初めてのカブキ
ユーラはオペラ座の一番高い席をとってくれた。
ボックス席から見るなんて初めてだ。僕もそれなりの服装をしてきたけどユーラの黒いスーツがとても格好良い。僕もこういうのが着たかったな。
カブキの演目は異母兄から逃げる弟とその部下の道中の話らしい。ストーリーはよく理解できなかったけど、迫力ある演者の表情や仕草、話し方。そして不思議な音楽、舞台演出、初めてのカブキはドキドキしっぱなしだった。
「僕たちの知る世界とは全然違うところなんだろうね。ますますヤ-パンに行ってみたくなったよ。」
僕たちはカフェに入ってさっきの舞台の話をする。
「あの国には、能や狂言といった独自の伝統芸能が今も残っていてそれぞれに面白いんだ。独特の世界観だろう?」
「うん…まだドキドキしてる。連れてってくれてありがとう、ユーラ」
「どういたしまして。妹は芸術関係にまったく興味がないからいつも一人で行ってたんだけど、一緒に見に行くと感想を言いあえていいね。」
「うん、楽しい、ありがとう!」
「ところで…」
「うん?」
「フリッツと、何かあった?」
「え?」
「リネア、フリッツを意識してるよね?」
「…」
言うべきなんだろうか?言ったらフリッツを困らせることにならない?でもユーラは友達…あれ、つき合わないかって言われてたよな?言わない方がいいのかな?でも…、言った方がいい気がする。
「意識…してる。数日前から。」
「キスでもしたの?」
「なんで分かるの?!…あ…」
…言っちゃった。
「相手が君だからね、お持ち帰りはしないと思って。」
「ユーラにはかなわないな。」
「そう、私にはかなわないよ、リネア」
そう言ってユーラは僕の首筋にキスをした。
「ユーラ…」
僕はユーラから離れた。
「フリッツと今のうち楽しんでおくといい。ヴィルフリートもそろそろ帰ってくるだろうし。」
「…」
「でもね、いつか君は私のところに来る。フリッツでもヴィルフリートでもなくね。」
目が笑ってない。本気だ…。
「どうして、そう思う?」
「私には分かる。」
「美形で頭がいいから?」
「ハハッ!…そう思ってくれてるんだ?」
「…思ってる。」
ユーラが僕の手を握る。
「…もうすぐ新学期だね。」
「うん。」
「クラス、離れなくないな…。」
そう言ってユーラは僕の肩に寄りかかった。
何故か、抵抗できなかった。
帰宅すると、ホールの前でフリッツに会った。
待っていたのかな?
「そんな格好で、どこへ?」
僕はこちらに来てからずっとトラウザ-ズにシャツの姿だったけど、オペラ座の一番良い席と知っていたから久しぶりに令嬢らしい服装をしている。変だったかな…?
「オペラ座だよ、カブキを見てきたんだ。」
「ミハイルと?」
「うん。」
フリッツは僕をじっと見た後、無言でホール横の部屋に僕を引っ張りこみソファーに座らせた。
「…フリッツ?」
明らかに怒ってるのが分かる。
「…怒ってるのか?…友達と出かけてもいいって言ったじゃないか。」
フリッツは僕の首筋に指を当てた。
さっきユーラにキスされたところ…?
「友達として…?」
「なんだよ」
「お前は友達にこういうことさせるのか。」
「何?」
「キス」
「へ…?何で?」
「ついてる。跡。」
へ…?何それ、そんなことしたの、ユーラの奴め。
「どうやってつけたんだろ?」
僕は首をさわる。
「…気を付けろっていったはずだよな?」
「言いました。」
「お前は隙がありすぎる。」
「…。」
フリッツは横を向いたまま黙ってる。
どうしたらいいんだ?
「フリッツ…昨日行かなかったことも怒ってる?」
「…怒ってたけど、それについては今は怒ってない。」
「よかった。朝、変だったからさ…。」
フリッツの顔が赤くなる。僕もつられて恥ずかしくなった。今朝の夢を思いだした。
フリッツはまた無言だ。
「今日は口数が少ないんだね。」
「お前といると、いろいろ想定外のことが起こるから対応に困ってるんだ。はぁ…もうすぐ寮に移らなきゃならないし、気が重い。」
「僕も特別な寮に入れて貰えるんだっけ、国賓クラスの子女が入る。…なんか気が引けるな、ヴィルはともかく僕は完全にアウェイだ。」
「…お前の場合、一般女子寮に入った方が喜びそうだな。」
「恥ずかしくて無理だよ。…ユーラは?」
「あれも同じ寮だ…。」
「そっか…。」
「…」
また沈黙…。どうしたんだ、今日のフリッツは。
「そういえば、帰ってきたときホールで会ったの偶然?」
「いや、待ってたんだ、お前を。見せたいものがあって。」
「何?」
「部屋に行くぞ。」




