りょ→終わりよければ全てよし!
黎明は愛紗の姿を見つけると、嬉しそうに頬を緩めた。ほとんどの人が気づかない程度の微々たる変化だ。
「愛紗、まだ部屋に戻っていなかったのだな」
「胡遊叔父さまとお散歩していました」
「そうか。後宮内とはいえ、夜は危ない。気をつけなさい」
「あい。でも、胡遊叔父さまはなかなか強そうなので大丈夫です」
少なくとも、人間に襲われても問題はないだろう。鬼に襲われたところで、返り討ちにする気概はある。あっけらかんと言う愛紗に黎明は苦笑した。
黎明の大きな手が愛紗の頭を優しく撫でる。愛紗は目を細め、やはり、この手には誰も勝てないなと思った。
「二人が楽しそうにしているところ悪いのだが、今宵は私と眠ってくれるだろうか?」
「あい」
黎明と一緒に眠るなど、いつものことだ。愛紗は二つ返事で了承する。
――そういえば、昨日は胡遊叔父さまのとこで寝たんだっけ。
仙術を使ったせいで子猫の姿になってしまったのだから仕方ない。濃い一日だったせいか、黎明の腕の中は久方ぶりのように感じた。
愛紗は黎明に向かって真っ直ぐ両腕を伸ばす。黎明はすぐに愛紗の脇を抱え、自身の腕の中に引き入れた。
黎明と胡遊の体格差は差ほどない。しかし、黎明のほうが安定感を感じる。
毎日のように抱えられているからだろうか。しかし、同じように毎日抱える十然はあまり安定しないから、黎明が特別なのかもしれない。
黎明は愛紗を抱え、胡遊と並んで歩いた。前後には提灯を持った宦官が数人。彼らはまるで空気のように言葉を発しない。
「胡遊、今回は苦労をかけた」
「苦労など何も。僕がやらなきゃ他の誰かに回された仕事だと思います。なら、得意な僕がやるべきでしょう? 僕が手を下さなければ、兵は半分に減っていたでしょうし」
胡遊は自慢げに笑った。
――胡遊叔父さまの仕事は悪い奴をやっつけることだっけ。
「皆の前で胡遊の功績を讃えることができないことを申し訳なく思う」
「武勲なんて些細なこと。兄上が気を揉む必要はありません」
胡遊は黎明の数歩前に出た。月明かりと提灯に照らされた彼の背中はどこか清々しい。彼は丸く空いた雲を見上げたあと、くるりと振り返った。
「それに、この身体も悪いばかりではないと教えてもらったんで」
胡遊は口角を上げると、愛紗の頭を乱暴に撫でた。
「な?」
胡遊に話を振られ、黎明の視線を感じる。愛紗は首を傾げた。
「あい?」
――あたし、なんかやったっけ?
愛紗が目を丸々とさせる。その様子を見て、二人が顔を見合わせて笑った。
「兄上、天は僕を見離さなかったようです。半鬼である僕が見離されないなら、兄上のことを天は見離す筈がありません」
「そうか」
「ええ、その証拠に兄上は二つとない宝を手に入れた」
胡遊は愛紗の頬を揉むようにつねった。彼はどうやらこの頬がお気に入りらしい。
宝と言いながらこの扱い。愛紗は不満を主張するために頬を膨らませたいのだが、胡遊の手が邪魔でうまく膨らませられない。小さな手で彼の手を叩き、抗議した。
「胡遊の言う通りかもしれん。私には未来などないと教えられ生きてきた。だが、今は未来のために生きている」
「でしょう。僕も霧が晴れたような気分です」
胡遊は片膝をつき、黎明を見上げた。
「兄上が皇帝である限り、この胡遊、皇族として最高の兵器になりましょう。兄上の求める未来のために」
胡遊は月明かりの下で誓った。それは、彼らにとってはとても重要なことだったのだろう。黎明は神妙な顔で頷き、空気と化していた宦官ですら、ため息を漏らすほどだ。
そんな中、愛紗だけはよくわからず、大きなあくびをした。
黎明の腕には愛紗が。愛紗はその小さな手に見合った小さな提灯を持っていた。今は黎明と愛紗の二人きりだ。胡遊と別れるさい、黎明が宦官を言い包めたのだ。
「愛紗、胡遊とはどんな話をしていたんだ?」
黎明に問われ、愛紗は考える。
――たいした話はしていないような気がしたけど。……ハッ!
「お外には、桃饅頭の有名なお店があるって。胡遊叔父さまが買ってきてくれたら、お父さまにも一つあげます」
名店の桃饅頭はおそらく生地はふわふわだろう。想像だけで涎が落ちる。そのふわふわな生地を頭に描き、両手がつい揉む仕草をしてしまう。
愛紗は桃饅頭を両手で持つ仕草をした。
「「あ」」
愛紗の手からぽとりと提灯が落ちる。黎明の足元で蝋燭の火が提灯を燃やして消えていった。
黎明が微かに笑う。愛紗から表情は見て取れなかったが、小さな揺れが教えてくれる。
「あちゃー。真っ暗です」
「そうだな。だが、愛紗。空を見よ」
黎明の声に導かれて愛紗が空を見上げた。ポッカリ空いた空の中に無数の星が輝いている。
「わあ!」
「愛紗のお陰でこの星を見られた。感謝せねばなるまい」
「桃饅頭のおかげなのよ」
「そうだな。桃饅頭……楽しみだな」
「あい」
第二章おしまい
これにて、第二章完結です。
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