入札
壇上に運ばれてきたのは小さな瓶。
その瓶は、かのニコラ・フラメルが錬金術を行う際に用いたという伝説がついたものだ。
自分が参加している裏オークションで欲しかったものが目の前にある。
手を挙げてどんどんと入札を行なっていくが、文字通り桁違いの戦いとなる。
それも自分の資金で対応できる範囲なんていうのはごくごく僅かだということを、はっきりと認識できるほどの勢いだ。
数万円の単位なんていうのははなからなく、最初から100万円代のスタート。
それも2回ほどの入札を経てあっという間に4桁万円、さらには億の単位まで。
こうなれば、ガンガンと吊り上げられていく価格をぼんやりと眺めることぐらいしか、自分にはできなかった。
入札が終わり、槌が叩かれると落札者が嬉しそうに立ち上がってお辞儀をしていた。
それからしばらくして、他にめぼしいものもなく、ちょうど人の入れ替わりのタイミングで会場を後にする。
「もし、もし」
独特な節回しで自分を呼ぶ止める声がした。
こういうところではそういった声は無視するに限る。
歩き続けているとギュンと目の前に女性が現れた。
「もし、無視ですか」
「こういうところでの声掛けは、要らぬ世話でしょう」
なおも歩き続けようとする自分の腕を掴み、彼女は声をかけ続ける。
「錬金術に興味が?」
「でなければフラメルのフラスコを欲しがったりはしないでしょう。あれをただただ飾りにするなんてことは愚の骨頂。道具とは使ってこそ美しく輝くのですから」
手を乱暴に振り解く。
「ならば、私の工房で働いてみませんか」
「……はい?」
思わず声が裏返りそうになる。
見るとまだ大学生かそのあたりの見た目をしている彼女が立っている。
「何か心に響くことがあれば、この名刺のところへ電話を」
名刺として渡されたのは、確かに名刺サイズの紙だ。
ただし、数字の羅列が並んでいるだけで、他には何も書かれていない。
「では、楽しみに待っていますよ」
彼女が俺の返事を聞くよりも先に姿を消す。
まさに魔法のように、目の前から霧のように薄くなって消えた。
「……誰が、電話なんてかけるんだよ」
そう思いながらも、結局名刺は胸ポケットに仕舞い込んだ。