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【WEB版】もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~  作者: たちばな立花
第三話:鬼ばかりのかくれんぼ

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しぃ→先帝妃、美明の願い事

 しかし、気を練り上げる前に、愛紗の身体は渦を巻いた風から引き戻される。別方向から受けた強い力に、愛紗の気が霧散した。


「へ?」


 愛紗が目を数度瞬かせる。目の前にいたのは黎明ではなかった。


「間一髪だったね、子猫ちゃん」

「胡遊叔父さま」


 まるで羽でも生えているのだろうか。胡遊は愛紗を片腕で抱え、優雅に地上に着地した。


「兄上っ!」


 胡遊は右手に持っていた剣を黎明にほうり投げる。弧を描いて黎明の元へと向かう剣は、愛紗にも見覚えのある物だった。――魂殺剣だ。黎明はその剣を手に取ると、僅かに口角をあげた。


「胡遊、少しのあいだ愛紗を頼む」


 胡遊が小さく頷く。美明は一瞬怯んだが、すぐに扇子を構えた。


「武器を手に入れたからといって、この名品に勝てるとでも?」

「残念だが、この剣もまた名品だ」


 美明は顔を歪め、扇子を大きく振り上げた。強い風が吹く。刃のような風が黎明を襲った。しかし、黎明はこともなげに魂殺剣での風を切っていく。まるで、稽古でもしているような手軽さで。美明は必死に扇子を振ったが、巻き起こした風はいとも簡単に消されていった。


「なぜ効かないっ! たかが人間のくせにっ!」

「残念だが、私も殺されるわけにはいかないんだ。許せ」


 美明の叫び声に、黎明が静かに答えた。


「うるさい! 私は誇り高き鬼の一族! 負ける訳にはいかないのっ!」


 大きな声とともに、美明は扇子を振り上げる。しかし、それよりも速く、黎明が魂殺剣を振り下ろした。


 肩から胸にかけて大きくできた傷。しかし、その傷から赤い血は流れない。代わりに炎が燃え上がった。


 美明の手からポトリ、と扇子が落ちる。


「ひっ……!」


 美明は胸を焼く炎を、何度も両手で払おうとした。しかし、激しい雨でも消えないのだ。手で払える炎ではない。彼女は地に転がりながら、叫ぶ。


「あついっ! まだ死ぬわけにはいかないのよっ!」


 扇子に腕を伸ばす。しかし、その前に黎明がその扇子を拾い上げた。


「返せっ! それは私が頂いた物! 人間ごときが手にしていい品ではないっ!」


 美明は黎明の足に縋り付いた。炎がじわじわと彼女の身体を蝕む。伸ばした腕を包み込む。苦しそうに歪む顔を見て、黎明は息を吐き出した。


「あまり、苦しめるのは私の趣味ではない。地界に帰るがよい」

「ぐっ……」


 黎明は最後に剣を美明の胸に突き刺す。真っ赤な炎が胸を中心に美明の身体を包み込む。彼女の身体から力が抜け、黎明の足元に倒れ込んだ。


 炎に呑まれながら、美明は口角をあげた。


「……何度追い返したって同じ。あなたは私たちからは逃げられない」

「そうだとしても、私は何度でも追い返そう」


 美明はそれ以上何も言わなかった。否、言う前に炎が強くなり、彼女の全てを飲み込んでしまったのだ。


 沈下した炎から現われたのは、ほとんど傷のない女の姿。


 愛紗は胡遊の腕から飛び降りると、美明の側に駆け寄った。うつ伏せで気を失う彼女の身体を、全身を使って転がす。仰向けになった彼女の首筋には傷が一つ。――黎明の短剣によってつけられた傷だ。


 魂殺剣で身体を乗っ取った鬼を葬っても、それまでに付いた傷は無にならない。


 愛紗は気を失っている美明の頬をペチペチと容赦なく叩いた。


「起きるのよ」

「う……。こ、ここは……?」


 美明は苦しそうに顔を歪ませて辺りを見回す。雨に濡れた顔を手で何度も拭った。そこは先帝の妃が住まう宮殿から少し離れた所だ。普段は立ち入らないような場所だったせいか、美明は困惑していた。


