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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
序章
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2.変態、襲来。

シリアスシーン終了のお知らせ。

「うわー!!」

《うわあああ!?》


 突然雄叫びのような声が響き、ラズライトは思わず悲鳴を上げる。

 一瞬前まで何の気配も──少なくとも自分の感覚では──無かったはずなのに、何故こんな至近距離に人間が現れるのか、全く理解が追い付かない。

 しかもその人間は、こちらを見て目を見開いて──いや、目を輝かせている。


「うわー、ホンモノのドラゴン!? マジ!?」


 ガサガサと茂みをかき分け、驚愕に固まっているラズライトに駆け寄って、何故か涎を垂らしそうな表情で掲げた両手をわきわきと動かす。


「ねえ、触って良い? たてがみとか、ウロコとか、角とか!」

《な、》


 やばい、変態だ。


 直感して、助けを求めて伝令カラスを見遣る。

 すると人間はこちらの動きに釣られたようにノラを見遣り、また目を輝かせた。


「うわ、伝令カラスも居る! ドラゴンと伝令カラスは仲が良いって本当だったんだ」


 なお、その手は怪しく動きっ放しである。


「ねえねえ伝令カラス、触って良い? 体のどこかに一枚だけ銀色の羽根があるってホント?」

《え、何それ知らない》

《いや、無い無い。んな羽根無い》


 ラズライトが思わず素で人間の言葉に食いつくと、ノラは即座に首を横に振った。

 さり気なく人間から距離を取ろうとしているあたり、ノラもこの人間をダメなやつと認識したらしい。


 が、人間の興味がノラに向いたのを良いことに、ラズライトはそっと呟いた。


《僕も見てみたいなー、銀色の羽根》

「おっしゃ任せろー!」

《ぎゃあああ!?》


 瞬間、人間がノラに飛び掛かった。

 わしっ!と伝令カラスの胴体を掴み、軽々と持ち上げる。


「おおおおお、すっごいツヤツヤ」

《ちょっちょっちょっ》


 ノラは必死で逃れようとしているようだが、真顔で腹を観察している人間の手はびくともしない。


「んー、腹側には無いなあ。ちょっと右の翼広げてくれる?」


 数秒もしないうちに、人間はあっさりとノラを地面に降ろした。

 抗議する間もなく要求され、ノラはサッと右の翼を広げる。


《…って、アレ?》


 付き合いの良い伝令カラスが我に返った時には、人間は右の翼を掴んで風切り羽根を一枚一枚確かめていた。


 途端に静かになった人間を、ラズライトはようやく落ち着いて観察する。


(…変な人間…)


