き直った。


「行こう!」


「あっ、うん」


「そうだね」


 やらかした現場から私は逃走した。

 後ろから、マサヒロくんの忍び笑いがいつまでも追いかけてきた──


★••┈┈┈┈••★


「どんだけ会話下手なんだよ?」


 マサヒロくんは翌週になっても、まだ笑っていた。


「突然すぎて、焦ったの!」


「あっはっは、可愛かったよ」


 その『可愛かった』は褒め言葉じゃないから、全然うれしくない。


「笑いすぎじゃない?」


 非難の意をこめて、私はマサヒロくんをねめつけた。


「大失敗じゃん」


「うううっ」


 マサヒロくんの言う通りだ。

 せっかくアイデアを出してくれたっていうのに……

 この段になってようやく自分の不甲斐なさを反省した。


「ごめん、ごめん。そこまで落ちこまなくていいよ。次の作戦いこ!」


「次の作成?」


 マサヒロくんの提案に、私はパッと顔を上げた。


「今度部活で他校と練習試合することになって、俺もタイガもスタメンに選ばれたんだ」


「わあ、おめでとう」


「うちの中学でやるから、俺の応援ってことにして、ミヅっちも誘っておいでよ」


「えー、それって……」


 アリなのかな?

 いくらマサヒロくんの応援っていっても、ナシな気がする。

 タイガくんと別れたこと知ってて、タイガくんも出場する試合の観戦に誘うなんて……


 でも、とりあえず日程だけは確認しておこう。


「それっていつ?」


「今週の土曜」


「あっ、その日はムリ」


 私は即座に断った。


「だって、ミヅキたちとおしゃピクするから」


「おしゃ?」


「ピク! おしゃれなピクニックのこと」


「そんなの、どこですんの?」


「学校の近くだよ。三本杉公園」


 ミヅキが目を腫らして学校に来たあの日に立ち上がったおしゃピク計画は、そこまで決まっていた。


「あそこのどこがおしゃれだよ?」


「おしゃれな敷物さえあれば、どこだっておしゃれになるの! それで可愛いクラフトペーパーの上に、お菓子をセンスよく並べたりすれば立派なおしゃピクだよ」


「ふーん」


 その反応、信じてないでしょう?


