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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

松井千瀬は斯く語りき

作者: 砂山 海

っと、ごめん。驚かせちゃった? いやそんなにびっくりしないでよ、急に来た君も悪いんだからさ。ビックリしたのはこっちだよ、まったく……なにその納得してない顔。まぁいいじゃない、お互いぶつからなかったんだし、ケガ無かったんだから。ほらほら、そんな顔しないでってば。もういいじゃない、はい行った行った。

 あー……その、ちょっと待って。ごめん、あのさ、もうちょっとここにいてもらっていいかな。いや私もちょっと待ってる人がいるんだけどさ、なかなか来ないから暇で。だからちょっと話相手って言うか、私の話を聞いてもらってもいいかな。いやだから、スマホの充電も切れたんだってば。電話番号? 覚えてないよ、そんなの。まぁいいじゃない、もし君が飽きたらすぐ行っていいからさ、ちょっと付き合ってよ。ねぇ、お願いだからちょっとだけ。あ、ちょっとだけならいい? やっさしいね、ありがと。

 ん、どんな話かって? あー、まぁちょっと色々あって短く話すのは難しいんだよね。私、まとめるの下手だからさ。だからちょっともどかしいかもしれないけど、私の生い立ちから話すね。いや、これ重要なんだってば。

 そう言えば名前言ってなかったよね。私は松井千瀬、十六歳だよ。え、中学生くらいに見えたって? うっさいなぁ、顔が幼いとか大人びてないとか、自分でもよくわかってるんだから別に言わなくていいよ、そんなの。いちいち話の邪魔しないでよ。君、ツッコミ役だって友達に言われてるかもしれないけど、間が下手すぎだからね。

 えっと、気を取り直して続けるよ。これでも私の家はちょっと離れてるけど幾つかの地主でね、まぁ割かし裕福な家で生まれたんだ。だからちっちゃい時から欲しいものは買ってくれたし、むしろ言わなくてもお爺ちゃんお婆ちゃんが先回りして買ってくれたりもしたんだ。うん、ごめん、自慢に聞こえるよね。わかるよ、君の言いたい事。でもそういう話じゃないんだ。結局、色々買ってもらえたからこそ、遠慮しがちな子供になったんだよね。大人の顔色を読むっていうのかな、子供同士の状況をも考えるようになって、素直におもちゃもらえて嬉しいって気持ちは早々になくなったんだ。

 だっていっぱい持ってたらそれだけで羨ましがられるのはまだしも、その子の親から妬まれたりするんだよ。ちっちゃな子に大人が嫉妬して、ちょっとした嫌がらせをしてくるんだよ。そういう経験ある? 例えば幼稚園のお泊り会の時に私、気に入ってた髪留めを無くしたんだよね。それを先生に言ったら「ちせちゃんのとこはお金持ちだから、別に無くなっても買ってもらえばいいんじゃない」って言ったの。すっごく悲しかった。すっごく腹が立った。悔しくて泣いたんだけど、なんか小馬鹿にされた感じで笑われたのを覚えている。ひどくない? でも、そういうのほんと多かったの。だからかな、プレゼントってのを素直に受け取れなくなっていったの。

 でもそういうのって自分の親とかって、うちだけかもしれないけど我慢ができる子、気を使える子って認識されて褒められたんだよね。私からすればぽんぽん貰ってたら敵を作るだけってのはわかっていたから止めて欲しかったんだけど、親はそんなのわからないからねぇ。でも、私が幾ら我慢してもちっちゃな友達はその子の親に色々吹き込まれたのか私をずるい子だって言ってきたの。逆差別ってこういうやつだよね? ってか、今思い返しても、ちっちゃい子供にその子の親が憂さ晴らしをするってありえなくない? 今になって気持ちは多少わかるけど、でもやっちゃいけないよね。

