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【WEB版】もふもふ後宮幼女は冷徹帝の溺愛から逃げられない ~転生公主の崖っぷち救済絵巻~  作者: たちばな立花
第三話:消えた愛紗と死にそうな冷徹帝

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23/67

さん→消えた愛紗

 雛典宮すうてんきゅうの門の前で十然じゅうぜんは青ざめた顔で膝をつく。

 

「いない、とはどういうことだ?」

 

 目の前に立つ男の怒りが頂点に達していたからだ。彼の名は黎明れいめい、この国の皇帝だ。腕の中であわあわとしているだけの子猫の紗紗しゃしゃは十然を助けられない。

 

 十然はつい先ほど、愛紗あいしゃ秀聖殿しゅうせいでんへと送り届け戻ってきたばかりだった。女官と二、三言葉を交わし息をついたころ、みやびな行列が雛典宮に現れたのだ。

 

 子猫になった愛紗とそれを抱く黎明を見つけて、十然はほっとしたのもつかの間。子猫は黎明の腕から抜け出し、自室へと走った。慌てて追いかけてみれば、出しっぱなしの運命録うんめいろくを見て青ざめ、小さな口で咥えて隠そうとしているではないか。

 

「ほらほら、姫さん。俺が隠すから」

「みゃ」

 

 先ほどから「みゃあ、みゃあ」鳴いているが、何を言っているかはわからない。

 

「わかっているって。陛下に見られたらまずいもんな~」

 

 慌てるのも無理はない。とりあえず、布団の下にでも隠せば問題ないだろう。これで大丈夫だと子猫を撫でたときだ。冬の冷気よりも冷たい空気が部屋を包み込んだのは。

 

「十然、愛紗がいないようだが?」

「へ? あー……」

 

 視線をさまよわせる。何か、言い訳を考えなければ。しかし、突然のことに何も思いつかない。

 

 子猫と目が合う。何か言いたそうに小さく「みゃあ」と鳴いた。今のはなんと言っていたか、十然にもわかった。「ごめん」なのだろう。

 

 

 

「朝は帰ってきていたと女官が言っていたが」

「はい。そのあと姫さん……いえ、姫様はお出かけに」

「一人でか?」

「はい」

「なにゆえ幼い子を一人で行かせる」

 

 冷ややかな声が空気を凍らせる。側に列を成している太監など、自身に向けられたものではないのに、ぶるぶると身震いさせていた。

 

 雛典宮に愛紗はいない。黎明が昼間のこの時間に愛紗を訪ねることは、十然も予想していない事態だ。黎明の腕の中にすっぽりと収まる子猫に助けを求めたが、小さな存在は頭を抱えるだけで何もしてくれない。

 

 諸行無常しょぎょうむじょうとはこのことだ。

 

「申し訳ございません」

 

 深々と頭を下げると、如余じょよがそっと黎明の側に歩み寄り助け船を出した。

 

「陛下、十然を叱っても愛紗様は出てきません。それよりも愛紗様を探すほうが先かと」

「そうだな。十然、愛紗はどこに行くと行っていた?」

 

 黎明の質問に十然は頭を抱えたい気持ちになった。どこに行ったと言っても愛紗はいないのだ。愛紗が現れるのはどう頑張っても三刻先。正確な場所を示せばすぐにぼろが出る。

 

 なんと言うべき悩み、十然は細い目を更に細め愛想笑いで返す。

 

「場所までは。ただ――……『猫を探しにいく』とおっしゃっておりました」

 

 

 

 

 突如始まった愛紗探し。黎明を先頭に如余が後につく。その後ろには尚心や他の太監たちが列を成していた。

 

 十然は愛紗が帰ってくるまでひざまずくように命じられ、雛典宮の門の前だ。愛紗は明日の菓子は半分、いや八割は十然にあげようと心に決めた。

 

「陛下、まずはどちらへ?」

「愛紗はまだ幼い。知っている場所に向かうだろう。まずは、蓮華宮れんかきゅうへ行く。先日、愛紗は映貴妃えいきひと仲良くなった」

「みゃ~!?」

 

 如余と黎明の会話に愛紗はつい、声を上げる。

 

 ――それはだめ! 絶対だめ!

 

 愛紗は確信していた。映貴妃は鬼に取り憑かれている。先ほど、部屋で見た運命録には、「朝儀の席にて襲撃される」という文字はすっかり消え、違う文字が浮かび上がっていた。

 

蓮華宮れんかきゅうにて殺害される』

 

 すなわち、鬼の正体は映貴妃であると言って間違いないだろう。

 

 ふだん蓮華宮から出ないのも、男であるという事実を隠すためと見せかけて、もう一つの真実を隠すつもりだったのではないか。

 

 今朝、朝儀ちょうぎの会場に映貴妃はいなかった。しかし、会場に隠れて黎明を狙っていた可能性は十分にある。訴えるために必死に爪を立てたが、黎明は大きな手で背を撫で笑う。

 

「紗紗も映貴妃のところにいると思うか?」

 

 ――ち・が・う!

 

 鳴けば鳴くほど黎明の撫ではふかく優しくなる。そして、「そうか、おまえも愛紗が恋しいか」とまで言った。

 

 黎明の意志は固い。愛紗以外に誰もこの決断を止めようと思う者はいないだろう。なにせ、映貴妃は後宮内では言わずと知れた寵妃である。男だけど。皆は知らないのだ。

 

 黎明の巧みな手業で宥められた愛紗は彼の腕の中で丸くなった。もう、こうなったら腹を括るしかない。

 

 ――子猫の姿だろうが、絶対助けてみせるんだからっ!

 

 黎明が歩を進めるたびに起る振動と、彼の指が織りなす優しい撫での攻撃に愛紗は耐えなければならなかった。ひとたびその手に落ちれば、ただの猫になってしまいそうなのだ。

 

 腕の中で良かったと愛紗は思う。

 

 自由のきく布団の上であれば、腹を見せていたに違いない。この手は危ない。危険すぎる。

 

 彼は愛紗の気持ちなど知らず、優しい手つきで頭を撫で、背を撫でた。紗紗の毛並みを堪能しているようである。

 

 手足の先だけ白いのが気に入りなのか、小さな手を取り、肉球をもてあそぶ。執拗に撫でられて、愛紗は抗議した。

 

「みゃあっ!」

「ああ、すまない。つい、な」

 

 謝ってはいるが、撫でることはやめない。肉球から手を離しても、指先で首筋や鼻先を撫で回すのだ。

 

 ――早くついて……!

 

 蓮華宮につけば大波乱が待っていることは必須だというのに、愛紗は願わずにはいられなかった。


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