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青帽子の使者

小さな村の小さな教会、私の籠はいつもと変わらず静かに佇んでいた。4本のヴァッコルの木に囲まれ壁には長い時間を感じるツルのヘタが地面から壁をつたって伸びている。


外観は古いものと認識させるほどなのに扉だけは立派な造りになっていて整備もされ蛇の模様がきれいに浮き出ていて生きているかのようだ。


いつものようにその蛇の頭を軽く触りながら門を開けて入ると、天井から七色の光が降り注いでいて、信仰者を迎えてくれる。その光を出しているのは金の蛇を肩に巻いて微笑んでいる女神。


この国がまだ小国だった頃から信仰されているイステル教の神ラブスだ。私はこいつの事があまり好きではない。


そんな女神から視線を祭壇に移し歩き出すと、床が軋んで音を奏で少しだけ反響する。二日前に腐って抜け落ちた床の板の上をひょいっと飛び越え祭壇に近づくと、寝坊して遅く来てしまった私に助祭リックの目線がキツく突き刺さった。


毎度の事なので慣れっこだが、今回はこっちにだってちゃんとした言い分はある。


昨日、深夜に私の家を訪れたコフェップ司祭が少しお話がというから聞いてやっていたら最初の村の作物の状況の話からすぐに脱線して何度聞いたか分からない金蛇ラブス様の伝説を語りだしどのように偉大なのかそして寛大なのか聞かされ、気づけば空が少し明るくなってその神とやらが起きる時間になっていた。


誰が見たって今回誰に非があるかと言えばリックが慕っているコフェップだ。


しかし、それをリックには言わない。なぜなら、そんな完璧な理由すらリックにかかれば神の教えを使って私に非があるように言いくるめることができる。


こんな事になるのなら、もう司祭の話は寝る前に聞かないようにしようと固く心に刻んだ時。


ふと妙なことに気付いた。いつもならすでにリックの怒鳴り声が教会に響いても良いのになぜ何も言ってこないで目線だけなのだ?


少しの遅刻すら『神の与えてくれている時間を何だと思っているのですか!』と教えに基づき叱ってくるのに。


そんな事を考えていたら、驚いた事にいつも祭壇横の扉から出てくるコフェップが私と同じ方向から目の下を黒くさせフラフラと入ってきた。


なるほど。


とすぐに理由がわかった。


リックがその異様な様子に気付き司祭を支えに行ったが、少しばかり遅かった。


司祭は腐って抜けていた穴に右足を見事に捕られ豪快に転んだ。リックは少し呆然とした後すぐさま司祭を起こして膝のホコリを払っている。


私はその間、腹を抱えて大笑いした。




『はぁはぁ…コフェップ……久々に面白かったぞ』


ひとしきり笑い終わって一息ついてから、いつもの憎まれ口をたたく


『マニ様!その言葉使いは何ですか!』


今日初めてのリックの怒声。


『……リック。いいのです。悪いのは私です。ラブス様が与えてくださった人が休まなければいけない貴重な時間を私は得なかった。これはそれに対するラブス様からの罰なのです。』


