夜勤とアリシア
「アスメルテよー。お前らが直接、手出しするのは規約違反じゃねえのか?」
俺は立ち上がりアスメルテへと話しかけた。
『ダンジョンの穢れたものどもと仕方なしに結んでやっている契約を忘れたか? 記憶もできないようだな』
「相互不可侵の規約だろ? 簡単にいうとダンジョン内部の自治権を認める代わりに互いに邪魔をしない。ただしダンジョン側の魔物が外に出た場合は神側で処理しても構わない、だったよな」
他にも細かいのは一杯あるが、神側と魔物側ではこれが一番重い約束事だ。
『そうだ。のこのこと釣りだされた馬鹿め。ここで消滅させてやる』
アスメルテは醜悪に顔を歪め笑う。
やめろや、ルナマリアの顔に変な皺ができたらどうすんだ。
それに笑いたいのはこっちだって。
この程度で俺をヤレると思っているコイツを見ていると、思わず顔がニヤけちまう。
骨だし表情ないけどな。グゲゲゲッ!
『……何を笑う』
おっ、伝わった。
「そのことなんだけどよ」
アイテムボックスから一通の書状を取り出し、ぴらぴらと振る。
「つい昨日なんだが俺は追放されてな」
『知っておるわ』
小馬鹿にしたような顔で俺をみるアスメルテ。
「お前ら側への補足説明の文章があってよ。読んでやるから聞けよ」
アイテムボックスから紙を取り出してピラピラと振る。
さあ、読み上げてからどう反応するか楽しみだ。
「では。おほん。【拝啓。神サイドの皆様におかれましては益々のご清栄のこと、お慶び申し上げます。さて、このたび弊ダンジョンの管理責任者である、夜勤ことヴァイス・ギル・グリンガルドですが、重大な職務規定違反を犯したにも関わらず反省の意思、及び勤務態度の改善がみられないため、弊ダンジョンを追放と致しましたことをここに報告させて頂きます。
【追放日:マリウス神歴1306年 葡萄の月 三の周 二の日】
よってヴァイス・ギル・グリンガルドが起こす上記日付以降の事案、事故については弊ダンジョンは一切の責任がないことをここに明記致します。
テラーキャッスル ダンジョンマスター
上記以外のご不明な点などについては弊ダンジョン、お客様対応窓口まで起こし頂き、お問合せ頂きますようお願い申し上げます。
(地下一階入ってすぐ右手の隠し扉が受付入口でございます)】……てなわけよ」
『ふん、何を今更。知っていることばかりだぞ? 命乞いならもう少しマシなものを——』
「——でよ、こっからが本題なんだが……規約に縛られない俺は全力を出せる。【顕現】【神縛り】【呪場】【神血呪】【反転】」
多重発動させた魔法はどれも神属性への特攻性質を持つものばかり。
肉をまとった俺の手のひらに、発動した魔法を圧縮して作った黒い小さな球が浮かぶ。
形作られていく俺の眼球とアスメルテの視線が重なる。
漂う魔力の禍々しさに、奴の顔色が変わった。
気付くのが遅えよ。
待ち構えていたのはお前だけじゃないんだ。俺だって備えていたさ。
『なんだそれはっ! 姿が元に戻るのはまだしもっ、ありえないっ……たかが二百数十年で、そんな力を得るなど!』
アスメルテは焦ったように空中へと飛び出し、逃げていく。
驚いてやがる。気分いいわ。
頑張って寝ずに夜勤しながら、練り上げた魔素を亜空間に収納した肉体へとちまちまと貯め込んだ甲斐があったぜ。
とくと見ろや俺の力。
この肉体は、神に連なるものすら容易く捕える魔法を行使可能だ。
それこそレベル四桁程度じゃ扱えきれない魔法をな。
レベルキャップなんてとっくに突破し、上がり続けるレベルはもう測定不能だ。
燃費悪くて疲れるから、ここぞという時とリアの墓参りのときの使用限定だけど。
グゲゲゲッ、俺、いま悪い顔しているんだろうなぁ。
「逃がすかよ」
手のひらの黒い球が解け無数の糸となって逃げるアスメルテへと殺到する。
——捕まえた。
短距離転移でアスメルテの正面へ。
「いいざまだな」
