すぅ→如余のぬか喜び
二日目の宴の終わりが告げられ、黎明は執務室へと戻った。着替えを済ませると、如余が涙を流す。
「どうした、如余。感動して泣いているのか」
「ええ、わかっておりました。陛下が理由なく妃を取らないことなど。しかし、昨日の今日どころか、当日に……」
「ぬか喜びをさせてしまったようで悪いな」
「いいえ、これも私が陛下のお気持ちをくみ取れなかった罰でございましょう」
「だが、よかったではないか。困っていたのだろう? 先帝の妃たちの処遇を。彼女たちの半数以上は皇帝と寝所すら共にしていない者たちだ。さみしい余生を過ごさせるには若すぎる」
先帝の時代は多くの女が後宮に入った。彼女たちは家のため、一族のために妃となったのだ。しかし、寵を得られないどころか、名前すら憶えてもらわずに終わった者も多い。
「陛下の優しさはよくわかります。普通に返したとなれば、家では厄介者。しかし、陛下から下賜されたとなれば肩身の狭い思いもしなくてすむでしょうから」
黎明の一言があれば、妃にせずとも雲泰と美明の婚姻は成すことが可能だった。それをしなかったのは、ひとえに黎明の優しさがあってこそ。如余はよく理解していた。
何も関心がなさそうな、冷たい表情で最善策を考える人であることを。黎明にしてみれば、先帝の妃などほとんど関係のない相手だ。
雲泰は美明の舞を瞬きも忘れて魅入っていた。美明への情が消えていないことは態度からもわかる。
「買いかぶりすぎだ。私は優しいだけではない。打算ばかりだ。賀家は田舎貴族ではあるが、歴史は古い。ここ何代かは肩身の狭いをしてきた一族だ」
「その通りでございます」
「つまり、彼はどの派閥にも属していないということだ。今回は恩を売った。これで雲泰は妻子と共に生涯私に忠義を尽くすだろう」
「何をおっしゃいますか。全ての民は陛下のものでございます」
この国で皇帝に逆らえる者などいない。全ての国民が彼のものだ。それは変えようのない事実。
しかし、黎明は如余の言葉に笑った。
「そういう意味ではない。心の話だ。法はいくらでも縛れるが、心は縛ることはできない。だが、今回のことで雲泰は私に心からの忠義を尽くすだろう。あれが万の兵を率いる将となれば、私は万の兵の忠義を手に入れることができる」
如余は自身の浅はかさを恥じた。如余が一人の妃のことで頭がいっぱいだったときに、黎明はもっと大きなものをみていたのだから。
「ですが、陛下は世継ぎのことも真剣に考えてくださると、私の心ももっと穏やかになりましょう」
「許せ」
如余は小さくため息をこぼした。
「こんなことを考えていると愛紗に知られれば、嫌われてしまうかもしれないな」
「愛紗様は陛下のことを誰よりも大切に思われていると思います」
「そうか。愛紗を迎えに行く」
「これからでございますか?」
「何日も胡遊に任せてもおけまい」
黎明の頭の中は、妃よりも愛娘でいっぱいのようだ。彼が新しい妃を迎えるにはやはり愛紗の力が必要だと、如余は強く思った。




