さん→夜鬼伝
赤い提灯が風に揺られる。愛紗と黎明の顔に浮かぶ影もまた揺れた。
黎明にしっかりと横抱きにされ、愛紗は何度も目を瞬かせた。
「なかなか来ないから迎えに来た」
長い指が愛紗の乱れた髪を撫でる。黎明の側だけは時間がゆっくりと流れているような感覚。そのまままどろんでしまいそうだが、今はできない。
「陛下、遅れてしまい申し訳ございません。愛紗様と少々遊んでおりましたら時間が経ってしまったようです」
何食わぬ顔で尚心は黎明の前で膝をつく。あくまで人間のフリをしようというのか。
しかし、正体を暴いたところで、二人まとめて殺されかねない。愛紗が使える仙術は一度きり。黎明を守るために使ったらそれで終わりだ。
――結局危ないままだ……!
しかも、黎明を守りながら戦わなければならないなんて。
「そうか、愛紗は少々お転婆で困る」
「子どもは元気なほうがよろしいかと」
「では、寝所へ戻ろう」
尚心の言葉に納得がいったのか、黎明は愛紗を抱き上げたまま歩を進めた。
黎明の言葉を受けて、尚心が頭を下げる。尚心と黎明、そして愛紗。三人は静かに寝所へと進む。
「愛紗、先日の話の続きをしてやろう」
「話?」
「ああ、ずっと気にしていただろう? 『夜鬼伝』に関する話だ」
夜鬼伝という単語に尚心の肩がピクリと跳ねる。しかし、それ以上の反応は見せなかった。
夜鬼伝の物語は最後まで読んでもらったはず。鬼が人を食べる話だ。最後に天から力を受けた凄い人が魂殺剣で「えいやー」とやってめでたしめでたしする。
――わざわざこんな話をするなんて、もしかして尚心の正体に気づいたんじゃ……!
「あい! とても気になります」
何か理由があるはずと、大きく頷いた。黎明は僅かに笑うと愛紗の頭を優しく撫でる。
「さて、前に話したのは、鬼に取り憑かれた人間には影ができない。だったか」
「あい。夜歩いちゃだめって話も」
「なぜ、夜歩いてはだめかわかるか?」
「えと……影が見えないから?」
太陽の光がどこかしこで浴びることのできる昼間より、夜は影ができにくい。尚心と昼間に会うことがあったならば、鬼だとすぐにわかっただろう。
「そのとおり。月は太陽のように足下を照らしてはくれない。だから、寝所までの道のりは遊んではならない」
「あい……。ごめんなさい」
――なんだ。尚心の正体に気づいたわけじゃなくて、叱りたいだけだったのか。
人間にとって、鬼などおとぎ話に他ならない。夜遊びをしないように子どもに聞かせる童話だ。
「尚心も明日からはまっすぐ寝所へ送るように。愛紗がどうしてもと言ってもだ」
「かしこまりました」
尚心のせいで遊び回る羽目になったのだが、大人の黎明にはわからない話なのだろう。愛紗は小さく唇を尖らせた。
――お父さまをこっそり守ってるのはあたしなのに。
報われないこの思い。娘の思いは親に伝わらないのか。愛紗の気持ちなどわからない黎明は、ゆっくりと歩きながら口を開いた。話はまだ終わりではないらしい。
「今日のような日は特に危ない。月が姿を消した夜は、天の加護が極端に減るとされている」
「鬼が強くなるの?」
「そうだ。太陽と月が見守っているあいだは問題ない。人間に取り憑いた鬼も僅かな力しか発揮できないとされている。しかし、どちらの目もない今日のような日は鬼も本来の力を取り戻す。……そうだったな? 尚心」
黎明の言葉を受けて尚心はピタリと足を止める。そして、僅かに首を傾げた。
「はて……。鬼に関してはあまり詳しくないもので」
「そうか。私の育った高州ではうるさいくらいに言われていた」
「そうでございますか」
「養父はこんなことも言っていた。鬼に取り憑かれた人間は、性格ががらりと変わる。と」
「それは初耳でございます」
「尚心は笑顔が下手な男でな」
黎明は横抱きにしていた愛紗を左の腕だけで抱える。そして、耳元に唇を寄せた。
「しっかり捕まっていなさい」
「へ?」
愛紗の口から間抜けな声が出たと同時に、黎明は腰につけていた剣を引き抜く。赤い提灯の明かりを受けて、剣は赤く輝いた。なんと禍々しいことか。
「鬼よ、我が臣に取り憑いた報いは受けてもらおう」