黒い糸はアスメルテを縛りあげるように絡みついている。
『このっ! 離せ!』
「さあ、早くルナマリアから逃げださないと、俺の魔法で呪われて堕天しちまうぜぇ?」
『何をしたっ! やめろっ!』
奴らは死から脱却している不滅の存在だ。
そんな奴らが嫌がること。
それは変質。
聖なる存在から魔へと変ずる呪い【神血呪】
俺が創生した魔法だ。
人も魔物も魔を宿しそれゆえに成長しいつかは滅ぶ。だが純粋な聖属性、神に連なるものは不変、そして不滅。
奴らの特権だ。
それを崩す。
これを魔法で創生するには二百年以上が必要だった。
『背神者ぁぁーー! 覚えていろよ!!』
ルナマリアの胸から赤い光球が飛び出すと、光の筋を残して南の空へ消えていく。
「こっちのセリフだ、アホが。もう間に合わないのも気付いてねぇな」
ルナマリアから追い出すために脅したら、まんまと飛び出しやがった。
すでに呪いはアスメルテの深くに食い込んでいて手遅れだ。
空にそびえる城、あいつの御主人様《神》のところに戻るあたりで、ちょうど堕天するだろう。
堕天したものは必ず追放するのが奴らの掟。
そうなるとアスメルテは、元に戻る方法を探ったり復讐するために、俺の周りをうろちょろするはずだから、その時に捕まえて再度お楽しみタイムといこう。
我ながらいい方法を思いついたもんだぜ。これならアホ共も堕天を怖がって下手なことはしてこないはず。
舐められて我慢ができない奴が勇み足で個別で来れば、集団で来られるよりよほど戦いやすくなって、それこそ俺の思惑通りだしな。
……さてと。
「ちょっと待っててくれよ。準備できたら元に戻してやるからな」
茫洋とした表情のルナマリアに絡みつく魔法を解除。そして。
「【氷棺】」
そのままアイテムボックスへと収納。ここまで進んだ尖兵化の解除はすぐには無理だ。
色々と手順を踏む必要がある。
「ふう、少し疲れたな」
肉の体を解除。骨へと戻り、地上を見下ろす。
ロンド皇国の兵士は既に逃げ、辺りには誰もいない。
いるのは俺を見上げるアリシアだけ。
ふらつきもなく立てているから、体は回復したようだ。
ゆっくりとその前に降り立つ。
「アリシア」
「ルナマリアは無事なのね」
「おお、ちょっと複雑な儀式やらがいるが元に戻せるぜ。準備に時間がいるからすぐにとはいかねえが」
俺の返答に、アリシアは緊張感を解き口もとを緩めた。
「よかった。それと……さっきの姿なんだけど」
「それはまあ、今度ゆっくりと説明するよ」
「必ずよ? ……あ、あと、あの……夜勤、その、ありがとう」
「礼なんかいらねえよ。こうなっちまったのは俺の因縁でもあるし、謝るのはこっちだ。すまねえアリシア」
クソ共がそもそもの原因ではあるが、それでもあの時リアを救えていれば。
今回のことも、もっと早くに奴らの意図に気づくことができたなら。
アリシアとルナマリアはもっと別の、幸せな未来があったかもしれない。
「……違うわ、夜勤。神はわたしを見放し、あなたはわたしを助けた。それだけが真実」
その言葉は俺の心を見透かすようだった。
アリシアは俺を見つめ、言葉を続ける。
「夜勤、いえ、ヴァイス。わたし、叶えたい願いができたの。本当に復讐すべき相手がわかったから。バルガスを倒して終わり? いいえ、それだけで納得なんてできない。それにこれも」
突き出された右拳。
カイザーナックルの先端は黒いままだ。
「……」
「でも今のレベルじゃ足りない。奴らに届かない」
アリシアは悪戯な笑みを浮かべた。
あの時と逆。
やるじゃねぇかアリシア。
なら俺も答えるしかねぇ。
「アリシア。俺の言う通りにすれば、願いが叶うといったらどうする?」
「もちろんやるわ」
その目は透き通り、迷いがない。
いいねぇ。顎がカタカタと揺れちまう。
〈第一章 完〉
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