セムラの誘惑
あれから何度もヴィルは僕を訪ねて来るようになった。
ヴィルにいろいろ勘ぐられそうだったから、アンには体調が悪いと毎回断ってもらっていたが、ついにうちの両親にばれて不敬だと叱られ会わざるを得なくなった。
あいつ…、卑怯だ。裏から手を回すなんて。そういう奴だよな、昔から。
…絶対何か感づいてる。
「こんにちは リネア・エステル。体調はいかがですか?」
「…まだ本調子でなくて。あまり長い時間はお会いできないかと。」
手短にすませてもらいたい。
「それは残念だな。せっかくパティスリー・ラーソンのセムラを持って来たのに。」
「えっ!!?」
あのラーソンのセムラ?!1日限定100個しかつくらなくて、朝から何時間も並んで買うという?
セムラはこの国の甘いパン生地の中にマジパンや生クリームがぎっしりつまったお菓子だ。ヴィルが昔買ってきてくれて、めちゃくちゃ美味しかったのを覚えている。
「体調が悪いのでは仕方ないですね、残念ですがこれは処分するしかなさそうです。僕も失礼しますね。」
「ま…まって!!…じゃないっ!お待ちください!…なんだか今日は大丈夫な気がしてきました。
アン、殿下と私にお茶を入れてくれ…くださるかしら?!」
アンが物陰で震えてる、…この笑い上戸め。
「しょ…、承知しました。」
ヴィルが一瞬笑った気がした。
アンがコーヒーを入れてくれる。ヴィルと僕はソファーに座った。
「…ところで、今日はどう言ったご用件でいらっしゃったのですか?」
「親友の妹にお会いしたかっただけですよ、それだけでは会いにくる十分な理由になりませんか?」
なんだこのキザったらしいセリフは。本当のことを言えっ。僕を疑ってるって…。いや、言われたら困るのは僕だ。
「いえ、殿下はお忙しいと存じておりましから。」
「リネア・エステル。リネアと呼ばせてください。それから、僕のこともヴィルと読んでください。殿下だなんて堅苦しい。」
なんだこいつ?!何言っちゃってんの?気持ち悪すぎだろ。
アン…、笑ってないでどうにかしてくれよ!!
「そ、そんな、恐れ多いことできません。」
「どうして?僕はあなたともっと仲良くなりたいと思っています。」
僕はなんて言っていいか分からず、とりあえずセムラを口に入れた。
あっ!!この味だ!昔ヴィルと食べたセムラの味。
「ん~!久しぶり!!このクリームが本当に美味しいんですよね!バニラビーンズが隠し味に効いていて!!」
「そうでしょう。」
ヴィルが嬉しそうに笑う。
ふぅ。うまく誤魔化せたみたいだ。喋ってボロがでるといけないからこのまま食べ続けて適当に帰ってもらおう。もう菓子に釣られてヴィルと会うのは今日限りにしないとな。
「そこの侍女たち」
ヴィルがアンたちを呼んだ。
「はいっ」
「リネアと二人にしてくれるかな?」
「は、はい、承知しました!」
「で…殿下?」
ヴィルは人払いを済ませ、優雅にコーヒーを飲んでいる。
こいつ、どういうつもりだ?
「このセムラはね、普段クリームの隠し味にブランデーを使っているんですよ。」
ヴィルが僕の目を見つめる。
嫌な予感…
「そ、そうでしたか。それは知りませんでした。」
「でもこれは隠し味にバニラビーンズを使っています。どうしてか分かりますか?」
心臓がドキドキしてきた。狙われた獲物の気分だ…。
ヴィルがすごく楽しそうに悪い顔をしている。
これはこいつが僕にいたずらする時の顔だ。
やばい…。
「さぁ…。王室御用達だからでしょうか?」
「僕の親友がブランデーの味が苦手だと知っていたので、僕が特別に作らせたんですよ。」
「…この意味…分かるよね?
このセムラは僕と君しか食べたことがないってことだよ。」
ひっかかったーーー!!
最初から僕を試す為にここに来ていたんだ!
どうして気づかなかったんだ!!
「もう少し僕を楽しませてくれると思ったのに、相変わらず君は甘いね。いや、僕がもう少し知らないふりをするべきだったのかな。」
「…」
言葉がでない。
「…さあ、答えあわせをしようか?
リネア・エステル…、
いやオスカル・ヨハン・カールソン」




