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【WEB版】もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~  作者: たちばな立花
四章:冷徹帝の優しい提案

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電子書籍発売記念SS:黄金の桃饅頭

 運命録が平和な一日を示すとき、愛紗は怠惰な一日を過ごすことになる。

 忙しければいいというものでもないが、暇も暇で困ってしまう。

 後宮という場所は、とくにまだ五つの愛紗には娯楽が少ないのだ。

 昼下がり、愛紗は部屋で転がっていた。

 黎明と朝餉をともにし、暇つぶしに黎明の墨を刷ったりもした。

 日課になった野良猫たちの餌やりも完璧だ。


「暇、なのよ……」


 ゴロゴロと部屋の端から端まで転がる。

 ちょうど部屋に入ってきた十然が声をかけてくる。


「姫さん、どうした?」

「どうもこうもないの。暇なのよ」

「最近、静かだもんなぁ」

「あい。身体もなまっちゃうのよ」


 愛紗は丸くなった。


「そういえば、面白い話を聞いたぜ?」

「おもしろい?」

「ああ、なんでも西国の使者が黄金の桃饅頭を持ってきたらしい」

「おう……ごんの桃饅頭!?」


 愛紗はがばりと起き上がった。

 桃饅頭。それは愛紗を魅了してやまない人間界の食べ物だ。こんなに美味しいと思った物はない。


「金色の桃饅頭なんて見たことがないのよ」

「俺もだ。これは比喩だと思うんだよ」

「ひゆ?」


 十然の言葉に愛紗は首を傾げた。


「黄金の食べ物なんて見たことがないだろ?」

「あい」

「つまり、黄金のように輝いているとか、そういう意味なんじゃないか?」

「……よくわからないのよ」

「つまりだ。すげぇおいしい桃饅頭のことを言っているんじゃないかってことさ」


 愛紗はごくりと喉を鳴らした。


「そ、それは……大変なのよ!」


 黄金と称されるほど美味しい桃饅頭。想像しただけで涎がこぼれそうだ。

 愛紗は立ち上がると早速沓を履く。


「お? どうした?」

「どうしたもなにもないのよ! いくの!」


 素晴らしい桃饅頭があるというのに、愛紗が動かないわけがない。


「ほら! 十然! 早く!」


 愛紗は十然に腕を伸ばした。

 もちろん、歩く気がないからである。

 愛紗の暮らす雛典宮は黎明の執務室まで遠い。五歳の足で行くのは一苦労だった。


「はぁ……。そうなるわけか」


 十然は愛紗を抱き上げると、歩き出した。


「もっと! 早くなのよ!」

「はいはい。姫さんは我儘だなぁ~」


 ◇


 黄金の桃饅頭を求めて愛紗がやってきたのは、勿論黎明の執務室――秀聖殿しゅうせいでんだ。

 黎明のもとに行けばなんでも手に入る。

 それが、愛紗が後宮で学んだことだった。


「愛紗? どうした?」


 扉を開けた瞬間、黎明が顔を上げる。

 持っていた筆を置いた。


「お父さま」


 愛紗は黎明のもとまで走ると、彼を見上げる。


「ん?」

「ししゃ、くるでしょ?」

「使者? ああ、よく知っているな」

「あたしも会うのよ」


 愛紗は黎明の腕に抱きつく。

 こういうときは彼から離れなければたいていのことが、うまくいく。

 しかし、如余が慌てて口を開いた。


「さ、さすがに謁見に娘を連れて来るなど、聞いたことがありません」


 如余はいつも愛紗の邪魔をする。あれはだめ、これはだめと言ってくるのだ。

 愛紗は頬を膨らませた。


「や。行くの」

「何かあったのか?」

「あい。黄金の桃饅頭なの」

「黄金の……桃饅頭?」

「あい」


 黎明の問に愛紗は深く頷いた。

 この目で黄金の桃饅頭を見ないかぎり、黎明のそばを離れられない。

 黎明は小さく笑う。


「そうか。では、ともに黄金の桃饅頭とやらを見に行こう」

「あい!」


 黎明は愛紗を抱き上げ、立ち上がった。


「陛下ぁ〜!」


 如余の声が秀聖伝に響く。


 ◇


 西国の使者へ何度も顔を見合わせた。

 それもそのはずだ。

 謁見すべき相手――黎明の膝の上に幼子が座っているのだから。

 しかし、相手は冷徹帝と呼ばれる皇帝。膝の上に愛らしい幼子を乗せていようと、怖いものは怖い。

 西国の使者は深々と頭を下げた。


「陛下が珍しき桃饅頭を探しているとお聞きしました」

「ああ、そうだ」


 黎明は神妙な面持ちで答える。

 これはいろいろなところに出回っている情報だ。冷徹帝は珍しき桃饅頭を探していると。

 だから、ご機嫌伺いに行くときは桃饅頭を持っていくのがよいと聞いた西国の使者はどうにか珍しき桃饅頭を見つけ出し、今日という日を迎えた。


「そこで、我々は黄金の桃饅頭を献上いたします」


 使者は息を荒くして、黄金の桃饅頭を差し出した。


「黄金の桃饅頭!」


