アマゾネスの姫を妃にしたんだけどもう廃妃にしたい
私はテライト王国の国王エディットである。現在は執務室で政務の真っ最中。左右には大臣が控え、意見を聴きながら積み重なった書類にサインをしていた。
結婚に乗じて、先王である父から王位を継いだのだが、その結婚は私にとって苦痛でしかない。今日もそれが始まるのだろう。
そう思うと、無作法に執務室の扉が開いて飛び込んできたものは叫んだ。
「オイてめぇ! この、クソヤロウがァ! 部屋に入るなと言ったろーーッ!?」
でた。我が執務室に入ってきたのは妻のベランナである。自分から入ってきて、入るなもあったもんじゃない。
彼女は容姿端麗、茶褐色の健康的な肉体を余すことなく強調した布地の少ないドレスを着て、男たちを悩殺するいでたちなのだが、どうもこの言葉が悪い。
そもそもベランナは、隣国の広大な領地を持ったアマゾネスの国の姫だった。
アマゾネスの住人は全てが女子で美麗なものが多い。彼女たちは年頃になると自国に自生する木の実を、清められた水で食すと女児を妊娠するのだ。
それを女王が統治していたのだが、男女で交わることでも妊娠することもできるので、近年ではその普通の過程で妊娠し、男児を生みたいと我が国と親交をもち交易しながら婿選びなどするようになってきた。
さらに親交を深め大きな市場を得ようと、女王は娘を妃として我が王室に贈ってきたのだ。
外務大臣を通じて、この美しいベランナを見たとき私は二つ返事だった。彼女の美しさに完全に参ってしまった。彼女は私より三つ年下で18歳だという。彼女も謹み深く黙ったまま赤い顔をしたので心が通じあったと感じた。
幾日かの準備期間を経て、彼女は私のもとにやってきて初夜を共にしようとなった段で彼女は初めて口を開いたのだ。
「おいテメェ。勘違いすんなよ? 指一本でも触れてみろ。一生起き上がれねぇ身体にすんぞ、オラ!」
との言葉に完全に固まった。彼女は政略のために我が王室に渋々入ったのだと理解した。
当然その夜はなにもなく、私は彼女の部屋へ行くこともない。私は彼女に奪われてしまった恋心を政務にぶつけた。
力ずく? 無理無理。彼女は我が国の騎士にだって勝てるほどの身体能力の持ち主だ。アマゾネスという部族はそういうところだ。
彼女の国と友好を結んだ際に、彼の国より数十名の戦士を登用したが、遊びの親善試合で我が国の騎士が一人も勝てなかった。
彼女はそれらの戦士よりも強いらしいのだ。
この恐ろしく言葉が悪く、力も強い姫を完全にもて余すこととなってしまった。
彼女も私が嫌なら自室で大人しくしていて欲しいのに、ことあるごとにこうしてやってきては私を罵倒するのだ。
隣国との関係もあるのでこちらは言われるがままだ。国王とは難儀なものだ。されるがままというのは実に口惜しい。
彼女は挑発的に私を見て笑うと、無作法に持参した焼き菓子を取り出し、それを食べ私にも渡してきた。
「テメェのは毒入りだよ。なんつってな。本気にすんなバカじゃねぇか?」
そういって笑う。私は我慢の限界だった。いつも言われっぱなしでいいものか? 隣国が怒ったってどうだというのだ。
そういう思いに、つい声を荒げてしまった。
「ベランナ! ここは私の部屋で、今私は仕事中だ! ここは君がいていい場所じゃない! 退出したまえ!」
そういうと、珍しく目に涙を浮かべた。しかしまたもや顔を真っ赤にして反撃してきたのだ。
「テメェ! 吐いた唾飲むなよ! いつまでもテメェの部屋だと思うな! 夜道に気を付けろ! テメェの家に火ィ着けてやッからな!!」
大変な剣幕で部屋を出ていった。私と大臣たちは嵐が去ったとばかり、深く深くため息をついたのであった。
◇
政務も終わり、自室に帰ろうと城の回廊を進む間に少しだけベランナのことがよぎった。
言葉は悪いものの、あの初めて会ったときの恥じらった彼女の姿は未だに夢に現れるほど。彼女は私の胸に深く入り込んでいるのだ。