いつも私に対して眉間にしわを寄せて怒る強面の顔は今日に限っては、年相応の萎れたおじいさんだった。よほど、寝不足が老体に響いているのだろう。


そんな哀れなコフェップを見ながら手を合わせるとリックにキッと鋭く睨まれた。


『ま、司祭なのに寝不足で遅刻なんて最』


低と言う前にリックにゲンコツをされその場にうずくまる


『マニ様が言うセリフでは無いでしょう』


そういうとリックはいつものように奥の祭具室へいった


残されたマニとコフェップ。話さないのもあれだったので一応声をかける事にした


『昨日人ん家であんだけ喋るからそうなるんだよ』


少し間があいてから『そうですね』と返事が返ってきた。さすがに歳も歳なんだから本当に危ないのではと思い


『だ、大丈夫か?』


と言いながら背中をさすってあげる。するとコフェップが喉でクックックと笑い出し先ほどまで萎れていた顔を上げた。


『いやいや、マニ様に心配されては私も天に召す日が近いかもしれませんな』


上げた顔は笑顔、寝不足の事など忘れているようだ。もしかして声をかけてもらう為にすべて演じていたのではと疑うほどに。


大きく背伸びをして背中の骨をコキリコキリとならす。


『さ、マニ様。儀式に向けて清めの儀をいたしましょう』


何がスイッチになったのか分からないが完全に目覚めたコフェップはいつもの強面の顔に戻り、聖典を手にして祭壇の上に立った。


『あぁ、声かけなきゃよかった…』


ぼそっと言うとこちらを向きもせずコフェップはフフッと笑った。やっぱり演技だったらしい…



物心ついてから何も変わらない日常。幼い頃から私は金蛇の巫女として崇められ村の者すべてが私をラブスの生まれ変わりだと信じている。


漆黒の髪に金色の瞳、こんな姿に生まれてしまった自分を私は呪っている。いつからだろうか、毎朝の清めの儀で女神を見るのが苦痛になったのは、最初は他の者と違う自分を選ばれた人間だと思い特別だと思っていた。


大人は私に祈りを求め、子供には洗礼をする。そんな毎日をずっと続けてきた。そんなとき一度だけ他の子供達に混ざり玉遊びをしようとした時大人達は一斉に私を止めた。怪我をしては大変だ。巫女様がこんな事をしてはいけない。


その時からだ、私は特別なんじゃなく仲間はずれなんだと気づいたのは。この歳で村から出た事がないのも私だけ、私の世界はなんて狭いんだろう。私は伝説に縛られる巫女、そして教会は私の籠、村は世界そのもの。



そんな事を思いながらコフェップの清めの儀をうけていると、リックが慌てて正門の方に駆けて行った。


まだ時間でもないのに人が来たらしい。清めの儀の際、聖職者以外はこの場にいてはいけない。


儀式を中断して村人と話すリックを見ていると村人だと思っていた人は全く見た事のない男で、傭兵のような格好をしていて頭にかぶっている青い帽子にはラブスの印がされている。


その事に気づいた直後、リックが手に持っていた儀式で使う聖杯を落とした。幸い割れてはいないみたいだがリックらしくもない。その聖杯を拾おうとしゃがみ込もうとした体は拾わずにそのままその場にペタンと崩れ落ちた。


なにがあったのだとコフェップと私はすぐにその場に駆けた


『リックどうしたのです!リック!』


教会にコフェップの声が響きわたる。反応しないリックのかわりに青帽子の男が口を開いた


『この村の長ウフェル殿がラグニでお倒れになりそのまま御亡くなりになった』


感情など一切こもっていない冷たい言葉で男は言い終わった後に私の容姿に気づいたらしく少しだけ動揺が見えた。


『ば、ばかな!何かの冗談であろう?まず、そなたは何者なのです!』


コフェップが声を張り上げた。


男は変わらず無表情で、ポケットから銀色のものを出した。これが何だと、コフェップは訝しげに見つめるとすぐに顔つきが変わった。


『どうしてフロイツのあなたが態々くるのですか?』


話し方が変わったと言う事は司祭よりも上の者なのだろう。銀色のものははっきり見えなかったが蛇の模様のようなものが入っていたので、国直属の機関の人なのだろう。


『それは申す事はできぬ。あとこれを』


さっきとは逆のポケットからペンダントを出した。それを見たとたんコフェップも崩れ落ち司祭と助祭は二人してその場に崩れ落ちてしまった。


『祖父はどんな最後だったのです?苦しがらずに逝きましたか?』


ペンダントを受け取りながら金蛇の巫女は訪ねた。


そう、このペンダントは私の祖父のもの。


この村の長でもあるウフェル=エズモアは私の祖父であり唯一の血縁者。だが村にいる事はほとんどなく旅に生きる人だった。だが村に帰ってくると旅の話やその地域にまつわる伝説や武勇伝を聞かせてくれた。