 誰よりも先に声を上げたのは、黎明の膝の上に座る幼子――愛紗だ。

 愛紗は黎明の膝からぴょんっと飛び降りると、使者のもと――いや、黄金の桃饅頭なもとへと走った。

 愛紗は台の上に乗せられた黄金の桃饅頭を手に取ると、きゅっと眉根を寄せる。

 愛紗の額に小さな皺ができた。


「……これ、桃饅頭?」

「は、はい。これはある一族に伝わっていた黄金でできた桃饅頭でございます」

「黄金の……桃饅頭」


 愛紗は悲しそうに黄金の桃饅頭を台の上に戻す。そして、とぼとぼと黎明の膝に戻った。


「どうした?」


 黎明が穏やかな声で問う。

 愛紗は黎明を見上げると、悲しそうに眉尻を落とす。


「……カチカチだったのよ……」

「そうか。残念だったな」


 黎明は愛紗の頭を撫でる。

 愛紗はぶすっと頬を膨らませながらも、それを受け入れた。

 西国の使者は呆然とその様子を見守るばかりである。

 こうして謁見は幕を閉じた。


 ◇


 愛紗は雛典宮に戻ってもなお、不貞腐れていた。


「まあまあ、そんなに怒るなって」

「だって! カチカチだったのよ!」

「まあ、そういうこともあるって。でも本当に黄金で作った桃饅頭だったとはなぁ〜」


 十然は他人事のように言った。

 愛紗が期待していた黄金の桃饅頭が食べられないと知って、こんなにも落ち込んでいるというのに。


「残念だったな」


 十然はカカカと笑って愛紗の頭を撫でる。

 愛紗は頬を膨らませた。

 今日はすでに黄金の桃饅頭の口になっている。

 しかし、その桃饅頭は食べられることのできない偽物だった。

 この責任は誰が取ってくれるのだろう。


 愛紗が十然に当たっていると、外が騒がしくなった。


「愛紗」

「お父さま」


 黎明一行が雛典宮に来たのだ。

 黎明が過ごす秀聖伝から雛典宮までは遠い。だが、こうやってときどき彼は現れるのだ。


「機嫌はなおったか?」

「……まだなのよ」


 まだ、黄金の桃饅頭ならぬ、カチカチの桃饅頭の恨みは消えていない。

 愛紗が皇帝だったら、西国の使者を追い出していただろう。

 黎明は小さく笑った。


「そうか。愛紗の機嫌がなおる物を持ってきた」


 愛紗は目を瞬かせる。

 黎明が合図を送ると、奥から如余が現れる。

 手には蒸篭せいろ

 ふわりと甘い香りが漂ってくる。


「桃饅頭!」


 愛紗はぴょんと跳ね上がると、蒸篭に手を伸ばした。


「黄金の桃饅頭だ」


 黎明の言葉に手が止まる。

 黄金の桃饅頭。それは先ほどの苦い思い出を彷彿とさせる言葉だ。


「どうした? 開けてみなさい」


 黎明はいつもの調子だ。

 蒸篭の中からカチカチでギラギラの桃饅頭が出てくるのを想像して、愛紗はおそるおそる蒸篭の蓋を開ける。

 しかし、中に入っていたのは想像の物ではなかった。


「黄金の……桃饅頭なのよ!」


 愛紗は桃饅頭を手に取る。

 いつもの桃饅頭。しかし、様子が少し違う。

 いつもの桃饅頭に金箔がふりかけられているのだ。


「これは食べられる黄金の桃饅頭だ」

「わぁ! すごいのよ!」


 ただ、金箔が乗っただけ。それだけではあるのだが、愛紗の機嫌はすっかりと戻った。


「特別だ。これで機嫌はなおったか?」

「あい! お父さまありがとう」


 愛紗は黄金の桃饅頭にかぶりつく。

 餡の甘みが口いっぱいに広がった。

 これだ。

 これを求めていたのだ。どんなに価値があろうとも、黄金では意味がない。

 愛紗は顔を綻ばせた。

 黎明は愛紗の頭を優しく撫でる。


 西国の使者からの贈り物である黄金の桃饅頭は秀聖伝の黎明の卓子つくえの上に置かれている。

 ときどき愛紗はそれを撫で、「美味しい桃饅頭が食べられますように」と祈ようになったのは別の話だ。


 おしまい




このたび、『もふもふ後宮幼女は冷徹帝から逃げられない~転生公主の崖っぷち救済絵巻~』が電子書籍として発売されました!

1巻は本日7/3配信開始。

2巻は来週7/10配信開始でございます。


1巻は小説家になろう掲載内容に加え、特別番外編を収録しております。

愛紗と黎明と胡遊が桃饅頭に振り回されるお話です。


2巻は完全書き下ろさせていただきました!

読んでいただけたら嬉しいです。


下に可愛い表紙とリンクを貼っております。

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― 新着の感想 ―
面白かったです。愛紗と紗紗の関係、ほんとにまだ黎明は気づいてないのかな?2巻で完結なら読んでみようかな! 他の方も書いてるように、イラストの愛紗と紗紗がでかすぎるのが残念。10代半ばくらいに見える…。…
あれ?これで完結?えーーー!この続き有るよね?それにしても1、2巻のイラストの愛紗と思われる少女がどう見ても幼女には見えなくて違和感パナイ。:゜(。ノω\。)゜・。
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