 ただ、友達同士で遊んでいてもどこか無邪気に遊べなくなってきたんだよね。ちょっと私に遠慮してるとか、別のとこで私の話をしてるとか、たまたまかもしれないけど私が来たらすっといなくなるとかってのが起きると、あぁ私って疎まれてるんだなぁって思っちゃってさ。やっぱり大人の心無い言葉って深くまで刺さるもんだよね。だからなのか、友達もそう言われて私と接しているのかなって思ったら、なんだかね。

 中学校に上がる頃には親友って呼べる友達はいなくなっていたんだよね。まぁ、私が心開かなくなったのが一番の理由だったんだけど、やっぱり怖くてね。だって私が普通に接していても何が理由で嫌われるのかわからなかったからさ。それでも、友達はある程度は作ったんだ。だってこれで友達もいない、心も開かない、自分の事も話さないったら、それこそイジメられるでしょ。だからある程度の交友関係は作っておいた。誘われたら家にも行くし、外で遊んだりもした。食べ歩きやショッピングなんかも一緒に行った。だけど深くは立ち入らなかった。そうなりそうになったら、何だかもう自然と逃げる癖がついていたんだよね。

 だけど中学生ってのはみんな思春期だったり受験や進路で悩む時期だったから、バカな話をしていたり誰と誰が付き合ってるとかでキャーキャー盛り上がっていても、深入りする事無く逃げられた。ちょっと難しい顔をして勉強で悩んでるとか、進路で迷ってるなんて当たり前のことを言うだけで、深入りされなかった。いや、これに気付いた私ってば本当に頭いいなぁって思ったよ。

 でも、そのためにはある程度勉強する必要もあったから、中学二年からは結構真面目に勉強してたんだ。うわっ、なにその眼、すっごい疑ってる。いやでも見てほら、これでも一応白蘭高校なんだよ、制服でわかるでしょ。結構がんばって進学校に入れたんだから、ちょっとは見直してよ。

 あー、そうそう、一応進学校に入ったって自慢したけどさ、見て分かるように勉強ばっかしてたわけじゃないんだよね。傷付けられないように勉強をがんばっていたけど、それ以外は普通の女の子となんにも変らなかったんだから。お洒落だってまぁ、センス無いかもしれないけどそれなりに興味はあるし、流行だって一般知識程度には追っかけてるよ。友達と一緒にインスタとかチェックしてはそこに行ってみたり、食べてみたり。たまにハズレて虚しくなる事もあったけど、でも楽しいんだよね。

 ん、恋とかってどうなのかって? えー、ちょっと、そこ聞いちゃうの? いやいやいや、それそんなストレートに訊いてきたのって君くらいだよ。はー、もう恥ずかしいわ。そんなの簡単に言えるわけ……えっ、経験が無いから話せないって? いやいや、そんなわけないでしょ。あるわよ、ちゃんと。

 あー、でもね……あるはあるけど、この前フラれちゃったんだよね。だから失恋中なの。思い出したら誰かに言いたくなってきた。ねぇ、まだ時間ある? あ、ほんと? じゃあちょっとこれも愚痴らせてよ。

 親友を作らないって決めていた私だったんだけど、高校に入ったら一目惚れしちゃったんだよね。同じクラスの子にさ。なんかちょっと冷めた目をしていたんだけど、でも親切だったんだよね。あと、気が利くし、色んな事を率先してできる人だったのよ。例えば体育の授業とかでも用具とか委員でもないのに片付けたり、掲示物がべろんって画鋲外れて垂れていたら、誰よりも先につけなおしたりさ。すごくない、なかなかできないよ。

 それをその子に言ったら「別に普通の事じゃない」って言うの。あー、もう格好良すぎる。だからなんか、いつの間にか眼で追って、一日中こっそり観察するようになっちゃったんだよね。もうね、見てるだけで幸せだったの。黙って座っていても格好良いし、立って何かをしていても格好良いんだもん。

