表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【WEB版】もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~  作者: たちばな立花
幕間そのさん:お父さまの贈り物

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/67

ある→猫の名前

「にゃ~?」

「そうよ、名前。もしかして、もうある?」

「なぁ~」

「ないのね。じゃあ、つけてもいい?」

「にゃ!」

 

 猫たちはにゃあにゃあと喜びに声を上げる。聞くところによると、人間界の猫に名前をつける風習はなく、名を持つのは人間に飼われた幸運な猫だけなのだとか。

 

 名をもらえると聞いて感激のあまり腹を見せる猫まで現れる始末。

 

「名前がわからなくならないように、この布に書いてあげるのよ。首に巻いて大切にするのよ?」

「にゃ!」

「よし、じゃあおまえは茶色いから茶茶ちゃちゃ!」

 

 びしっと言い切ると、愛紗あいしゃは布に名を記していく。大きく「茶茶」と書いた布を猫の首に巻きつけた。

 

 茶茶と呼んだ猫は嬉しそうに転がった。

 

 おとなしく順番を待つ猫たちに名をつけ、記し、布を巻き付けていく。名前を考えるというのは難しい。愛紗はつい夢中になっていた。

 

「……愛紗、何をしている?」

「へ?」

 

 突然、後ろから声をかけられ愛紗はつい変な声をあげた。ゆっくりと振り向けば金糸が使われた華やかな袖が目に入った。ゆっくりと視線をあげていけば、いぶかしげに眉を潜める黎明れいめいが愛紗を見下ろしている。

 

「お、お父さま」

「庭で遊んでいると聞いたが……、紗紗の代わりに猫の集会に参加していたのか?」

「あー……そんなものです」

 

 猫十数匹と愛紗という組み合わせは、黎明からしたら不思議で仕方ないのだろう。黎明が猫を一匹一匹確認するように見ていく。すると、今までごろごろとくつろいでいた猫たちの身が固まった。

 

「愛紗、頬に墨がついている」

 

 黎明はすぐさま愛紗の頬を袖で拭う。しっとりと肌触りが良くて、愛紗は思わず目を細めた。

 

 違う。そうじゃない。

 

 いかにも高そうな袖にはしっかりと墨の汚れが。

 

「汚しちゃったら、如余じょよに怒られます」

 

 以前、硯を落として墨を黎明にぶちまけたことがある。そのときの如余は恐かったのだ。あのときの如余を思い出して、愛紗はふるふると震えた。

 

 如余は黎明が一番でそれ以外は全て“その他”に分類しているのだと思う。唯一の娘である愛紗にも何かと厳しい。いや、娘だからこそ厳しいのかもしれないのだが。

 

「大丈夫だ。如余には秘密にしておこう」

 

 黎明は優しく微笑む。たしかに、袖といっても内側。すぐには露見しない場所だ。夜、着替えた後に気づくのだろうか。墨は黎明の仕事でもよく使うし、愛紗が犯人だと感づかれることはない。

 

 愛紗はしっかりと頷いた。これで黎明は共犯である。

 

「なぜここに墨と筆を持ち出している?」

「猫に名をつけてあげていました」

「名を? なぜ?」

「……名前をもらうと嬉しいでしょ?」

「以前の話を覚えていたのか」

「あい。たくさんいると忘れちゃうので、布に名を書きました」

「なるほど。それで、この惨状か」

 

 黎明の視線を辿れば、土の上に置かれたすずりと転がる筆、放り出された布がある。土は墨がこぼれ、黒い点がそこかしこに落ちている。

 

「ごめんなさい。この手はちっちゃくて使いづらいの」

「まるで大きくなった手を知っているような物言いだな」

 

 黎明が小さく笑う。愛紗は冷や汗を流しながらその笑みに「あはは」と返した。

 

 ――危ない危ない。つい口が滑っちゃった。

 

 この小さい手が使いにくいと感じていたことは事実。何を持つにも小さいし、思うように動かないことが多いのだ。

 

 口は災いの元である。愛紗が仙の記憶を持って転生したなどという突飛な想像をするとは思えないが、「前世の記憶を持つ」という考えに至る可能性はある。そんなことになれば面倒を引き起こしかねない。

 

「大惨事であるが、猫たちは喜んでいるだろう」

 

 黎明に恐怖した猫たちはいまだ固まったまま動いていない。逃げ出すこともできないほど怖がられているとは、冷徹帝れいてつてい恐るべし。

 

 彼は書きかけの布を手に取った。猫の名を記している途中で声をかけられたせいで中途半端になってしまっていたのだ。

 

「それでは雨が降ったら消えてしまう。愛紗にはこの者たちの名が刺繍された首輪を贈ろう」

「猫たちにじゃなくてあたしですか?」

「ああ、愛紗に、だ。だが、贈り物が猫のものだけでは味気ないな。愛紗には新しい衣服を贈ろう」

「おお! 太っ腹!」

「そんな言葉どこで覚えた? まあ、いい。これではもう着ることができないだろう?」

 

 黎明が愛紗の着ている袖をつかむ。何度か着たことのある襦裙じゅぐんではあったが、墨で真っ黒に汚れていた。

 

「愛紗と同じ生地で紗紗にも首輪を作ってやろう。これから、尚衣局しょういきょくへ生地と刺繍糸を選びに行こう」

「あい」

 

 猫の名付けは途中だったが、猫たちの様子を見る限り続きは黎明がいないときのほうが良さそうだ。愛紗は大きく頷いた。

 

 黎明は愛紗を抱いたまま庭を出る。雛典宮すうてんきゅうの女官たちに片付けを命じて、尚衣局へと足を向けた。

 

 しかし、せっかく黎明の袖を汚したことを秘密にしていたのだが、全身墨だらけの姿で如余の前に出たせいで、すぐに愛紗のせいであることは露見してしまったのは大いなる誤算である。

 

 幕間そのさん おしまい。

 


いつもお読みいただきありがとうございます!

明日は一日更新はお休みとさせていただきます。

第四話は5月1日更新予定です。

GWのさなかなので、もしかしたら更新時間はバラバラになってしまうかもしれません。


【一口メモ】

 尚衣局しょういきょく……殿中省でんちゅうしょうの一つ。あざっくり、衣服を管理する場所だと思っていいと思います。殿中省自体は唐の時代にできた官制の一つです。皇帝の衣食住を管轄している場所の総称。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