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【WEB版】もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~  作者: たちばな立花
第一話:皇弟、胡遊に影はなし

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すぅ→誰が撫でてもいいわけではない

 黎明れいめい胡遊こゆうは並んで歩く。黎明の腕の中で、猫の紗紗しゃしゃが大きなあくびをした。


 黎明の優しい手つきに眠気が襲ってきたのだ。


 ――なんでみんな、影がないのに気づかないの? こんなにはっきりくっきりないのに!


 黎明も後から続く宦官たちも顔色一つ変えない。なによりも不思議なのは、胡遊である。影がないことを隠そうともしない。


「南の部族の制圧、大儀であった」

「私など、影で動いていたに過ぎません。陛下にお言葉を頂けるようなのとは何も」

「謙遜するな。胡遊の働きがなければ、あと五年は延びていただろう」


 胡遊は困ったように笑った。どこからどう見ても仲の良い兄弟。関係性を見れば主従に相当するのだろうが、黎明の胡遊を見る目は優しかった。


 大きな池の周りを歩く。やわらかな風が吹いた。彼らの会話は終始穏やかで、まるで子守唄のようだ。


 黎明の撫でつけるような優しい低めの声が眠気を誘う。胡遊の声も挑発的なものではなく、時に弟のように無邪気に、時に従者の如くまじめで、まるで敵意を感じない。


 ――今日の運命録は平和そのもの。こいつもお父さまを襲うことはなさそうだし。


 黎明の優しい手も相まって、愛紗あいしゃは不覚にもヘソを見せながら眠りに落ちた。





 しかし、すぐに黄色い声に目を覚ますことになる。


「陛下も今朝咲いた睡蓮すいれんご覧にいらしたのですかぁ?」

「ご一緒してもよろしいですか?」


 女性特有の高めの声が響く。桃饅頭をたらふく食べていた夢を消され、愛紗は顔をしかめた。薄目を開けてみれば、着飾った女性が三人、黎明を囲んでいるではないか。


 ――誰?


 女官というには些か華美なように思う。なにより、女官たちは黎明と目を合わせるのも恐ろしいといった様子で頭を下げる。


 二人の女性は積極的に黎明の側に寄った。甘い香りが鼻の奥をつき、紗紗は体を丸める。黎明が小さくため息をこぼした。紗紗の毛が僅かに揺れる。


「ほら、美明みみんもご挨拶なさい! 失礼よ!」

「は、はい。……陛下にご挨拶いたします」


 二人の後ろに佇んでいた女も、慌てて挨拶した。積極的な女が二人と、消極的な女が一人。


「ご覧になってくださいませ! ほら、あそこに可憐な睡蓮が」

「陛下とご一緒に見られて嬉しゅうございます」


 いつの間に黎明の両側を固めた二人の女は、遠くに咲く睡蓮を指差す。すぐ側にいる胡遊のことなど目もくれない。


 黎明は迷惑そうにしながらも、女たちを突き放そうとはしなかった。


 この後宮で暮らすおんなの大半は女官だ。しかし、もう一種類存在する。――先帝の妃。


 『妃』と呼ばれることもなくなった存在。黎明は彼女たちを邪険には扱わないのだ。彼女たちの不遇を思ってか、はたまた兄の妃だったからかはわからない。


 そんな理由からか、彼女たちは先帝の妃という場所から、黎明の妃に鞍替えしようとしている。


 偶然をよそおい黎明に近づくこともあれば、彼の側にいる者に媚びたり。


「みゃ……」


 愛紗は猫の体で小さく鳴いた。こうなると長いのだ。


「まぁ! 可愛らしい猫様!」

「こちらが紗紗様でございますか? 撫でてもよろしいですか?」


 キラキラとした四つの目に見つめられ、黎明は眉根を寄せた。


「紗紗がよいと申せば構わない」

「みゃっ」


 ――や。


 においがキツいし、猫への純粋な敬意を感じない。猫を通して黎明との接触を増やしたいという思惑が透けて見えるのだ。


 キラキラというより、ギラギラした目である。


「あらっ! いま、『よい』とおっしゃいましたわ!」


 ――違うっ!


「みゃあっ!」


 否定の意味を込めて大きく鳴いたが、時すでに遅し。二つの手が無遠慮に伸びてきて、問答無用で頭や背中をもみくちゃにされた。


「きちんとお返事もできておりこうさんですね」

「陛下の猫様は賢くていらっしゃる。わたくしの宮殿で飼っている猫など、何度言い聞かせても悪戯をするのです。陛下、良い躾の方法を教えてくださいませんかぁ?」


 乱暴な手は遠慮を知らない。女の長い爪が当たったとき、思わず手が出た。


「きゃっ!」


 紗紗の爪が女の肌を裂く。白い手にまっすぐ赤い線を作った。


 ――あたしはお父さまほど優しくはないのよっ。


 紗紗は鼻息を荒くしたあと、黎明の上からヒョイと飛び降りた。


 ――酷い目にあったわ。早く部屋に戻って昼寝しよ。


 まだにおいがこびりついているような気がする。においが取れるなら池に飛び込みたいほどではあるが、あまり水は得意ではなかった。


 何やら声が聞こえたが、足を止めるつもりはない。愛紗は振り返ることなく、逃げるように雛典宮へと向うことにした。




 傷をつけられた女は大袈裟に声を上げ、涙を流した。そして、優しい言葉を待つように黎明を見上げる。


 黎明は感情のない顔で、静かに彼女を見下ろすのだ。


「躾などはせず、自由にさせている。私が教えられるようなことはない。あとで侍医を行かせよう。今日は皆、戻りなさい」

「ひ、人に怪我をさせるような猫、危のうございます。もし、陛下のことに傷をつけたら……」

「あの子はいい子だ。もし、牙を剥くことがあるとしたら、意に沿わぬことをしたときだろう。鳴き声を『よい』と勘違いしたそなたが悪い。今後、紗紗に触れることを禁じる。よいな?」


 女は頷くことしかできなかった。


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