最後の復讐
目が覚めたら知らない天井だった。なんて、そんなベタなことは言わない。なぜなら、この天井には見覚えがあるのだから。
私が授業をサボる口実に体調不良と言って教室を抜け出した時に何度も見てきた保健室の天井なのだから。
「…………死にたい」
目が覚めたばかりの私が一番最初に頭に浮かんだのがこれだった。もう疲れてしまったのだ。学校内での私の評判はドン底だ。それも当然だ。私がしたことがバレたのならこうならない方が不自然だ。
優吾くんに裏切られた。それは、別に構わない。最初から復讐のためだけに付き合っていただけだ。その代償に私自身が失ったものは今となってはあまりに大きな代償としか言えないが。
あの女には心配され、蒼空には助けられた。あの二人は私のことを嫌っている。私も大嫌いだ。それでも、私のことを心配して助けられた。あれだけのことをした私をだ。これほどまでに屈辱的なことがあるだろうか? 腹立たしい。
「けど……一番腹立たしいのは私自身なんだよね……」
屈辱的な思いをしたのと同時に私は少し嬉しかったのだ。これだけ散々な目にあっても、私のことを心配して助けてくれる人がいたという事実に少しだけ救われた気がしたのだ。
絶対にそんなことはないと自分に言い聞かせていたけど、最近の私のあの二人への態度を見れば一目瞭然だ。それに、自分自身に嘘をつくことなどできはしないのだから。
「……私は何がしたいの?」
もうこうなってしまっては、復讐をする気も失せるというものだ。あの女のことを許せないのは本当だ。それでも、もう私は疲れたのだ。疲れすぎてしまったのだ。
ふと、ベッドに寝転がったまま隣の窓から外を見てみると生徒達が下校して行くのが見える。
「……私も帰ろ」
私は保健室の先生に色々と心配されたが、大丈夫だという旨を伝えて保健室を出ていこうとすると先生に声をかけられた。
「あっ、宮崎さん。ちゃんとお礼を言っておくのよ?」
「……はい?」
「宮崎さんと同じクラスの男の子が倒れた宮崎さんを保健室まで運んできてくれたんだから」
同じクラスの男の子? それって……すぐに蒼空のことを思い浮かべるが、私は考えるのをやめた。たとえ誰であっても私には関係のない話だ。
保健室の先生に分かりましたとだけ言って、私は荷物を取りに教室に戻る。教室の中には誰かが残っているらしく、女生徒の声が教室に近づくに連れて聞こえてくる。
「ほんと、宮崎さんってウザイよね?」
「それな! けど、私は最初から裏がありそうだとは思ってたけどね!」
「全部バレて1人になったと思ったら、ぶっ倒れるなんて1人になっても迷惑かけるなんてね!」
「もう、いるだけで迷惑なんだよね!」
……死にたい。……ここまで惨めな思いをするくらいならもう。私が自殺したらこの学校の評判はガタ落ちだろう。デタラメな遺書でも書いておけば、もっといいかもしれない。
「……そうだ。これを最後の私の復讐にしよう」
私は教室に戻ることをやめ、そのまま屋上の方へと歩みを進めていく。
「……これで全てが終わる」
私の復讐もこれで終わりだ。どうせなら、私を侮辱した全ての人間を巻き込んでやろう。さっき教室で私のことを侮辱してたやつら。優吾くんとその取り巻きの人達。もちろん、あの2人も。
私はあることないことを私の遺書として書いて屋上へと置いておいた。あとは、柵を乗り越えて飛び降りるだけだ。
「……不思議ね」
私は柵を乗り越えて屋上のから地上を見下ろすようにして立っているにも関わらず、微塵も恐怖を感じないのだ。むしろ、喜びに近い感情さえある。
「……これで終わりね。みはる、私も今からそっちに行くからね」
そう言って私は目を閉じて足を1歩踏み出そうとしたその時だった。
「宮崎!!!!! やめろ!!!!!!!」
「!?」
振り返るとそこには、蒼空がいた。肩で息をしながらも真っ直ぐに私を見据えている。どうして蒼空がここにいるの? いや、今更そんなことはどうでもいい。もう全てが終わるのだから。
「おい、宮崎。馬鹿なことはやめて早くこっちに来い。本気で死ぬぞ」
「……死のうとしてるのよ」
「何言ってるんだよ! 早くこっちに来い!」
「うるさい! 私が生きようが死のうが私の勝手でしょ!」
「そんなわけあるか! お前が死ぬことで悲しむ人達がいるに決まってるだろ!」
「いるわけないでしょ! みんな、心の中では私なんて早く死ねばいいって思ってるに決まってる! あんただって、そう思ってるに決まってる! 私を止めるな! 私はこれで全てを終わりにするんだ! 周りもみんな巻き込んで全てを終わりにして、みはるのところに行くんだ! これで私の復讐は終わるんだから!」
これで終わりなんだ。もうこの世界に私の居場所なんてない。誰も私が生きることを望んでいない。そもそもだ。私がこんな目にあっているのは蒼空のせいではないか。こいつがいなければ私の復讐は成功していたはずなのだ。
「俺はお前に死んで欲しいなんて思ったことねぇよ!」
「そんなこと言われて信じれるわけないでしょ!」
全部こいつのせいなんだ。いや、こいつらのせいなんだ。私の人生を狂わせておいてその言い分はなんだ!
「全部あんた達のせいよ! どうして私ばっかりこんな目に合わなくちゃいけないのよ!」
「…………」
私はもう目から溢れる涙を拭おうともせずに、蒼空のことを睨みつける。本当は分かっている。これは全て八つ当たりだ。蒼空は私に巻き込まれただけに過ぎないのだから。本当は一番の被害者なのだから。でも、私はその事実を認めない。認められない。それを認めてしまったら、私はもう私でなくなってしまうような気がするのだ。
「なぁ、お前さっき自分が死んでも誰も困らない。みんなそう思ってるって言ったよな?」
「そうよ!」
「本当にそうか?」
「……何が言いたいの」
「お前の親友だった、春野みはるはお前に死んで欲しいと思ってるって本気で思っているのか?」