『あなたがマニ様ですね』


小さくうなずく。


「あなたの祖父は偉大な方でした。最後は今までの勇士に似合わず眠るように逝きましたよ」


初めて感情がこもった言葉だった。その言葉にニコリと笑顔を向けるとフロイツの男は『あなたは本当に巫女のようだ』と小さくつぶやき、一礼して馬に乗って去って行った。


その後は崩れ落ちている二人をなんとか教会の中まで連れて行った。


今、巫女の私が気丈に振る回らなければ誰がこの村を導く。巫女の私がやらなければ。


ふと、教会の女神像に金色の瞳を向けた。いつものように微笑んでいるその像は今日だけは哀れんでいるかのようだった。


伝説に私を縛り付け、私を泣かせてもくれない金蛇のラブス。


本当に対した神だ。


そんな事を考えていると太陽は夕焼になっていて空は気持ち悪いくらい赤く染まっていた。そして、その反対側から夜という闇が大地を這うように迫って来ていた。




最愛の祖父が病で亡くなった。私以外、住むものが居なくなった家の窓から外を見ると、窓から溢れ出る光を飲み込もうと闇がポッカリと口を開けていた。回りを見ると見渡す限り広がる暗闇の世界、一時の間に自分の家以外はすべて闇に飲み込まれてしまったんだと思えるほどに。


私の祖父が作ったこの村、では祖父がいない今私はどうするべきなのだろう。ついさっきまで動揺する村人の代わりに金蛇の巫女としてのそして村長の娘としての最初の役割は果たした。


しかし、自分にはこれからも彼らを導ける自身が無い。巫女と呼ばれたって所詮はただの人間。何か特別な力があるわけではない。巫女という概念を捨てれば私はただの娘っ子だ。そして、祖父という唯一の家族も無くし私には本当に何もなくなってしまった。



一人は嫌だ。



そんな事を考えていると、私の我慢していた感情が涙と一緒に流れ出ていた。


そして、私はいつの間にかあの人の名をひたすらに呼んでいた。


何度も、何度も。


声がかれて喉から血の味がしようともやめようとせず、ずっと同じ名を呼び続けた。その言葉しか知らない生まれたての赤ん坊のように。


しかし呼んでも呼んでも、闇がその音すらも飲み込む、残酷すぎる闇に対して思わず笑ってしまいそうになった瞬間。


その残酷な闇から音が返ってきた。


しかしその音は自分の出した声が反響して帰ってきたのではなかった。雷の音に似ている。


と思いながらすぐに馬車が駆けてくる音だと気づいた。


来てくれた。


伏せていた顔を上げて涙を服の袖で拭き取ってドアが開くのを待った。


家の前に止まった馬車から、ザッザッザッザと気持ちのいい音を出しながら近づいてきたその音の主はノックもせずに勢いよくドアを開け、入ってくるなり玄関で迎え

ようとしていた私に抱きついた。


あんなに泣いたのに強欲にも私の瞳はまだ涙を流そうとしていた。自分で飽きれてしまう。


呼び人の名はリファ・クラスト


東の山を3つ越えたところにあるイスクという町で教会の司教をしている。


この村に毎年布教をしにやってくるのだが空いた時間に友達のいない私の相手をしてくれていた。


父とは昔からの旧友のようで私が5才の時に祖父が旅に出る際、信頼のあるリファが村に来てくれて3年間世話をしてくれた。


だから、私にとって先生であり、父であり、兄のような存在なのだ。


そして私にはもう彼しか頼る人がいない。この世界に存在できる場所はそこしかなかった。


おそらく司教の仕事を休んで急いで私に会いにきたであろうリファの息づかいが聞こえるたびに私の闇が晴れていくのが分かった。


『マニ……遅くなってすみません…あなたの声聞こえましたよ…よく頑張りましたね』


リファは息を整えてさらに言葉を続ける


『あなたは私が引き取りますから安心してください…私があなたの居場所になりますから』


その言葉を聞いて全身の力が抜けていくのが分かった。


そして、その私をやさしく壊れないように包み込んでくれているリファの暖かさを闇に捕られぬよう強く握りしめた。

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