 そうやって遠目で見てるだけでも幸せだったんだけど、でもやっぱりワンチャン欲しいって言うか、お近づきになりたいって言うか。だからまずは親しい友達から入ろうってがんばったのよ。友達の友達に紛れて会話に入ったり、何だったら一緒に片付けとか手伝ったり、勉強教えてもらったりとか。

 お互いに部活はやっていなかったから、フリーの時間はあったんだ。それに一年ってこともあってお互い割かし早めに距離は縮められたと思う。だから二学期の後半、冬になる前にはちょっと親友って言ってもいいかなってくらいにはなっていたんだよね。お互いの悩みやコンプレックス、将来の事を話し合えたり、それに対してアドバイスや励ましなんかもし合えた。参考になったかどうかわからない、私だってそれを全部受け入れたわけじゃない。でも、そういう心遣いと行為がなんか嬉しかったんだよね。

 だからさ、段々と堪え切れなくなったんだよね。友達として傍にいるのがさ。でも、素直な気持ちを言っちゃうと、やっとの思いで隣にいられるようになったのにまた他人みたいな距離になっちゃうのが寂しかったんだ。わかるでしょ。楽しく過ごせている時間もほどほど幸せな毎日も全部賭けていいものなのか、それとも想いを秘めてこのままでいてもいいものなのかさ。

 でもね、そういうのって好きって思いが強くなればなるほど、賭けたくなっちゃうんだよね。だから私も思い切って誰もいない教室で告白したんだ。だってその日は占いでも一位だったし、雑誌のやつでも週間一位だったし、休みの日に近所の神社でおみくじ引いても中吉とかだったから、もう今しかないって思ったのよ。あー、またそんなちょっと小馬鹿にした顔してる。でも、私はその時、すっごく本気だったんだよ。

 まぁ、さっきも言ったけど結果は見事フラれたんだよね。ハッキリ言われたよ「女同士だし、ゴメンそういうのありえないから」って。あれ、言わなかったっけ? 私が好きになったのは女の子だよ、同じクラスの芳野結愛って子。いやだって、女の子だからって私の中ではもう関係無かったんだよね。この人しかいないって思っちゃってたの。もちろん勝ち目が薄いってのも十分わかっていたけど、いざやっぱりフラれるとそりゃあ……ヘコむよね。泣きはしなかったけど、なんか謝って逃げたのは覚えてる。もう頭の中真っ白でさぁ、正直はっきり覚えてないわけよ。

 それから三日くらい風邪ひいたとかで学校休んだわけ。まぁ、サボりだよね。でもさぁ、学校行けるメンタルじゃなかったし、人生ちょっとくらいそういうのあってもいいでしょ。だけど、一人で部屋にいてじっとしていたらどんどん辛くなってくるのね。フラれた時の事思い出してわーってなっちゃって、もうどうすればいいのかわからなくて。誰にも相談できないよね、女の子にコクってフラれたけどどうしようなんて。それこそ他の人に知られでもしたら私も彼女も傷付くもん。

 三日して家族にもズル休みしてる言い訳ができなくなって、しぶしぶ学校に行ったんだ。三日も休んでいたからクラスの人達は多少心配してくれたけど、彼女は目も合わせなかった。ケンカでもしたのって訊かれたりもしたんだけど、私も曖昧な答えを返しておいた。なんかさ、このまま親友って思われていた関係も自然消滅させちゃった方がお互いのためにもいいかなって思ったんだよね。

 放課後、図書館で時間を潰してから誰もいない教室に行ったんだ。部活組は一生懸命汗流してる時間だし、帰宅部はとっくに帰ってる時間。ぽかんと空いたその時間に私は窓辺でぼんやり考え事してたんだよね。これからどうしようって。あー、進路の事じゃないよ、これからの自分の恋愛について。

