第3話 本当に殺すのですか?
7ヶ月前。
私は絶望の最中にいた。
絶望?
そうだ。生まれて初めて死を覚悟したと言っていい。
神なんて信じちゃいないが、悔い改めるのならば今がその時ではないかと血迷ってしまうほどに。
(冗談じゃない。神なんて糞食らえ)
腕を後ろ手に縛られ目隠しをされたまま、私は胸の中で悪態をつく。
(私の人生、短かった)
17年。
たった17年の人生だった。
(本当の年齢も名前も知らないまま死ぬなんて。それだけが心残りね)
16年前、おしめが取れていない幼い時分に貧民街に捨てられていた……と聞かされている。
つまり私は孤児だ。
当然、本名も正確な年齢も分からない。
シャロンという私の名も、私を保護した孤児院の院長ーー慈愛に満ちた素晴らしい人物だーーがつけたものだった。
今こうして生きているのは、あの時あの雪の日に死ぬ運命だった私を救い育ててくれた恩人のおかげでもある。
でも。
ーーーー正直、いい迷惑だ。
(あのまま放っておいてくれたら死んでいたわ。そうしたらこんな苦労もなかったのに)
生かされたばかりに苦しみしかない人生を送らねばならなかった。
人の良い院長と相反するが如くの劣悪といっていい孤児院の環境での暴力と貧困しかない生活。
何度逃げ出そうとし折檻されたことか。
これまでの人生は『悲惨だ』と一言で片付けるには余りあるほどに辛く厳しいものだったのだ。
(いつでも死にたいと思ってたわ)
死んでもいいと思っていた。
ただし。
それは自らの選択の末でのこと。
この終わり方は納得がいかない。
ーーーー詐欺をしくじって私刑にされるなんて。
賭場師としての誇りが傷つくじゃないか。
何よりもシャロン・ヴァイルの名が廃る。
今日も普段と変わらない日であるはずだった。
賭場の入り口で時間を潰しながらいつもと同じようにカモを探し、いつもと同じように仕掛けた……ところまでは毎日のルーティンだ。
だが。
この日は何かが違っていた。
何かが狂っていた。
釣り上げた相手、気が弱い人畜無害に見えた相手が、決して関わってはならない集団ーーーー裏社会を牛耳る一味、避けていた一門のメンバーだったのだ。
(見定めたはずなのに)
あり得ないミスだった。
勘が狂ったとしか言いようがない失態に悔いても悔いきれない。
「私を、私を殺すのですか?」
私は顎を上げ喉の奥から掠れた息を絞り出した。
私の見た目は良い。いや良いどころか、目を引くほどの美人だ(これは名も知らぬ両親に感謝だ)。
金糸のような柔らかな髪もそばかす一つない陶器のような艶やかな肌も整った容姿も。
さらに異性を唸らせる憂いを含んだ眼差しと声も。
誰よりも美しい。
自信はある。
目隠しはされていて目元は見えない。
が、この程度で隠し切れるはずもないだろう。
むしろ隠されている分、えもいわれぬ色気が出ているのではないか?
相手が男性であればきっと動揺するはずだ。
そこを突けばいい。
「本当に殺すのですか?」
私はもう一度同じ言葉を繰り返した。
さぁ許すと言いなさい。自分が間違っていた、と。
「ああ、そうだ。殺す」
想像とは異なるかすかに嘲りが混じった低く冷たい声が頭上から降ってきた。
読んでいただきありがとうございます!
悪女って難しいですねぇ。
シャロン、どうなっちゃうんでしょう。
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また読みにきてくださいね!
では!
※不定期更新です。