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丸耳エルフとねこドラゴン  作者: 晩夏ノ空
序章
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1.ねこドラゴンと伝令カラス


 ざわざわと、木々を微かに揺らす風。


《なー》


 高い樹冠からわずかに降り注ぐ陽光。


《おーい》


 鬱蒼と茂る植物の、濃密な匂い。


《無視すんなよー》


 昼でも薄暗い森の奥は、とても静かだ。



《無視するなってば、『ねこドラゴン』!》


 瞬間、『彼』は『そいつ』を魔力の波で絡め取り、苔むした地面に問答無用で押し付けた。


《むぎゅっ》

《うるさい》


 冷ややかな声を発して、『彼』はじたばたともがく『そいつ』を見遣る。


《くそ、放せよ、暴力はんたーい!》

《あー、今日もいい天気ダナー》


 わざとらしく空を見上げると、木漏れ日が直接目に入った。結構眩しい。


《伝令役を虐待するなんて、前代未聞だぞ!》


 甲高い『声』でわめかれて、『彼』は仕方なく魔力を霧散させた。ばたばたと大仰な羽音を立てて再び自分の眼前に飛び上がった『そいつ』に、ジト目で応じる。


《誰も伝令なんて頼んでない》


 すると『そいつ』は、『彼』の言葉を鼻で笑った。


《ふふん。俺はお前のトコの族長から頼まれてんの。お前が頼んでるかどうかは関係ないわけ。OK?》

《はいはい、要はヒマなんだろ》

《暇じゃないやい!》


 ぎゃーす、と叫ぶ『そいつ』の声を、明後日の方を向いて聞き流す。

 しかし相手は慣れたもので、そんな反応も気にせず言葉を続けた。


《で、その族長からな。『いい加減帰って来い』だとさ。いやー、愛されてんじゃねーの》


 わざとらしく語尾が上がるのに、『彼』は半目と溜息で応えた。


《愛じゃなくて体面と実益気にしてるだけだろ。誰がこんな飛べもしないドラゴン必要とするのさ》


 どうしようもない自嘲が混じる。


 金属のような光沢を持つ空色の鱗、太い爪、やや細身の体に、後頭部から背中に掛けて生える白いたてがみ。

 色合いこそ少々珍しいが、『彼』は正真正銘、ドラゴン──それも、ワイバーンや地竜といった亜種と呼ばれる種族ではなく、『真性の』ドラゴンだ。



 だが『彼』には、致命的な欠陥があった。


 ──体格に比して、小振りな翼。どんなにそれを羽ばたかせても、『彼』の体が宙に浮かぶことは無い。



 飛べないドラゴン。



 言葉通り、『彼』は空の覇者(ドラゴン)でありながら、空を知らないのだ。


 ただ、『彼』は代わりに、他のドラゴンたちには無い能力を持っていた。

 だからドラゴンの棲み処を出て単独行動を取っていても、危険な目に──例えば、冒険者に見つかって討伐対象扱いされるとか──遭わずに済んでいる。


《まーたお前は…》


 自虐的な言葉を聞いた『そいつ』が、呆れたように溜息を吐く。


《それを承知で『帰って来い』って言ってくれてるんだからさー、ちょっとは考えてやっても良いんじゃねーの?》

《イヤだね》


 即座に拒否し、ずいっと顔を近付ける。


《大体、ここから棲み処までどれだけ離れてると思ってるのさ。飛べる連中ならまだしも、僕じゃリスクが高すぎる。それとも──『伝令鳥のノラ』、君が運んでくれるとでも?》


 詰め寄ると、『そいつ』──『伝令鳥のノラ』は、黒く艶やかな羽をそそくさと折り畳み、地面に降りてあからさまに視線を逸らした。


《いやー、俺はほら、ただの伝令役だし》


 ちょっと──いや、かなり大きいカラス。ノラの姿を端的に表現するなら、そうなる。

 具体的には、翼を広げた時の端から端まで、約1.5メートル。

 ここまでのサイズになると飛び立つだけでも相当な労力が必要になるはずだが、『伝令カラス』と呼ばれる彼らは、魔力で風を操って、体重など無いもののように自由自在に空を飛び回る。


 ただし当然ながら、全長3メートルを超えるドラゴンを空輸するのは不可能だ。


《伝令役なら伝令役らしく、変に食い下がってないでさっさと報告に戻ればいいだろ。族長のお言葉は確かに伝えましたーってさ》

《んな報告したら俺が怒られるだろ》

《じゃあ戻らずにそのままどっか行けば?》

《おう、その手があったか──ってもっとダメだろそれは!》


 納得したと思ったら、すぐに突っ込まれた。

 この伝令カラス、口は悪いし態度も横柄なくせに、仕事に関しては真面目なのだ。

 何故か。


《おいラズライト、今失礼な事考えてるだろ》

《事実を事実として並べ立ててるだけだから問題ないと思うけどね》


 『彼』は、ノラの鋭い指摘に平然と応じた。


 天藍石(ラズライト)──飛べないドラゴンにとって、この上なく皮肉な名前。


(帰って来いって言ったって、あんな場所、飛べなきゃ帰れないじゃないか)