 いやほら、女の子にフラれはしたけど、元々私って女の子だけが好きなビアンってわけじゃないし、普通に男の子でもいいかなって思ってたの。たまたま好きになったのが彼女なだけだったからさ。だから結愛に似た男の人なら同じように好きになれるかもって。気遣いができるクールな人で言えば町田君ってバスケ部の男の子もいたし、率先して行動できるのは野球部の三浦君、優しさと見た目で言えば甲斐君ってのも候補にあがるかな。でも、フラれたばっかだからさ、なーんかみんなしっくりこなかったんだよね。誰を選んでも都合の良い代わりにしか思えなくてさ。

 困ったなぁって溜め息吐きながら身体を前のめりにした途端、ずるって足が滑っちゃってさ、そのままどーん。いやぁ、やばって思った瞬間には落ちてるんだもん。んで、気付いたらこんな感じ。いやだからさぁ、死んでるって実感無いのよね。あー、でも自分が落ちた後の姿って見ちゃったんだけど、ドン引くくらいグロかったよ。あれは忘れられないね、ほんとマジでトラウマ。変な方に首向いて、血吐いてるんだもん。

 自分がこんな感じだから、あっ私って死んだんだってすぐにわかったんだけど、でもこうして意識あるし、たまに誰かと話せるからそこまで絶望しなかったんだよね。だけどね、なんか思い悩んで自殺したとか色々書かれたり言われたりしてさぁ、それだけがもう納得いかないの。結愛も私が死んでからわんわん泣いてるしさ、もうわけわかんない。そんなに泣くならちょっとでも付き合ってよって思ったよね、ほんと。みんな私が話せないからって勝手にあれこれ詰め込んで、弱い悲劇の人っていう風に思われてるのが一番嫌い。私は悲しくて死ぬつもりなんか、これっぽっちもなかったってのに。ただ私がドジ過ぎて足滑らせて落ちただけの、間抜けな話なだけなのにさ。

 だからさ、もし私の知り合いに会ったら私がこう話してたってちゃんと伝えておいてよね。ほんと、変な勘違いされたままってのが腹立つんだよね。あと、もし芳野結愛って人に会ったらこれだけはハッキリ言っておいて、あんたにフラれたから自殺したわけじゃないって。あんたの次を探してたら幸せすぎて間違って落ちただけだって。

 死んだ事にはあんまり後悔なんて無いよ。だって誰だっていつかは死ぬわけだし、生きていてもみんな何とかギリギリ死なないだけで、危うく生きているだけなんだって今になって思うからね。それに後悔なんかしてもどうにもならないしさ。いっぱい後悔して泣いて叫んだら生き返るってんならやるけど、そういうものじゃないでしょ。だから私はいいの。あるがままを受け入れるって大事だよ。生きてても死んでても、自分は自分だからね。

 ……えっ、なんか私見てると死んだのも羨ましいって? ないない、それはない。絶対にそれはないから。だって君みたいに私に気付いてくれる人にしか私はこうしてお喋りできないし、美味しいものも食べれないし、服もずっと同じままだし、それにもう人を好きになる事もできないんだよ。通り過ぎる人を見て格好良いって思っても親しくなれないから好きになんてそんなになれないし、仮になってももう何もできないの。キスも、エッチな事もさ。胸ももちょっと大きくなる予定だったのに、全部未完成のままだよ。やる事、やろうとしてた事たくさんあったのにさぁ。

 ……ん、待ってる人って結局誰かって? あー、そんな事も言ったっけ。あれはまぁ、君を呼び止めるための嘘だよ。可愛い嘘だと思ってよ、ね。だってそうでもしないと、話なんて聞いてくれないでしょ。あれはまぁ、ここ何年かで覚えたテクニックなんだよね。いやごめんてば、そんな顔しないでよ。だってさぁ、私だって本当は生きてたら十六歳なんかじゃないんだけど、あの時から成長ってしないんだよね。だから達観なんてできないの、寂しいって思ったら年相応なんだから。あ、わかってくれた? ほんと? あー、そう言ってくれると安心ってか、嬉しいなぁ。

 ありがとね、話に付き合ってくれて。ま、たまーに気が向いたらまた来てよ。同じ話しかできないんだけどさ、もう。


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