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夜勤の応援


 貴賓室の前に現れた階段をくだり、円形リングの外周へと降りたつ。


 アリシアは不満が滲み出た表情だ。


「アリシアー、気楽に行けよー」


「……この骸骨」


「なんかA氏に似てきたなぁ」


 そう言いつつ、木製リングのふちに手をかけひょいと飛び出る。


 さて、リングサイドで熱いエールを送るとしよう。なんせ階段降りる前に、アリシアへ有り金を全部賭けたからな。


 その額なんと、二十万メル。さっき勝った分もオールイン。オッズはなんと四十八倍。


 やべぇ。そんだけありゃ、諦めていたあの調味料やレアなあの酒とかも取り寄せ出来るかも……。


「ねえ。何を指折り数えているの?」


「いやー、なんでもない、なんでもない。それより対戦相手は異国の二刀使いだからな、さっきモニターで確認した動きを参考にして、剣筋を良ーく見極めるんだぞ」


 久しぶりのビッグチャンス。アリシアには絶対に勝ってもらう。


 なんせ俺の給料は見回り時の過失修繕費やら、ラットマンたちへの被害補償費など、天引きに次ぐ天引きで手元に残るのはいつも一万メル程度。飯も食わねえ、服も着ねえで、金は掛からんが、金はある方がいいに決まってる。


 金がないと、やりたいこともやれない世の中なのは向こうの世界と一緒だ。


 さっきの一万も余裕のあるフリは見せていたが、心臓バクバクもんよ。心臓ないけどな!


「うへへへへ」


「なんで笑い始めたのよ……はぁ、もう」


「すまん、ちょっと気分が上がっちまって。さて、アリシアよ。剣士との戦闘について少しアドバイス、というかプレゼントがある」


「プレゼント?」


「手を出してくれ」


 ……そんな嫌そうにだすなよ。なんもしねえって。


 良いもんだから後悔させねえぜ? 


 俺が余裕で遊んでいる理由もこれを見れば、はっきりわかるだろうよ。


 アイテムボックスからカイザーナックルをお披露目だ!


「これは……」


 ふふふ。中々に良い反応だ。アリシアってば、こういうイカつい造形がお好みでらっしゃるから。


「どれ、つけてやる」


 アリシアの手に、A氏と夜鍋して作ったカイザーナックルを装着していく。


 魔法で付与した特性は魔力吸収による形状変化と破損時の再生。使い込むほど、吸収する魔力の量も増えて性能が向上する。


「あ、ありがと……」


「アリシアの魔力を吸って金属よりも硬くなるんだ。それと、変化しろと念じてみてくれ」


「わっ!?」


 指にはまったカイザーナックルが手首を覆う形へと変形した。


「魔力が通った刃物なんかでも負けねぇのは保証するぜ。今回、相手の剣はそいつで迎え打てばいい」

 

「……」


 アリシアは答えないが、カイザーナックルをみて嬉しそうな表情をみせている。というか、拳を打ちつけはじめ、試し切りならぬ試し殴りをしたそうだ。


「ちなみに普段は指輪に変化させることもできる」


「指輪をわたしに……」


 アリシアの頬が少し赤らんだ。


 ……この表情もいいな。


  新たな扉が開きそう——

 

『青より、ベルート・ラングレン選手の入場です!!』


『うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!』


『いけオラァ! さすがに今日負けたら引退もんだぞ、ベルートぉ!』


『あんな華奢な女にやられたら、一生の恥だぞぉぉ!』


 場内に響く入場コール。大歓声と品のないヤジに思考が遮られる。


 ここに来る奴ら金持ってるけど、ほんと品性ねえのよ。


 そんななか、対戦相手がリング中央へと歩いてきた。


 その顔は怒りからか赤黒く染まっている。


 ……ああそうか。当日中に成立したのは、()()()と解釈されたか。


 怒りからの即決承諾ということだな。


 ベルート・ラングレン。テラーキャッスルから遥か東、バズー王国の貴族だ。


 いや、今は元、貴族だったな。


 剣士を極めるために祖国を出奔、ビート大陸を流離い、腕自慢を屠り続け、耳にした【闘技場】の噂。


 人よりも恵まれた体格は二メートルを超え、豊かな筋力で二刀を操り、暴風のような斬撃を得意とする。


 【闘技場】であれば、自分の思いを満たしてくれると喜び勇んで訪れ、だがその全てを別の意味で打ち砕かれた男。


「アリシア、相手は下位ランク筆頭だが、魔道具でデバフ系のスキルは封じているからな。勝ち目は十分にある」


 アリシアの首につけたチョーカーがその魔道具だ。ベルートもつけている。


 そしてレベル可変制御で合わせて、同じ土俵で技倆を競う。


 アリシアレベルアップ【闘技場】編の開幕だ。


『赤よりアリシア・ウォーカー選手の入場ですっ!!』


 響くアナウンス。アリシアは俺とカイザーナックルを交互にみて、苦笑した。


「いってくるわね」


「死ぬなよアリシア」


「……そんなところに送り込んでいるのはアナタだけれどね?」


「どこにいんだよ、そんな悪い骸骨」


「ここよ、こーこ」


 痛い、そんなトゲトゲしいもので頭を小突いたりしないでもろうて。


「じゃあね」


 アリシアは呆れ顔で笑いながら、大歓声の中をリング中央へと歩きはじめた。


 ベルートの対戦相手が女性、しかも見た目が良いとあって、歓声がいつもより断然大きい。


『リング中央に両者揃いましたら、開始となります』


 ベルートの顔はもはや怒りを通り越して、殺意を滲ませる顔つきだ。


 ……両者がリング中央で足を止める。


『試合開始っ!!』


 戦闘開始を告げられても二人は動かない。


 いや、アリシアは動けずに、ベルートは迎え撃つため、動かない。


 さっき戦っていた二人をアリシアは格上と見た、そしてベルートはあの二人よりも強い。


 不用意に飛び込めば斬り刻まれるとアリシアは警戒している。


 さすがに上位10位ランキングには入れずとも、11位。貴賓室を気軽に使えるぐらいにはファイトマネーも稼いでるしな。


 だが、そんな相手だからこそアリシアの相手に相応しい。


 いつのまにか大歓声は消え失せ、訪れた静寂。


 息が詰まるような緊張感だけが場に漂う。


 【核撃】を覚えたアリシアに必要なのはあとは経験だ。レベル差はなく、技術にだけ差がある。


 【闘技場】の管理者を倒すためには、技術の向上は避けて通れない。


 それを助けるため、刃を防ぐ手段かつ相手を砕く武具も渡した。


 さてどうなる……。


 むむっ、動きそうな気配。


 ベルートが誘うように二刀の剣先を揺らした。

 アリシアは抑えが効かず、誘いに乗ってしまう。


 飛び出すアリシアに向けて振るわれる二刀。


 しかしアリシアは覚悟を決めて思い切り飛び込み、ベルートの斬り払いを潜り込む。


 そして、右手側の剣、その根本へカイザーナックルを叩きつけベルートの体勢を崩そうとする。


「甘いな」


 だが崩れない。それどころか左に持つ剣の柄でアリシアのこめかみを撃ち抜こうとする。


 しゃがみ込んでアリシアは避けるが、今度は蹴り上げが襲ってくる。


 上体を逸らしてよけ、そのまま連続バク転でベルートとの距離を離すアリシア——


「ほう。なかなかの素材だな夜勤殿」


 音もなく俺の背後に現れた気配と声。


 ……ヴィルヘルミナだ。



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