 ドラゴンの生息地はここから遥か北、3000メートル級の山々が連なる山脈の奥地だ。


 長い年月をかけて風雨や氷雪に削られた岩肌は鋭くも滑らかで、それこそ、飛べない者が足を滑らせようものなら数百メートル下の谷底に一直線。

 そんな木々も生えない高山帯の頂上付近、わずかに拓けた平地が、ドラゴンの棲み処となっている。


 飛べないこの身で、山を下りるのは簡単だった。ほとんど転がり落ちたようなものだ。


 登れないと気付いたのは、その絶望的なまでに切り立った岩壁を、初めて麓から見上げた時だった。


 ドラゴンは本来、棲み処の外へ出る事は無い。だから族長も、飛べない身であの山を登る事は不可能だと気付かないのだろう。

 あえて説明する気も起きないが。


《とにかくさー、何か族長に伝える事ねーの? できればあのお方の機嫌を損ねない感じで》

《僕は元気です。帰る気はありません。構わないでください。以上》

《冷たっ!》

《『元気です』ってちゃんと言ってるだけマシだと思う》


 淡々と応じると、ノラは再びばさばさと飛び上がる。


《いやいやいやいや、実の親に向かってそれは無ぇよ。オレそんな事息子に言われたら泣いちゃうよ? マジ泣きだよ?》


 ついこの間子どもが──雛が生まれたというノラが、大仰な仕草で首を横に振る。雛の事なら1時間でも2時間でも語れるこの伝令カラスなら、確かに本気で泣くだろう。


 ラズライトは正真正銘、ドラゴンの族長の実の息子だ。

 その事実は、『飛べない』という彼のコンプレックスを増大させる一要素にしかならなかったが。


《向こうはこっちを息子と思ってないだろうから大丈夫でしょ》


 フン、と、斜に構えて吐息する。その吐息をサッと横に飛んで避けた伝令カラスは、空中に浮いたまま、器用に小首を傾げた。


《お前、ホントに悲観主義者(ペシミスト)だよなー。やっぱアレか、前世の記憶持ち(ネコ)だからか》


 ネコ。正確には、『あちらの世界で『ネコ』と呼ばれる』存在。



 ──ネコという生き物には、秘密がある。


 記憶を保ちながら、転生する事で『あちらの世界』と『こちらの世界』を行き来する。


 転生自体は、『あちら』と『こちら』の間ではさほど珍しい事ではない。が、前世の記憶を保持しながら、となると、途端にその数は少なくなる。


 その数少ない例外が、ネコだ。


 『あちらの世界』でネコとして生まれた魂は、その記憶を持ったまま『こちらの世界』に転生する。

 厳密に言えば、特殊な魂の持ち主だけが、『あちらの世界』でネコとして生きる。

 理由は分からない。

 ただ事実として、ラズライトは『あちらの世界』でネコとして生きた記憶を持ち、ついでに言えばその前の生、『こちらの世界』で別の生き物として生きていた頃の事も、さらにその前の『あちらの世界』での猫生の事も、薄らではあるが覚えている。


 もっとも、それはラズライトに限った話ではなく、


《君もネコのくせに、やたらと楽観主義者(オプティミスト)じゃないか》


 指摘すると、ノラはふふんと胸を張った。


《そりゃあ、オレだからな》

《野良猫時代に膝に乗せてくれた女の子に一目惚れしたのにその子に彼氏ができて失恋した結果傷心旅行に出たネコは言う事が違うなー》


 平らな声で言う。途端、ノラはバランスを崩して地面に落ち掛けた。


《おまっ、古傷を抉るなよ!》


 なおその後、猫好きのマダムに拾われてベタベタに甘やかされた一生を送ったらしいが。


 全てノラ自身が話していた前世の出来事である。今生は伝令カラスとしてあちこち飛び回っているあたり、野良猫の性を最大限活かしているとも言える。


 前世の記憶を持っているのは、『ネコ』たちの間では常識だ。

 それ故か、『ネコ』の多くは『こちらの世界』でもネコの姿で──この世界でその姿は『ケットシー』と呼ばれるのだが──生きている。


 たまに、ノラやラズライトのような例外も居るが。


《あーもう、分かった。とりあえずお前は、帰る気は無いと》

《うん》


 ノラが無理矢理話題を戻した。ラズライトが頷くと、溜息と共に言葉を紡ぐ。


《ならせめてさー、誰か信頼できる相手、見付けろよ。こんな所で引きこもってないでさ》


 こんな所、と、緑の色濃い周囲を示す。見渡す限りの、木、木、木。地面を覆い尽くす草。苔むした岩。どこからどう見ても、森である。


《結構居心地良いけど?》

《そういう問題じゃねぇっての》


 すっぱりと切り捨てられる。

 妻子持ちの伝令カラスは、訳知り顔で続けた。


《別に同族の連れ合いを探せって意味じゃなくてな。どんな奴でも、一緒に居て居心地が良いとか、そんなんで良いんだよ。──独りは、辛いからな》


《それは…》


 その言葉に反論できなかったのは、ノラの目に本気でこちらを心配する色が見えたからだ。


 独りは、辛い。それは嫌というほど分かっている。

 だが、こんな半端者を誰が受け入れてくれると言うのだろう。


《僕は──》


 自分でも何が言いたいのか分からないまま言葉を繋ごうとしたその時、


(……え?)


 ひどく懐かしい匂いを感じた気がした。



 転瞬──





 背後の茂みから、()()()()()()()()





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