お嬢様に婚約者が訪ねて来て、帰った後に私が流し目をしたと誤解されました
侯爵家に来てから二ヶ月が経ち、私はアープロース侯爵家のローズお嬢様の専属侍女、というか下僕、雑用係、下働きと言った方が適しているになっていたのだ。
まあ、当初のお嬢様らのいじめは酷かったが、今は適当に楽しんでいた。
当初は私のせいで、私達のメイド服の色がおかしかったのだが、何故かその色落ちした色合いが流行ってしまって、みんな、洗濯するようになったんだけど……絶対に変だ。
まあ、仕事の量も男爵家に比べれば格段に少なくなったし、私自身も楽だ。何しろ侯爵家は二交代制だし。
お嬢様の視線が時々怖いけど、適当に誤魔化している。
私が洗濯する時は何故かコーリーが洗浄魔法をかけてくれることになったんだけど、何でだろう?
食事の時に、何故かポロリと洗濯してしまったとこぼしてしまい、それに同情してくれたんだろうか?
ローズお嬢様は機嫌のよい時と悪い時の差が激しくて、機嫌の悪い時は私への雑用が増えるのだが、まあそんな時でも、男爵家にいた時よりも楽だ。何しろ適当に誤魔化ししておけば良いのだから……
そして、今日は朝からお嬢様はご機嫌が良かった。
何でも婚約者のブラッドリー・パーマン侯爵令息が訪ねてくるそうなのだ。
ブラッドリー様とローズ様は13歳で同い年だ。この夏に婚約が決まって、今日は月に一回のお茶会の日なのだ。今回はこの侯爵家でそれがあるらしい。
私達専属侍女はこの一週間、その準備にてんてこ舞いだった。
特に雑用係の私が……
専用の特別なお菓子を領都の町まで買いに行ったり、お嬢様のお部屋を端から端まで掃除したり、本当に大変だった。オードリーやデリアは雑用は全部私にやらせてくれるんだけど、あんた達も少しは仕事しなさいよ!
「衣装はパトリシアが王都の流行りだと言ったピンクの衣装にして」
お嬢様の声に私は驚いた。
「お嬢様。さすがにそれは」
掃除していた私が思わず口に出して言うと
「あなたがこの色は王都の流行りだと言ったんじゃない。何か文句でもあるの?」
「いえ、そういうわけでは」
私はお嬢様の言葉に蒼白になった。
やばい、洗濯してしまって色落ちしたのを適当に誤魔化したのが、ここに来て裏目に出た。こんなだったら素直に謝っておけば良かった。後悔先に立たずだ。
最もお嬢様のドレスなんて高くて弁償なんて出来るわけないし……
まあ、色落ちしたなんて余程の人じゃないと判らないだろう。
私は愚かにもそう思ってしまったのだ。
やって来られたブラッドリー様はさすが侯爵家のご令息、黒目茶髪のイケメンだった。しぐさもまだ13歳なのに洗礼されていた。
でも、その令息の目がお嬢様の衣装に点になっているんだけど。やはり、判るのか?
「ローズ嬢、今日のそのドレスは?」
「さすが、ブラッドリー様。判りまして?」
お嬢様は何故か得意に話し出したんだけど……いや、そこは絶対に違う……
「今王都ではこのピンク色が流行っているんですの。我が家のメイドが掴んで来た最新の流行りの衣装をブラッドリー様に見て頂こうと思いまして」
止めて、そんなこと得意になって話さないで。嘘だから!
私は必死に二人を見たけれど、お嬢様は悠然としているのだ。
「そうなんだ。今度母上にも話しておくよ」
ブラッドリー様は驚いて言うんだけど、いや、違う! そんな事、母上に言わないで!
私が必至に目で訴えたが、そんなの通るわけなかった。
「パトリシア、視線!」
私の様子が変なのにデリアが気づいて注意してくる。
私は青くなった。
そうだった。侍女は主人たちのことをさり気なく気にするのであって睨むなんてしてはいけないのだった。
当たり障りないことを二人は話されて、
「ローズ嬢、今度、一度この領都にお忍びで行かないか」
ブラッドリー様が別れ際に言われた。
「えっ、本当ですか。お忍びぜひともしたいです」
ローズ様は喜んで頷かれた。
最近ローズ様の読んでおられる恋愛小説でお忍びのデートが良く出てくるのだ。
なんでも、お忍びデートは王都でも流行っているのだとか。
えっ、それってまた私が大変なんじゃないのか!
私はうんざりしたんだげと、それ以上に大変なことが待っていたのだ。
「パトリシア!」
ブラッドリー様をお見送りして、部屋に帰ってきた時だ。ローズ様の声が氷点下以下なんだけど……
「あなた、私のブラッドリー様に流し目したわね」
ローズ様の声が怖いんだけど、いや、違う、私は流し目なんてしてないわよ!
でも、誰も私の心の声なんて聞いてくれなかったのだ。
どうなる、パティ。次話は明朝です。





