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【WEB版】もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~  作者: たちばな立花
幕間そのに:端午節と桃饅頭は仲が悪い

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い→お預けの桃饅頭

 愛紗の横を女官たちが忙しそうに通り過ぎていく。いつも忙しそうではあるが、今日は更にキビキビと動いているような気がしてならない。


 いつもなら愛紗の話し相手になってくれる女官も、今日は無理とでも言いたげだ。


 しかし、それを気遣う愛紗ではない。部屋を飾り立てる女官の袖をちょいちょいと引く。


 まだ幼子ではあるが、愛紗はこの雛典宮の主である。無視をするわけにもいない。女官は嫌な顔を見せず、にこりと笑い膝を折った。――愛紗と視線を合わせるためだ。


「みんな忙しそうね。何があるの?」

「明日は端午節たんごせつでございます」


 愛紗の世話をしてくれている女官の一人が教えてくれた。


「端午節……?」

「昨年のことは覚えておりませんか?」

「んー……」


 愛紗は腕を組み、一年前の記憶を辿る。しかし、それらしい記憶は甦らなかった。一年とは三百六十五日である。一日の中には多くの出来事があるのだ。それを全て覚えているのは非効率的というものだ。


 愛紗は自身にそう言い聞かせ、一人頷いた。そして、顔を上げ女官を真っ直ぐ見る。


「あたし、過去は振り返らない主義なので」

「まあ……。そのような言い回し、どこから習ってくるのでしょうか」


 忙しいながらも端で聞き耳を立てていた女官たちが、顔を見合わせてくすくすと笑う。


「それで、端午節は何をする日なの?」

「簡単に言えば、厄除けの日でございますね。龍神様に一年の息災を祈るのでございます」


 龍神様。


 もちろん、そんなものは人間界には存在しない。


 ――もしかして、それって白龍のおじいちゃんのことかな。


 人間界で起こる不思議現象や神の類は大抵が仙界の者の気まぐれである。


 天帝の側近に古くから仕える白龍がいる。普段は白髪の老爺なのだが、白い鱗が自慢らしく、愛紗を見つけるとよく龍の姿になって触らせてくれるのだ。


 彼は酒と空を飛ぶことが大好きで、酔った勢いで人間界まで来てしまうことがままある。ゆえに、人間界で有名になってしまったという噂は本当のようだ。


 ――白龍のおじいちゃん、暴走飛行趣味(スピード狂)なのよね。


 酔った白龍に無理やり背中に乗せられて、物凄い速さで飛び回わられたことは今でも鮮明に覚えている。


 愛紗が苦々しい顔を見せる。女官はにこりと笑い、愛紗の頭を優しく撫でた。


「端午節は難しいことは何もしませんから、気楽に参加できますよ」


 愛紗はただ、昔を思い出していただけなのだが、女官たちには愛紗が端午節に不満なのだと思ったようだ。女官たちはにこにこと笑いながら、いかに端午節が楽しいものかを語った。


「それに、おいしい粽子ちまきをいただけますよ」

「粽子……。しょっぱいやつか」


 笹の葉で巻かれた粽子は記憶にある。愛紗として生まれてから食べたかは定かではないが、なにせ百度も人間に転生しているのだ。


 たしか、もち米に肉や卵などの具材が入ったものだった。


 ――酒の肴にはいいのかもね。


 しかし、愛紗はどちらかというと甘いもののほうが好きだ。そして、こういう行事で食べる物が決まっているときは、「お腹いっぱいになって食べられないと困るから」と、桃饅頭を食べさせてもらえないことが多い。


 遺憾である。


 明日は桃饅頭がお預けの日ということだ。


 まことに遺憾である。


 愛紗は頬を膨らませた。





 滝玖国ろうきゅうこくが建国されて間もないころ、龍神が天女を連れて人里に現れた。


 貧しい村ではあったが、人々は彼らに酒と粽子を振る舞い歓迎したという。


 よろこんだ龍神は石を黄金に変え、帰って行った。龍神と共に粽子を食べた者はみな、死ぬまで病知らずだったそうだ。


「以来、我が国ではこの日は龍神を祀り、粽子をみなで食すようになった」

「へぇ……」


 布団の中で愛紗は、感嘆の声を上げた。布団に入ったすぐ、黎明に端午節の話をねだったのだ。


 昼間に女官たちは粽子が食べられるなどの子どもにとって楽しい話はしてくれたが、詳しい話は教えてくれなかった。


 黎明はなんでも知っている。そして嫌な顔一つせず、なんでも教えてくれる。だから、二人きりのこの時間になんでも聞いてしまう。


「あしたは桃饅頭はなし……?」

「残念だが……」

「皇帝の力を使っても?」

「無力な父を許してほしい」

「……粽子なんか食べなくても、愛紗がお父さまを守るのに」


 事実、何度も鬼から黎明を救っている。粽子の力で鬼は倒せない。


 愛紗は頬を膨らませた。


「そのとおりだ。愛紗がいるから私はこうして生きていられるのだろう」

「あい。お父さまがお爺さまになるまで、あたしが守るのでご安心ください」


 愛紗が得意げに口角を上げると、黎明の目尻が優しく垂れた。他の者が黎明のこんな笑みを見たら卒倒するのではないだろうか。仮にも冷徹帝と呼ばれているのだ。


 今はすっかり子煩悩になったわけだが。


 黎明の長い指が愛紗の前髪を撫でる。黎明の優しい声と手が夢の世界へと誘う。目はほとんど閉じて開かないし、黎明が何を言っているのかも分からなくなってきた。


 まだ聞きたいことはたくさんあるというのに、瞼が重い。黎明の落ち着いた声色は愛紗をいつも墜落させる。しかも、彼の腕の中は温かい。


 愛紗はあくびを堪えることもできなくなっていた。


 ――今日の尋問はこのくらいにするのよ。


 黎明の腕の中、膝を抱え猫のように丸くなる。


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