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夜勤の追放

 テラーキャッスル地下九階 ダンジョン村


 地下九階の入口へと、管理者含めさっきの全員で転移を完了した。


「久しぶりね、ここ」


 姉ちゃんが目を細め村の様子を眺めながらそういった。


 もう殆ど原型はないが、元々地下九階村は俺と姉ちゃんがこっちの世界で産まれた土地を再現した場所だからな。


 感慨深いものがあるのだろう。


「さあ、行こうぜ」


 目的地は村の開発禁止エリア、教会跡地。ここからは目と鼻の先だ。


 先頭は俺。次に姉ちゃん。その後ろには各階の管理者たちで、連なって移動をはじめる。


 俺を見つけると真っ先に突撃してくるウォルシュくんが、小屋の影からこちらを伺っているのが視界に入った。


 すまん、ウォルシュくん。怖いよなこの集団。あとで遊んでやらねばと考えていたら、姉ちゃんが脈絡もなく話しかけてきた。


「ところでヴァイス。アンタまだ童貞なの?」


「うるせーぞ処女。なんだ? 殺し合いでもしてえのか?」


「確認よ、ただの確認」


「確認する意味がわからんわっ!?」


 知っているくせに、なんでわざわざそういことをいうのかね? 


 ……それとも、何か勘づいたか? 


 さっき光輪回していたからな……。


 いつもは出てきてすぐにダンジョンの確認なんかしなかったのに。


 なにか、不味かっただろうか。


 ……だめだ。心当たりが多すぎて、何が不味いかわからん。


「何がしてえんだよほんと、困った姉だな」


 だがここで反応するわけにはいかない。怪しまれないよう事前に姉ちゃんから顔を背ける。


「……」


 意味ありげに黙ったまま俺をみてくる姉ちゃんの視線が背骨に刺さる。


 ここで反応するわけにはいかない。


 冷や汗が吹き出しそうになるのを堪えつつ、素知らぬ顔で歩き続け、目的地に到着だ。


 何も聞かれなかったから何とか切り抜け——ん?

 

「くそ野郎め……先に来てやがった」


 草むらの中にぽつんと佇む二メートルほどの石柱。


 これはリアの墓だ。


 その前に花が添えられていた。


 地下六階のアイツの仕業に違いない。


「ヴァイス。みんなの前で、仲間を悪くいうのはやめて」

 