しかし今の彼女は別物だ。彼女は私が嫌いなのだ。その上、先ほどの言葉。「この部屋をいつまでも自分の物と思うな」と言った。ひょっとしたら彼女は、私を亡きものにし、王位簒奪の気持ちがあるのかもしれない。
そう思うといたたまれなかった。彼女を思うのは自分だけ。私は彼女に殺されるのかも知れない。
しかし、あの悪口雑言は私だけでなく大臣たちも知っている。私になにかあれば彼女のせいだと思うものは多いだろう。
そう思いながら、廊下の窓から見える庭園に視線を向けた。そして息を殺す。
そこには蝶のように庭園を遊ぶベランナがいたのだ。
ベランナは美しく、褐色の肌は汗で光り、力強い女神のような神々しさだった。
彼女は時折り、咲き誇る花に手を伸ばし、それを手折っているようだ。
言葉は汚いが、女性であるから花が好きなのだろうと思った。
そう思うと、先ほどまで彼女へと抱いていた悪い感情は小さくなり、微笑ましく彼女を見守った後で自室へと戻った。
それからしばらくすると、部屋がノックされたのでそれを開いた。するとベランナの侍女である。
彼女は挨拶をしてリボンのされた小さい箱を私に手渡して来たのだ。
「王妃さまより、陛下へ贈り物です」
「なに? ベランナから? 中身は?」
「それが分かりません。奥の部屋でお一人で作業してらっしゃいましたので。しかし中身は軽いようです」
なるほどと思った。彼女は庭園にいて花をとっていたのだ。それを箱に敷き詰めて贈ってきた。きっと執務室でのことを詫びたいのだと思った。
「なるほど。王妃の気持ち、たしかに受け取ったぞ」
「分かりました。そのようにお伝え致します」
私はそれを見送ると、机に箱を置いてリボンを解いて中を見た。
「うわッ!!?」
私は箱を地面へと叩き付け、身を引いて警護騎士を呼ぶ。
「陛下! いかがいたしました!? うわ!!」
そこには、おぞましい虫がモゾモゾとうごめいていた。きっと庭園でとったのだろう。
私は吐き気を催しながらも耐えた。そして外務大臣であるティナを呼ぶように言った。
◇
ティナは、私より五つ上の女大臣である。メガネをかけ長い銀髪をまとめている。細身の長身で、まさに文官といった感じであった。
ティナは呼ばれるとすぐにやってきた。
「お呼びですか陛下。おやこれは……」
彼女は床に転げた箱を見た。警護騎士が火箸をもって這いずり回る虫を集めて箱に戻しているところであった。
私はティナへと命ずる。
「ティナ。王妃のことだが、私はもう限界だ。彼女を国に帰すことを模索して欲しい」
「え!?」
彼女はすっとんきょうな声を上げて驚いた。私はベランナが贈ってきた箱を指さして叫ぶ。
「王妃は、こんな毒々しい虫を嫌がらせで贈ってきたのだぞ!? それから常々私へする言動は無礼極まりない! もはや許しておけん! お前が持ってきた縁談だが、こんな女だと思わなかった! なんとかいたせ!」
ティナはしばらく考えてから、私を座るように促し、自分も対面に椅子を用意してゆっくりと語りだした。
「なるほど。王妃さまを廃するということは外交上厳しいことではありますが、陛下の命とあらば、私は身命をとして叶えましょう」
「ああ、そうしてくれ。もう私には手におえん」
「しかし、陛下にいくつか質問がございますがよろしいでしょうか?」
「かまわん。申せ」
ティナは床に転げる箱を指さした。中にはすでに騎士によって始末されたおぞましい虫が入っている。
「これは隣国の貴族が、男性へと『今夜これで精を付けて子作りしましょう』という誘いの贈り物ですが、陛下はこれがお嫌なだけですか? であるなら、私が王妃さまにそれをやめるように伝えるだけで済みそうな話でもありますが……?」
「はぁ!?」
なんだと? ティナは今、なんと言った? ベランナが私と子作り??