 魔導銀(ミスリル)を思わせる、青色掛かった銀の短髪。翠銅鉱のような青味の強い緑の瞳。

 あまり凹凸の無いすらりとした体つきのせいで男性か女性か判断に迷うが、声の調子から女性と知れる。まだ若い。


 ただし、全体にくたびれた旅装と、それなりに整ってはいるがあまり華やかさの無い顔立ちが相まって、色気らしい色気はほとんど感じられないが。


「む、今何か失礼な事言われた気がする」


 パッと顔を上げてこちらを見てきた人間に、気のせいでしょ、と返し、


《で、銀色の羽根は見付かったの?》

「いや、まだ。──ハイ次左の翼ね」

《…なんでだー…》


 素直に反対の翼を広げながら、ノラが呻く。

 そのまま、左の翼、尾羽、のどの下、背中を確認、最後に後頭部の羽毛をかき分けた人間は、パッと表情を輝かせた。


「あったー!」

《なぬ!?》


 あると思っていなかったノラが驚きと共に振り返ろうとするが、丁度人間の手に首を拘束される形になり、ぐえ、と変な声を上げる。


《いや、後頭部は自分じゃ見えないでしょ…》


 思わず突っ込む。そのままひょいと覗き込み、


《あ、ホントだ、一枚だけ銀色》


 伝令カラスの後頭部、厳密には延髄と言うか、首の後ろ側。

 艶やかな黒の羽毛の中に、キラリと光る銀色の羽根があった。形は周囲の黒色の羽毛と全く同じで、本当に丁寧にかき分けないと見付けられないサイズだ。


「すっごいキレイ…」


 伝令カラスの首を絞める形になっているのに気付いていないのか、人間はきらきらとした顔で銀色の羽根を見詰めている。


 そして、


「………これ引っこ抜いたら魔法が使えなくなるってホントかな……」


 大変不穏な台詞を吐いた。



《!?》


 瞬間、伝令カラスの魔力が膨れ上がり、突如として暴風が吹き荒れる。

 わっと声を上げて飛び退った人間を、風魔法を纏って浮かび上がった伝令カラスが睨み付けた。


《いきなり何言い出すんだお前はー!!》


 大層お怒りだが、若干涙目である。


「ごめんごめん、冗談だって」


 対する人間は、へらりと笑って謝罪した。全く緊張感が無い。

 ところで──


《…で、君、何なの?》


 ラズライトが問い掛けると、人間はきょとんと首を傾げながらこちらを向いた。


「何って…見ての通りの旅人だけど」


《普通の旅人はこんな森の奥まで来ないし、僕の姿(ドラゴン)を見て嬉しそうに駆け寄って来たりしない》


 半眼で指摘すれば、伝令カラスが風魔法を解き、近くの木の枝に留まって頷いた。


《確かになー。お前、変だわ》

「まあ変である自覚はある」

《……自覚、あるんだ…》


 ラズライトが呻くと、人間は重々しく頷いて、


「でも自重する気は無い」

《いやそこは自重しろよ!》


 胸を張るな!と、ノラの突っ込みが飛ぶ。


 が、人間は本当に自重する気は無いらしく、再び手を怪しく動かしながらラズライトに向き直った。


「で、次はそっちだけど。触って良い?」

《ヤだ》


 今度はこちらも余裕があった。すっぱりと断ると、ええ、と不服そうに唇を尖らせる。


「せっかくの機会なのに」

《何がせっかくなのか全然分かんないけど、知らない奴に弄り回されて喜ぶ趣味は無い》

《…オレを生贄に差し出したくせに…》


 恨めし気なノラの呟きは無視する。


《そもそも君、どうしてこんな所に居るのさ。ここは街道からかなり離れてるし、特に人間が好むような物も採れない。来る理由が無いんだけど》


 この森自体は街道沿いに位置しているが、人間の足だとここまで来るのに街道から森に入って数時間歩く必要がある。

 その街道自体も小さな村と中規模の街を繋ぐもので、人通りが非常に少ない。

 森に高値で売れる希少植物が自生しているわけでもない。


 ラズライトが改めて指摘すると、人間はぽりぽりと頬を掻いた。


「うんまあそうなんだろうけどさ。ちょっと森の中を探索してたら話し声が聞こえたから、誰か居るのかなーと思って」


 どうやら、偶然ノラとラズライトの会話が耳に入っただけらしい。それ自体はおかしな話では──



──いや。


《…ちょっと待って。話し声が、聞こえた?》

「うん」

《僕と、こいつの声が、両方とも?》

「そう」


《………僕ら、念話で話してたのに?》

《うえ!?》

「?」


 ラズライトの言葉の意味を理解して、ノラがあんぐりと口を開ける。

 首を傾げる人間は、どうやら気付いていないようだが──


(…伝令カラスとドラゴンの念話を聞き取れる人間なんて、居るの?)


 念話とはつまり、テレパシーのようなものだ。

 最大の特徴は、念話を使えば他種族とも会話が可能になるという事だろう。

 原理は不明だが、それぞれ独自の言語を持っていたとしても、念話ならば会話が成立する。

 もっとも、その種族独特の表現のせいですれ違いが起きる可能性はゼロではないが。

 ただし会話が成立するのは、相手に伝えようという意図を持って念話能力を使った場合だけだ。

 普通なら、念話で交わされる会話を第三者が『聞き取る』ことは出来ない。


 ──よほど、念話の使い手と波長が合わない限りは。


《ほっほーう》


 伝令カラスが嫌らしい笑みを浮かべた。


《つまりこの人間は、お前とものすごく波長が合うと》

《可能性は否定しないけど、君の『声』も認識してたって事は君とも同じくらい波長が合ってるって事だからね》

《やめろ、怖い!》


 ラズライトが平坦な声で指摘すれば、ノラは悲鳴を上げた。

 行動が唐突過ぎて言動も怪しい人間と波長が合うと言われても、全力で否定申し上げたい。


「波長が合うと念話を聞き取れるの?」


 当の人間は、きょとんとしたまま訊いて来た。

 基本的にはね、と頷けば、片眉を上げて首を傾げる。


「でも私、大体の『声』は聞こえちゃうんだけど。肉声念話問わず」


《は?》

《へ?》

「まあ普段は無視してるけどね」

《…》


 うるさくてねー、と平然と言い放つ人間。

 ラズライトは、思わずノラと顔を見合わせる。


《そんな事ってあるのか?》

《いや、でも、ドラゴン(ぼく)と伝令カラス(きみ)の両方と同時に波長が合うってまず無いし。波長が合ってるんじゃなくて、元々全部の会話を拾っちゃう変態って考えた方が辻褄は合うかも》

《なるほど、変態か》

「君ら大概失礼だね」

《出会って数秒で全身くまなく調べ回してたやつに言われたくない》

「ふははは」


 ノラの反論に、わざとらしく笑い声を上げる変態もとい人間。

 笑い方が非常に悪役っぽい。


(でも、聞こえるってのは本当みたいだね…)


 今のノラとのやり取りは、ノラだけに伝わるように意図的に念話対象を絞っていた。ノラの方も同じだったはずだ。

 にも関わらず、人間は簡単に会話に加わって来た。認めるしかないだろう。



 ところで──


《…で、君、何でさっきからじりじりこっちに近付いて来てるの?》


 人間は、先程飛び退った地点から、なめくじのような速度でじわじわとラズライトとの距離を詰めている。

 足先の動きだけで移動していて、一見その場に突っ立っているだけのように見えるのが余計に怖い。


「え、そりゃ勿論、ウロコとか、角とか、たてがみとかを触らせてもらうためだけど」


 ラズライトの問いに、人間は真顔で応じた。なおその間も少しずつ近付いている。


《イヤだって言ったじゃないか》


 じり、とラズライトが後退ると、人間はキラリと目を輝かせた。


「良いと! 言うまで! 近付くのをやめない!」

《気持ち悪い!》

《なあそれ、良いって言っても言わなくても近付いて来られるって事じゃねーの?》


 ラズライトの叫びをよそに、さり気なく一段上の枝──つまり人間の手の届かない安全圏に退避したノラが指摘する。


「あらバレた?」

《そりゃな》


 何故か息ぴったりの一人と一羽。

 どっちみち迫って来られるという未来を示され、ラズライトはぞわ、とたてがみを逆立たせた。



 と──


(…ん?)


 意識の端に、近付いて来る複数の気配が触れた。




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