「ちっ……悪かったよ」


 普段なら地下六階のアホは無視できても今日はどうにもいけねえ。


「二百七十年も前なのに、まだ引きずるのね」


「それをいったら姉ちゃんだって、三百年前の故郷を引きずってるじゃねえか」


「それとは話が別だし。ほら、ささっと顕現して。今日はそういう日なんでしょ?」


「わーったよ、『顕現』」


 足下に魔法陣が現れる。


 それをそのまま浮かび上がらせていくと、足の指先から太もも、腹、頭。魔法陣の上昇に伴い、俺の骨に肉がついていく。


「あー、やっぱ生の目と声が気持ち悪りい」


「服を着なさい。愚弟」


「ごめん、ごめん」


 アイテムボックスから貫頭衣を取り出し手早く被る。腰紐を巻いて完了。


 楽だよな、この服。


「だから童貞なのよ」


「心にくるからやめて」


 そっちは処女のくせに……やめよう不毛だ。


「リアのお墓に何か供えるの?」


「おお、花だ。龍樹に咲いているいつものやつ」


 花束をアイテムボックスから取り出し、リアの墓の前に置く。花束が二つ並んだ。


 ……花に罪はないが、ムカつくな。あとで俺の持ってきた花だけで埋め尽くしてやろうか。


「それじゃあ、ここにはもういないし生まれ変わりもしない、魂が消えてしまったリアに」


 俺がぼんやりと考えているうちに、姉ちゃんはそういって目を閉じ黙祷をはじめた。管理者たちもそれにならう。


 姉ちゃんのいう通り、リアは消えてしまった。ロンド皇国を守るなんて、ちっぽけな理由のために。


 永劫に続くようにと張ったロンド皇国の守護結界。コストは自分の魂。


 俺も姉ちゃんも反対した。ヴィルヘルミナもだ。


 神の要請なんて跳ね除ければ良かった。皇国の地下に点在して眠る聖遺物たちを守らないと人族は滅びるなんて。


 そんなヨタ話なんか信じられるかよ。


 だが、あの野郎、リアの夫であるはずのあのアホは賛成しやがった。


「ヴァイス……抑えて。その状態だと周りに被害が出る」


「……すまねぇ。もう解除するわ」


 この姿の時は、俺本来の力が使える状態だから、骨の時よりも魔力の漏れに気をつけないとダメなんだが、どうにもしんどいな。


 頭に浮かんだ魔法陣を降下させていく。


 足下までおろしたら、骨の体に元通りと。


 ……元じゃないけど、もはや骨の方が慣れてるし、期間が長いんだよな。


「さて、お墓参りはおしまい。次はヴァイス、アンタのやらかしについてね」


「な、な、な、なに、なにが? なにがかな?」


 おおおお、顎の震えが止まらん。このタイミングで刺してくるこのセンスよ! 地下十一階は隠蔽魔法で隠していたから、バレずに切り抜けられると思ってたぜ!


「カタカタかたかた、骨を鳴らさないの。アンタ、あれだけいったのに、まーたアイツら煽ったでしょう。わかってんのよ?」


「何もしてねえって」


 俺の顔色ならぬ骨色は問題ない。最初は激しく動揺してしまったが、今は無罪を示すように際立つ白さを輝かせている。


「へー、こんな連絡がきたのに? わたしが研究をわざわざ止めて出てきた理由でもあるけど」


 姉ちゃんが指をパチンと鳴らすと、文字が書かれた一枚の紙がひらりと俺の前に降ってきた。


 これを読めということか。


 紙をキャッチし、書いてある内容を読む。


 ……うーん。難しい。この世界で失われかけている古語で書かれていて、しかも勿体ぶった口上かつ、上から目線の読む気がしないやつだ。


 でも書いてあることを要約すると二行だな。


 つまりは。


「「規約違反の魔物め。悔い改めてその身を差し出すか、勇者を返せ」」


 姉ちゃんの声と被りながら手紙の内容を発表する。


 アリシアの尖兵を解除したことが、よほど頭にきたみたいだな。


「で? どうするの?」


「どっちもいやだな」


「そうだろうね。でもわたしが何か回答しないといけない立場なのもわかるでしょ?」


 神サイドからのダンジョンへの不干渉、そしてこちらも神サイドへ不干渉。これが散々に揉めた末、やつらと決めた規約だ。


 だがアリシアはダンジョンで保護したのだから、規約違反とするには少々無理筋。


 そもそも捨てたのはお前らじゃん。


「わたしもアイツら嫌いだし、不満なのはわかる。でもこのままじゃヴァイスがやろうとしてることも上手くいかないし、ダンジョンの立場も危うい」


「……」


 アリシアの復讐に加担しているのは完全にバレたな。そして姉ちゃんのいう通り、このままじゃアリシアの復讐は上手くいかないだろう。


 通達された内容から神サイドがなんらかの妨害を行なってくることが明らかだからだ。


 一度は捨てておいて、そこまでこだわる理由はわからないが、なぜかやつらはアリシアを諦めていない……。


 まだ勇者に戻る可能性があるということか?


「そこでだね……ヴァイス・ギル・グリンガルド。通称、夜勤」


 俺が思考する最中、テラーキャッスルのダンジョンマスターである、リビア・ゼト・グリンガルドの硬質な声が周辺へ重苦しく響いた。


「重大規定違反について申し開きは?」


「ない」


 ここは言い訳無用だ。ちょっと姉ちゃんも本気の顔で凄んできとるし。


 ここで下手に言い訳すればA氏にまで飛び火しかねない。


 素直に認めて温情作戦へと移行だ。


 姉ちゃんは俺のことはなんだかんだいっても——


「——それでは、重大違反、神サイドへの過干渉についての裁定は有罪。夜勤はテラーキャッスルよりの無期追放とする。アリシア・ウォーカーについても即時追放」


 えっ。


 ちょ、ちょっ、ちょっと躊躇なさすぎん?


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