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い→十尾の狐と愛され猫の友情は尾の数よりも

 十然じゅうぜんはため息をつく愛紗あいしゃを腕に抱きながら、雛典宮すうてんきゅうへと向かう。

 

 昼過ぎ、人間の姿に戻った愛紗は二度目の夜伽よとぎの約束を取り付けるために、皇帝の執務室、秀聖殿しゅうせいでんへと訪れた。

 

 無事に約束と取りつけたというのに、気が重そうだ。

 

「姫さん、どーたわけ?」

「どうしたもこうしたも、昨日頑張ったのに、振り出し……」

 

 愛紗は腕の中で小さく丸まり頭を抱える。困ると小さく丸くなるのは今に始まったことではない。せんであり、猫族まおぞくの首領の娘であるときも困るとしゃがみこみ、頭を抱えていた。

 

 猫族ゆえの習性だろうか。十然は考える。

 

 十然と愛紗の出会いは、仙界の端にある青丘せいきゅうだった。

 

「何にやにやしてるの。そんなにあたしの不幸がおもしろい?」

「いーや、昔のことを思い出してさ」

 

 そう、それはまだ十然が自分の人生を悲観していたころのことだ。

 

 

 

 

 青丘には数多の種族が暮している。猫族はそのうちの一つだ。その数多の種族を束ねていたのが、九尾きゅうびの狐の一族だった。生まれてわずか千日で大仙たいせん試験を合格したという王が六万年治めている土地だ。

 

 その王の十三番目の息子として十然は生まれた。――尾を十本持って。

 

「なんと卑しい姿か。尾が十本もある」

 

 一族の者は十然の尾を見て眉を寄せる。己の置かれた状況が幼いときはわからなかったが、年を重ねるごとに理解していった。

 

 母は十然の頭を一度も撫でることなく心を壊し、この世を去る。まだ若い身だったが心が耐えられなかったのだ。

 

 屋敷を出ることを禁じられ、粗末な食事を強いられる毎日。十然の心が壊れなかったのは、生まれたころからずっと待遇が変わらないからだ。これが普通だった。

 

 十然はなんの教育も与えられず日がな一日を過ごしている。しかし、力を持つ王族の一人。その力が暴走するのは天意てんいとも言えた。

 

 暴走した力を抑える術は教わっておらず、屋敷を壊し、使用人たちを傷つけた十然は青丘の端の中で最奥の洞窟へと封印された。仙術の類いが漏れないように大それた封印は、外にでることも、誰かが中に入ることも許されない。

 

 それから幾万年。暇潰しといえば独学の仙術だ。屋敷の中に閉じ込められているあいだはある程度の自由を許されていた。そのころに見た書物を真似、それを基礎に自身で考えた仙術を増やしていく。

 

 情報網はいつだってお喋りな鳥の噂話だ。

 

 青丘の中でもか弱い猫族の首領に娘ができた。だとか、その娘が天帝の弟と婚約をしたという話まで、鳥は何でも教えてくれる。

 

 どうも新しく生まれた猫族の娘は多くの人に愛される不思議な力を持っているらしく、天帝のお気に入りなのだとか。ゆえに、自身の近くにおいておきたい天帝が、いつまでも妃を持たない弟の婚約者に据えた。

 

 どこまでが真実かはわからない。しかし、噂話は暇潰しにはちょうど良いので十然はただ彼らの言葉に頷いた。

 

 猫族の話を聞いてから幾日経ったころのことだろうか。青丘の者たちが騒ぎ出した。青丘の長――が代替わりしたらしい。そのような報を届ける者などいない。狐族の者たちは十然のことなどすっかり忘れてしまっているのだろう。

 

 天命が尽きるまで、ただ待つのみ。それが十然の許されていることである。

 

 しかし、変化は突然訪れた。青丘の端。誰も来ないような場所に紛れ込んだ者がいた。

 

「ねえ、あなた。ねえったら」

 

 言葉など久しぶりに聞いた。いつも耳にするのは鳥のさえずりばかりだったからだ。洞窟の入り口は頑丈な格子がはめられ、外を眺めることはできても出ることも入ることも許されない。

 

 その格子を握りしめ、顔よりも小さな穴から一人の女が中を覗く。

 

 なんと返していいかわからず、十然は口を一度開いたあと、閉じた。

 

「もしかして、私の言葉がわからない? おかしいな。仙界の共通語はきちんと勉強したのに。もしかして、なまっている?」

「いや……」

「なんだ。言葉わかるなら早く言ってよ。こんなところで何しているの?」

 

 艶やかでさらさらと流れるような黒髪が風に揺れる。猫族を示す三角の耳が頭から生え、小さく動いた。狐族の耳と似ているようで少し違う。

 

「おまえこそ、こんなところで何をしている?」

「私? 私はお使いに来ただけ。でも、ちょっとかわいい花を見つけてね」

「つまり、迷ったと?」

「迷ってないよ! そんな子どもみたいなことしないんだから!」

「こんなところに来る奴は、死にたい奴か迷子くらいだ」

「あなたは? 死にたい奴? それとも迷子?」

「どっちだと思う?」

「死にたそうには見えないけど、迷子にも見えない」

 

 十然よりも死を待っている者などいるのだろうか。しかし、目の前の女はそうは見えていないらしい。

 

 思わず笑った。なぜ笑いがこみ上げてきたのかわからなかったが、女が原因であることだけは理解できる。

 

「名前はなんて言うんだ?」

「名前? 礼儀として名を聞くなら名乗ってからじゃないの? ま、細かいことはいっか。私は愛紗あいしゃよ。愛されるの『愛』にうすぎぬの『紗』で愛紗」

「愛紗か……。さぞかし愛されているんだろうな」

「まあね。それで、あなたは?」

「俺は十然。数字の『十』に自然の『然』で十然」

「十然か……。もしかして、十番目の子どもだったりとか?」

「いや、十三番目だな。それに、兄弟に数字がつく奴はいない」

「ふうん」

「なんで十がつくか知りたいか?」

「……別に知らなくても良いけど。そこまで匂わせられたら知りたいよ」

 

 十然相手にあけすけに話す者に会ったことがない。皆、恐怖するか忌み嫌うか。きっと、愛紗も十然の正体を知れば、一歩、二歩と後ずさり逃げて行くだろうと思った。

 

 ――うるさいのは嫌いだ。とびきり脅かそう。

 

 十然はゆっくりと背を向ける。そして、十本の尾を広げて見せた。

 

「俺はここに封印されている、十尾じゅうびの狐さ」


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