 美明は視界の端に黎明の姿を見つけて、慌てて起き上がり姿勢を正す。地面に額を擦り付けた。


「わ、私は気づかないうちに陛下に無礼を働いてしまったのでしょうか?」

「面をあげよ」


 黎明の言葉を受け、美明はゆっくり頭を上げた。


「美明、といったか。これまでのことは覚えているか?」

「いえ……。ですが、覚えていないと言ったら嘘になります。こんなこと、言ったらおかしいと思われるかもしれませんが……」

「よい。覚えている限りの話を」

「はい。私は夢の中で女性に何度も話しかけられたのです。『望みを叶えたならば、その身体をもらう』と。愚かな私は、『はい』と答えました」

「その望みとは、『宴で舞を披露すること』で間違いはないか?」


 美明は驚いたように目を見開いた。皿のように丸々とした目が真実であると語っている。


「私が生きているということは、願いは叶わなかったのですね」

「許せ。先帝の妃という立場の者をあの宴に出すことは叶わぬ」

「はい」


 美明は悲しそうな顔で力なく頷いた。


「なんで? なんで宴に出たいの?」


 愛紗が首を傾げる。


「舞なんてあの宴じゃなくてもできるでしょ? でも、今回の宴じゃないとだめなのよね?」

「……それは」

「命を差し出して叶えるほどの望みなの?」


 身体を差し出す。それは、生を諦めることに等しい。鬼に身体を差し出した後の人間の末路はわからないが、良いものではないのは確かだ。


「誰にも理解できないかもしれませんが、私にとっては命よりも大切な約束だったのです」

「やくそく?」

「はい。まだこの後宮に来る前、私には結婚を約束した方がおりました。しかし、彼は南への出兵が決まり、私は一族のために後宮へ。彼の妻になることは叶いませんでした。私は『戦から無事帰ってきたら、舞を見せる』と彼に約束していたのです。もう彼の妻になることは叶いません。私は夫を失い、ただ死を待つ身。この身を差し出して彼との約束を守れるならば、いくらでも差し出そうと思ったのです」


 美明の声は少し震えていた。


 ――なるほど。鬼はそういう想いにつけ込んでくるのね。


 鬼は願いを聞いて身体を貰うと言っていた。今後、似たようなことが起る可能性がある。愛紗が今後のことを考えているとき、黎明は濡れる地に膝をつき、美明との視線を近づけていた。


「そなたの願いを叶える方法が、一つだけある」

「そ、それは! どのようなことでございましょうか?」

「私の妃となることだ」


 身を乗り出し問う美明に、黎明は静かに告げた。美明の手が僅かに震える。


「そ……それは」

「その身を差し出す程の覚悟があるのならば、難しいことではないだろう」


 黎明は淡々とした口調で言った。その提案は美明にとって慈悲ある言葉とは言いがたい。結婚を約束していた男の前に、皇帝の妃という立場で出ろというのだ。


 雨音が強くなる。


 美明は震える唇を噛みしめた。


「私を妃にしてください。ただ一つの願いさえ叶えてくださるのでしたら、私の一生を陛下に捧げます」






 雨の中、愛紗は黎明と胡遊と共に歩く。急ぐ気も起きないほど、皆ひどく濡れていた。


 胡遊は魂殺剣を抱き、黎明は愛紗を抱く。愛紗は鬼の忘れ物――扇子を手に持った。


「兄上、その扇子はどういたしますか?」

「危険な物だ。宝物殿にしまっておこう」


 愛紗は二人の会話を聞き流し、まじまじと扇子を見つめた。


 ――一振りで風が起こせるなら、仙術を乱用しなくても良くなるのよ。


 人間の身体で気を練るのは少し神経を使う。えい、と一振りで鬼の邪魔をできるのならば、その方が楽に決まっている。


「愛紗、それは危険な物だから遊んではならない」

「あい」


 愛紗は名を呼ばれ返事はしたものの、内容は聞いていなかった。


「愛紗、それを広げてはならない。とじなさい」

「あい」


 ――不思議な柄。風景かな。鬼が作った一品なら、地界の風景の可能性もあるかも。


「愛紗、あの不思議な力を見ただろう? むやみに広げてはならない」

「あい」


 ――鬼しか使えない? でも、人間の身体を借りてる鬼も使えてたからなぁ。


「愛紗」

「あーい」


 生返事を繰り返した愛紗は、黎明の忠告など聞かず、扇子を広げた。そして、ふんっと振り上げる。


「あ」


 一振りで風が巻き起こる。強い突風が吹き、愛紗の髪を散らし、黎明の袖を踊らせ、胡遊の腰紐をたなびかせた。


 強い風は渦を巻き、空へと昇っていく。


 そして、風は厚い雲を散らし、追い払った。後宮の空にぽっかりあいた晴天を、三人は呆然と見上げた。


「愛紗……」


 少し怒っているような、呆れているような声色で呼ばれ、愛紗は恐る恐る黎明の顔を見上げた。


「えっと……。つい、うっかり?」


 胡遊が声を出して笑う。つられるように、黎明が少し呆れ気味に笑った。



第三話:おしまい

明日の投稿はお休みの予定です。

いつもなら幕間挟むのですが、土曜から幕間は挟まずに第四話をお届けします。

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