「いいと思ったんだけどな」


 あっ、しまった。私ってば一度ならず二度までも……

 さすがにこれはマズいんじゃ……

 そう思ったけれど、マサヒロくんの態度はあっさりとしたものだった。


「まあ、いいや。また何か適当に考えるよ」


「あ、ありがとう!」


 マサヒロくんは『ん』というと、手をひらひらさせて自分の教室へ帰っていった。


★••┈┈┈┈••★


 晴れてよかった。


「かんぱーい!」


 私たちは、コーディアルソーダの入ったカップを軽くぶつけ合った。

 ソーダはペットボトル入りのを買ってきたけれど、コーディアルは自家製で、私が持参したものだ(※作ったのはお母さん)。

 今日のコーディアルは、リンゴと生姜とあとよくわからないけど色んなハーブを、たっぷりのお砂糖と一緒に煮て作った(らしい)。


「おいしーい!」


「ほんと! いつもありがとう」


 記念すべき初回のおしゃピクに持っていったら、ミヅキもワカナも気に入ってくれた。だから毎回、冷蔵庫にあれば持ってくるようにしている。


 私たちはお菓子をつまみながら話し始めた。

 修学旅行のこと、部活の夏コンのこと、それと憂鬱な学力テストのことも。話題はそこから推しのアイドルへと飛んだ。

 学校の細切れな休み時間ではできないくらい、たくさんのおしゃべりをした。

 けれど、恋バナだけはしなかった。


「あれ? もしかしてマナっち?」


 ふいに公園の入り口から声が聞こえてきた。


 もしかしなくて、声の主は予想通りマサヒロくんだった。


「ミヅっちとワカっちもいる。何してんの?」


 マサヒロくんは公園の中へ入ってきた。

 そのうしろには、どうしたらいいのか戸惑っているタイガくんもいた。

 連れてきてくれたんだ。


「わー、おいしそ! もしかして、おしゃピクとかっていうやつ?」


 知ってるくせに……

 私には到底真似できないような、ごく自然な演技だった。


 ミヅキはタイガくんのことを気にしていた。

 そして、ワカナはそんなミヅキのことを気にしていた。

 応対するなら私しかいない。

 マサヒロくんには敵わないにしても、その半分くらいは自然な演技ができますように……


「よかったら飲んで?」


 私は有無を言わせたくなくて、新しいカップにコーディアルとソーダを注いだ。それも2コ。マサヒロくん、そしてタイガくんの分だ。


「飲み物までおしゃれじゃん」


 私がコーディアルソーダを作っている間に、マサヒロくんはちゃっかり私とミヅキの間に座りこんでいた。


「うおっ、おいしい。タイガも遠慮してないで来いよ、ほらほらっ」


 そうして抜け目なく、自分とミヅキの間にタイガくんを座らせてしまった。


 でも、ぎこちない空気が漂う。

 それを察して、次にワカナが動いた。


「よかったらこれも食べて」


 自分の持ってきたお菓子を差し出した。


「マジ? さっきまで部活で練習試合してたから腹減ってんだ。な、タイガ?」


「ああ、うん」


 マサヒロくんはさっそくお菓子に手を伸ばした。


「いただきまーす……うまっ!」


「それで、練習試合の結果はどうだったの?」


「勝った、勝った。な?」


「うん」


「へー、おめでとう」


 昨年度同じクラスだったワカナとマサヒロくんは気安い会話をしてくれた。


「タイガももらえば?」


「うん。これ……」


 それに気づくんだ!

 市販のお菓子ばかりの中で、そのパウンドケーキだけは手作りだった。作ったのはもちろん……


「食べていい……?」


 タイガくんは、横にいるミヅキの顔を覗きこんだ。

 ミヅキは、堪らない様子で微笑んだ。


「もちろん!」


 ああ、ふたりはもう大丈夫だ。

 そう思ったとき、マサヒロくんと視線が交わった。

 マサヒロくんが小さく頷いたから、私も頷き返した。

 虚勢でも何でもなく、胸は少しも痛くなかった。


 太陽の色が橙になったとき、おひらきとなった。


「同じ方向だから、俺はミヅキとワカナを送って帰るよ」


 タイガくんはそう言ったあと、ガシッとマサヒロくんの肩を抱いた。

 何か耳打ちしている。

 何だろ?

 さらにミヅキとワカナが、私に意味ありげな視線を送ってきていた。

 こっちも何?


「じゃあ」


「また月曜日にねー」


「バイバーイ」


 ピクニックが終わったというのに、3人は妙に浮かれて帰っていった。


 私はマサヒロくんを見上げた。


「タイガくんは何て?」


「マナっちと『いつの間に仲よくなったんだよ』とか、『その調子でがんばれよ』とかそんなようなこと」


「……どういう意味?」


「そのまんまだけど」


 『そのまんま』とは?

 『いつの間に』っていう問いの答えは、はっきりしている。先週から今週にかけてだ。

 でも、次の『がんばれ』っていうのは……


 マサヒロくんは片眉だけ上げて、まじまじと私の顔を見てきた。


「タイガとミヅっちが別れても、タイガがミヅっちのことを好きなままってこと、マナっちは知ってたんだよね?」


「当たり前じゃない」


 タイガくんのこと、こっそり見てたんだから。


「それなのに、マナっちがタイガを好きなこと、どうして俺が知ってたかには気づかない?」


 私がタイガくんを好きなこと……

 誰にも打ち明けたことはない。

 それなのに、どうしてマサヒロくんは知っていたか……

 それに気がつくくらい、マサヒロくんは私のことを……?


「ええぇー!」


「じゃあ、俺らも帰ろっか?」


「ち、ちょっと待って!」


 私ばかりがキョドっていた。


「そういうことだから送ってくよ」


 マサヒロくんの笑顔はごく自然だった。

 


END


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