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夜勤と黒鬼熊


 はっきり言うとアリシアの成長内容は想定外である。


 いや、勇者の血筋だし普通は聖属性寄りになると思ったんだよ。


 普人族の職業で【魔拳皇】とかはじめてみた。魔王とかそれに準ずるやつらが持ってる職業なんだが。


「何よ? じーっとこっちみて」


「いや、なんでもねぇ。それより【天魔殺】というのがどんな技か知ってるか?」


 俺たちは地下四階【保養地牧場】入口の芝生広場にいる。【おやじの涙酒場】は地下五階への入口前でここからは少し離れた場所だ。


 いまは、今回の闘いの前にアリシアから強い希望があったので、ブリーフィング的なことを行なっている。


「祈念流にそんな技はないから、どんな技か想像もできないわね」


「【天魔殺】はな【核撃】で【連閃撃】を放つ技だよ。当たりゃ相手は死ぬってやつだ」


「……【核撃】で、そんなことができるの? ドロシーだっけ、あの人形に一撃当てるので限界だったわよ?」


「次の相手はそれができなきゃ死ぬ。俺はアリシアには死んで欲しくない」


「……じゃあこのやり方をどうにかしなさいよ。毎回、ぶっつけ本番みたいな戦いばかりさせて。色々知っていることも多そうなのに、もっとやりようはあるんじゃないの?」


 そりゃあ三百年の時間で色々と知識はあるけどもよ。だからこそ、この方法だってわけよ。


 ちまちまこつこつとレベル上げなんかしてても、今のレベルになんか絶対になれんしな。三十年ぐらいかけりゃなれるかもしらんけど。


 それに俺がレベル999を目指すとしたのは、そのレベルがないとロンド皇国を無傷で落とせないからだ。


 復讐やるなら蹂躙無双せにゃ。

 スッキリ、後腐れなく。圧倒的暴力を見せつけて心を折る。それを無傷で成し遂げるんだ。


「なんで黙るのよっ! はぁ、もういい。強くなりたいって言ったの、わたしだし……」


「前向きでいいな。その調子で次もいってくれよ。それじゃ紹介するぜ。黒鬼熊オーガベアーのマスターだ。普段は酒場を経営するナイスダンディー、そして養蜂家でもある」


「突然なにをいうかと思えば、どこにそんなのが……」


 それが黒鬼熊のマスターとアリシアの現時点での実力差だな。


「そしてある時は闇夜の暗殺者(ナイトアサシン)……アリシア。死ぬなよ」

 

 俺の前方にはアリシア。そしてその背後に気配もなく立つ三メートルを超える熊。


「死ぬなよって、今回もまた——」


 僅かに空気が揺らいだ。


 アリシアはその微かな揺らぎを察知し、反射的に斜め前へと飛び出す。


 ひゅおんっという風を切る音と共に、さっきまでアリシアがいた地面に四本の爪痕が走った。


 二メートルを超す長さの爪痕は深く地面を抉っている。


「これぐらいは避けるか。なら、もうちっと強めに撫でても大丈夫そうだな」


 マスターがアリシアの力量を図るように呟いた。


 黒鬼熊。ビート大陸に生息する魔獣の頂点。

 全身は硬質の黒毛で覆われており、刃物はまず通らない。その下の皮膚も分厚く弾力に富み、内臓を守る。


 戦闘時はオーガのような二本の角を頭部から生やし、言葉を話す知能を備え、体長は三メートル超え。


 出会ったら、手練れでもまずは逃げることを考える、そのネームド。レベルは()()()5()0()0()


 正直、冒険者たちが地下五階に進めているのはマスターが見逃しているからに過ぎない。


 というか、マスターは客だと思ってるからな。実際、酒場にきて飲んでいくやつらは金もちゃんと払っていくし。


「おう? 随分と思い切りのいいお嬢さんだな」


 さすがというのか勇者の血筋というのか、早くもアリシアは戦闘へと気持ちを切り替え、マスターへと踊りかかった。


 活路は前にしかないということを分かっているからだが……。


 アリシアはマスターのふところへと飛び込むと、全力をこめた右拳を放つ。


 マスターの立つ姿勢と熊の体型からしてその選択は正解だ。薙ぎ払う動作や噛みつきは、その位置には届かない。……だが。


「センスは満点。力は及第点……技術に難ありだな」


 オーガの腹に穴を開け、巨大ミミズを引き裂き、殺戮人形を破砕したアリシアの拳は、マスターが防御のためにそっと出した掌、その肉球に柔らかく受け止められた。


「——?! ならばっ!」


「うーん、繋ぎと起こりが悪い。仕切り直し」


 股間を狙ったアリシアの蹴りをマスターは軽く掌で弾いていなすと、ローキックを放った。


 アリシアはバックステップでそれを回避。


「夜勤よ、理由があっての促成栽培だろうが、これじゃ通用しねえな」


 マスターの言う通りだ。しかし、俺はアリシアならそれを乗り越えると思う。その証拠にほら、彼女は勝つために何が必要かもう分かってきている。


「見切られている……ならもっと早く」


 ふぅと息をついたアリシアはそういった。


「ほう、いい面構えだ。闘いのことだけを純粋に煮詰めて考える戦士の顔だな」

 

 対峙する一人と一匹の間に高まる緊張感。マスターはダラリと腕を下げ、直立姿勢。


 ……ちょっと可愛い立ち姿だが、これは罠だ。

 

 今も舌を口からベロンと出して油断を誘っている。


 対するアリシアは額に汗を浮かべて、静かな呼吸で魔力を練っているところだ。


 徐々に空気が張りつめていく。


「そんじゃ、いくぜ」


 マスターの姿がブレた。【瞬転】と呼ばれるスキル。足裏に魔力を集めて地面と反発させる性質を持たせる魔法と特殊な歩法を併せた技術である。


 アリシアにはまだ使えないものだ。


 そしてその場からマスターが消えると同時にアリシアが吹き飛ぶ。爪は出さずに肉球での薙ぎ払いだ。まともに食らったが、なんとか防御は出来ていた。


 手足と頭は……ついてる。よし、死んでないし上出来。


 そのまま地面へと転がるアリシアは、勢いを利用し空中へと跳ね上がり、体勢を整えて着地する。


「強すぎる……」


 ()()()していてもマスターの打撃は重い。


 アリシアの膝は呟いた言葉と同じく震えていた。




 




 


 



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