私達の目標
「だから私は人殺しなの.......」
いのりは全てを話し終えたあとただそれだけ言ってまた黙り込んでしまう。正直に言ってしまうと今の話を聞いていのりが人殺しなんかでは無いと俺は思う。言うなればこれは不運な事故だと思う。決して誰か1人が悪いなんて責められることの出来ない、誰が悪いのかと言われれば全員が悪い。そんな事故。まぁ、そんなことを言ってもいのりは納得しないんだろうけどな.......。
「ねぇ、蒼空.......」
「なんだ?」
「どうして死んだのが私じゃなくてみはるだったんだろうね.......」
「いのりは死にたかったのか?」
「.......ううん。でも、私はみはるを見殺しにした。そんな私が生きてていいのかなって今でも思うんだ.......これなら.......みはると一緒にあの時に私も」
「いのり。それ以上は言うな」
「.......ごめん」
これ以上は絶対に言わせてはいけない。その先を言ってしまってはそれは冒涜に他ならない。いのり自身に対しても何より、亡くなってしまった春野さんに対しての。今を生きる人は亡くなってしまった人の分までしっかりと生きる義務があるのだから。それにそんなことは絶対に春野さんも望んでいないだろうから。
だから俺は、俺の今の本心をいのりに伝えようと思う。今俺がいのりに言えることはそれしかないと思うから。
「なぁ、いのり。俺は正直言って今の話を聞いていのりが人殺しだなんて思えなかった」
「!? .......でも私はみはるを見殺しに」
「まぁ、俺が何を言ってもいのりは納得出来ないんだろうなってことは分かってるよ。それにいくら付き合いの長い幼馴染だからっていのりの気持ちなんて俺には分からないけど1つだけ確信をもって言えることがある」
別にいのりが人殺しだろうが、死んだ方が良かったなんて思っていようがそんなことは関係ない。いのりはいのりだ。俺の幼稚園からの幼馴染であり、普段は気丈に振舞ってはいても本当は泣き虫な俺の幼馴染で今は俺の恋人だ。その事実は決して変わることは無い。だから俺は、
「俺はいのりが人殺しだろうがなんだろうが生きていて欲しい」
「!?」
「いのりにはいつも笑っていて欲しいし、1人じゃ何も出来ないような俺を支えていて欲しい」
「.......別に私なんかいなくても蒼空なら大丈夫だよ」
「本当にそう思うか? 俺はいのりがいるからこそ今を楽しく生きていけてるし、いのりがいたからこそ今の俺があると思ってる」
「それは.......私も蒼空がいたから.......」
「うん。だからつまり俺が言いたいのは.......いのりが人殺しだろうとなんだろうと生きて俺の傍にいてほしいってことだ。だから、絶対にあの時に私もなんて言うな」
もしかしたら俺はいのりにかける言葉を間違えているかもしれない。いのりは人なんて殺していないよって伝えてあげるべきだったのかもしれない。いのりが納得できないのならそれこそ納得できるまで。でも、俺はそれをしなかった。人によっては諦めただけだろなんて言うかもしれないけど、俺はいのりには今までと何ら変わることなくそばにいてほしい。俺の本心はそれだけであった。
そしていのりは俺の言葉を聞いてボーッと俺の顔を見つめていたが、何を思ったのか急に泣き出してしまった。
「ちょっ、いのり!?」
「.......っ.......ごめ.......死んだ方が良かったなんて言おうとして.......ごめん.......なさい.......」
「うん。いのりにはずっと笑って生きていて欲しいからな」
「.......っ.......わ、わたしも.......蒼空と.......いたい.......ずっと一緒にいたいよぉ」
いのりはそれだけ言い切ると俺の胸に飛びついて来たと思ったら、そのまま恥も外聞も無くまるで子どもに戻ったかのように声を上げて泣き続けた。俺はそんないのりの背中を撫で続けていた。
幸いここは橋の下であり橋の上では車も通っているため橋の近くを通った人がいたとしてもいのりが泣いていることには気が付かないであろう。
それから幾分かするといのりも落ち着いてきたのか泣くのをやめた。しかし、俺に顔を見られるのか恥ずかしいのか顔はずっと俺の胸に埋めたままだった。俺はいのりを引き離すことなくそのまま話をすることにした。
「もう大丈夫か?」
「.......うん」
「そうか。なぁ、いのり。いのりは俺のこと性格イケメンだって言ってくれたことがあったよな?」
「それがどうかしたの?」
「うん。どうやら俺はそんなに出来た人間では無いらしい。だって、俺が今考えているのは今回の首謀者を.......柚希をどうしてやろうかってことだから」
もうこれ以上は何があっても見過ごせない。噂くらいなら我慢してやることもできた。けど、今日の朝のことは俺は何があっても許すことができない。いのりを泣かせた。いのりに死んだ方が良かったと言わせようとした。俺が動く理由には十分だろう。いや、遅すぎたくらいだ。いのりを泣かせてしまったのも元を正せば俺の責任だ。もう逃げるのはやめよう。
「なぁ、いのり。俺はもう逃げないよ。徹底的に柚希と戦う。絶対に見返してやる。だから無理にとは言わない。けど、いのりさえよければ協力してくれないか?」
「違うよ蒼空」
「?」
「それだと蒼空は宮崎さんと同じことをしようとしてるでしょ? 私達は宮崎さんを追い詰めたいんじゃない。蒼空と別れたことを蒼空が幸せになることで見返すんだよ」
「そう言えばそうだったな.......」
「でも、今回のことは私も正直すごく怒ってる。だから、見返すよりも先に私達に手を出したらどうなるか先に教えてあげないとね」
そう言っていのりは俺の胸に顔を埋めるのをやめ、そのまま俺の方を見上げるようにして顔をあげる。そしてその顔は前にも見たようないのりの悪い笑みを浮かべた顔だった。
「そうだな.......俺達もやられっぱなしじゃ無いってことを見せつけてやらないとな!」
「うん! じゃあこれが蒼空の.......私達の次の目標だね!」