「そんなわけない。ベランナは私を嫌っているのだぞ?」
「なぜでしょう。王妃さまは、初めての顔合わせの時に、私に陛下はとても凛々しくて品があって好きになってしまった。嫁いでいくのが楽しみだとおっしゃってましたが」
「ないない。それはない」
「そのわけをおっしゃってください」
それはティナの前でいい子ぶっていただけであろう。彼女はアマゾネスだ。女のほうが好きなのかもしれない。
私は今までのベランナの言動をティナへとぶつけた。
「ベランナは、一番最初の二人きりの夜に『おいテメェ。勘違いすんなよ? 指一本でも触れてみろ。一生起き上がれねぇ身体にすんぞ、オラ!』と言ったんだ。私が嫌いな証拠だ!」
ティナはそれに、メガネを上げながらため息をついて答える。
「なんてこと? 王妃さまは、まだこの国の言葉を知らないから自国の言葉でおっしゃったのね。私は彼の国の言葉を知ってます。『オイテメー』は、高貴なお方を指す言葉です。『カンチガ イスンナヨ』は、私は初めてなのでというニュアンスですね。全部翻訳致しますと『英邁な国王陛下、私は男性と交わるのは初めてなので少し怖いです。ですが全てを委ねますので、どうぞよろしくお願いいたします』という意味になりますね」
私は口をパクパクさせながらそれを聞いていた。いやいや、そんなハズはない。
「だっていつも怒った口調だぞ? この虫だって……」
「そういう文化です」
「夜道に気を付けろ、テメェの家に火ィ着けてやるからなって言ってたぞ?」
「『どうしましょう。陛下の言葉がよくわからない。でも怒ってるみたい』って感じですかねぇ……」
私は頭を抱えた。
え? なに? ベランナは自分の国の言葉で話してたってこと? 我が国の言葉だとばっかり思ってた。つーか、そんなことある?
私がなにも言わないと、ティナは警護騎士へと命じた。
「これ。陛下は王妃さまをお呼びです。すぐさまここへ来るようにお伝えして」
「お、おい……」
警護騎士は、頭を下げてベランナの部屋へ向かったようだった。
彼女は少しだけ時間がかかった。その間ティナは侍女たちに命じて椅子とテーブルを用意させた。
やがてベランナは、この部屋にやってきて、無作法に私の目の前の椅子に座って声を荒げた。
「おいテメェ! シケた面してなんのようだよ。覚悟はできてんだろうなァ!?」
相変わらずだ。私は眉を潜めたが思い出した。『おいテメェ』は高貴な人への尊称だった。
そこでテーブルを挟んで私とベランナの座る中央の席に腰掛けたティナが穏やかに通訳する。
「『英邁な国王陛下。お呼びとあったのに遅れて申し訳ありません。一度寝巻きに着替えてしまったものですから』」
は、はぁ? そう言ってたの? たしかに全然違うじゃないか! でも、なんて控えめな意味なんだ。この無作法なベランナから感じられないぞ?
なるほど。そういう文化だからか……。
私はティナのほうを向いてベランナへの言葉を話した。
「ベランナ。君の言葉が全然分からなくて、君を不安にさせてすまない。私の努力不足だ」
そういうと、ティナはベランナへと言葉を伝えてくれた。
「『ベランナ。この腐れアバズレ! お前のせいで俺は悩んだんだぞ! ただじゃおかねぇぞ、このアマっこ!』」
ホントに伝えてる? なにその言葉。めっちゃ挑発してるように思うんだけど?
すると、ベランナは顔を手で覆って泣き出しながら叫んだ。
「おいテメェ! よく言ったな! 我慢の限界だ。テメェ殺して王国乗っ取ってやる!!」
大丈夫ティナ? ちゃんと翻訳してるの? なんか外交問題どころか、国家存亡の大問題になってるけど?
だがティナは冷静に翻訳する。
「『英邁な国王陛下。私、怖かったです。頼る人も陛下しかいなくて。だから間違えてお仕事の邪魔をしてごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』」
ホントに三回『ごめんなさい』って言ってる? 『王国乗っ取ってやる』あたりかなぁ? 多分一生わかんない。アマゾネスの言葉。
でもこの感じ。初めてベランナとあったときと同じだ。彼女は私を頼って、そして好いていてくれていたんだな。
「彼女に『愛してる』と伝えてくれ」
ティナはそれを聞いて笑顔になり、ベランナのほうを向いた。
「『おい。俺と寝ろ』」
な、なに? そのストレートな言葉。真面目にやっているのかティナ?
それを聞いたベランナは、しおらしくテーブルに突っ伏して泣き出しながらこういった。
「うるせー! テメェこそ俺と寝やがれ!」
えーーー!! えっと、これは多分、テメェは『陛下』で、俺と寝ろは『愛してる』だから……。
「陛下。王妃さまからのお言葉を伝えます。『私も陛下のことをとっても愛しております』とのことです」
やっぱり。なんかちょっと分かってきた。私は立ち上がって、彼女に向かって両手を広げた。
「ベランナ。おいで」
「『ベランナ。パンツ見せろ』」
パンツ見せろ? 超セクハラ。
だがベランナは立ち上がって私の胸に飛び込んできた。
「テメェ、首へし折ってやる。そして王国乗っ取ってやる~~~ッ!」
「『陛下、ありがとうございます。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』」
やっぱり。『王国乗っ取ってやる』は『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』なんだ。
はは……。言葉は通じなくてもなんてかわいらしい。知らないとはいえ、彼女を嫌いになりかけた自分を殴ってやりたい。
外国から来たんだから当たり前だろ。私は最初からティナに相談するべきだったんだな。言葉が分かると思い込んで放置してしまった。私の責任だな──。
それから十年の月日が流れ、私はベランナとともに、庭園を歩いている。そばには私に似た王子が二人。ベランナに似た小さな王女がいた。
「いやだ。またその話ですの?」
「はは。いいじゃないか」
今では我が国の言葉をすっかり覚えたベランナが頬を押さえる。私はベランナが昔、母国語を使っていて怖かった話を時折するのだ。
彼女は前のように露出の多いドレスではなく、この国の貴婦人が着る落ち着いたドレスを纏うようになっていた。彼女はこの国に馴染んだのだ。
「恥ずかしい。故郷の言葉とこの国の言葉が全然違う意味になるなんて。あんなこと陛下に言ってたなんて、今じゃあり得ないですわ」
「ははは。でも笑い話だ。思い出すととっても可愛いよ」
「もう。陛下のいじわるぅ」
私たちの歩調など気にせずに、子どもたちは侍女を引き連れてあちらこちらを遊び回っている。
私たちの回りに人がいなくなり、二人きりになったところでベランナは庭園の花に手を伸ばす。
しかし手に持っていたのは例の虫。それを私の口へと近づけてきた。
「はい。陛下、あ~ん」
「よ、四人目? でも虫はいいや。お腹すいてないし」
私は顔を引いた。ベランナは好きでもこの虫は嫌い。食べたこともちろんないし。
ベランナは残念そうにうごめく虫を眺めていた。
「美味しいのに」
そう言ってベランナは虫を花のほうへと戻した。
しかしアマゾネスの文化は情熱的だ。こうして女性のほうから誘ってくるのだから。
私は彼女の腰を抱いて自分のほうに引き寄せた。
「ベランナ。オレ トネロ」
「まぁテメェ。オマ エコソ オレ トネロ」
そう言って微笑みあった。