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異邦の三人  作者: 霊鷲山暁灰
第2章 異世界の三人
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魔法少女サタニックマリィ編 2

 真里が目を覚ますと、そこは闇だった。

 墨汁のような藻の匂いが鼻にかかる。

 手で探り、自分がどうやら帆布のようなものを被せられていると知るや、その布を剥がした。

 川だった。

 川の上の、粗末な小舟で気を失っていたようだ。

 舟から河川敷に飛び移り、川に映った景色を見る。

 渋川市ではない。

 柔らかい瓦斯灯が連綿と続き、夜だというのに人の往来がさかんだ。

 そして何より、車が走っていない。

 車社会の群馬県ではありえない光景だった。

「ここ……どこ?」

 1年間、魔法少女として悪漢共や身の丈をはるかに超える魔獣たちと戦いを繰り広げてきた彼女だが、結局は11歳の少女に過ぎない。

 自分の状況が整理しきれずしばらく突っ立っていると、サタニックパクトが震えた。

「え、何?」

 モバイルのバイブレーションの様だ。1年肌身離さず持っていたが、こういう機能には覚えがない。

 パクトを開くと、そこには鏡がある。

 鏡には見知った渋川の風景と、まるで覚えのない未舗装路。

 2つの画面、それぞれから声がした。文字と一体化したような不思議な声だった。



??「なんだここは。油を固めた地面に、見渡す限りコンクリートの建物とは。遺跡か?」

??「僕の方は、人気がないので状況の探りようもありませんね。しかし、この地脈に満ちる気は帝都の比ではない。これならば誰でも鬼道妖術の類が使えてしまうやも」

まり「え、ちょ、あなたたち誰?」

雷鳥「儂はアーチメイジ、“雷鳥”のゴノークと申す。お主らこそ何者だ」

探偵「僕は帝都でしがない探偵をやっている松田豊助――いや、この場合は九頭竜九郎と本名を名乗りましょうか」

まり「わたし、吉田真里っていいます。サドー公爵と戦っていたはずなのに気が付いたら変なところにいて……」

探偵「ふむ、お嬢さんのいる場所は僕の暮らしていた第八帝都ですね。僕の今いる場所は……」

雷鳥「そこはマギノニアだ。雰囲気から察するに“南の草国”といったところか」

まり「ゴノークさんは群馬県渋川市――あ、日本って国です!」

雷鳥「つまり儂らは、お互いの世界が入れ替わってしまったということか」

まり「異世界転生――転生じゃないか。わたしまだ生きてる。でもすごい、ファンタジー小説みたい」

探偵「小説ならば気が楽なのですがねえ――おや人面の鳥がいますね。姑獲鳥うぶめでしょうか。そも姑獲鳥とは人の心を奪うとされていますが――」

雷鳥「ええい、カオミミズク程度で口やかましい奴だのう」

探偵「口のやかましさで言えばご老体ほどではありませんよ」

雷鳥「なんだとう。小童、貴様歳はいくつだ」

探偵「67歳になります」

まり「ええっ!? 声は若そうなのに」

探偵「母親似で若作りなんですよ」

雷鳥「儂は800から先は覚えとらんな。小童どころかガキではないか。ガーキ!」

探偵「ガ……」

雷鳥「黙りこくって言い返せなくなったか」

探偵「いえ、品性の無い老人というのはかくのごとく醜悪なものかと」

雷鳥「なんだとう!」

まり「ふ、2人とも?」

探偵「老人は放っておいて、まずは真里さんの状況をどうにかしましょうか。第八帝都は清濁呑み込む大都市です。人も、人ならざる者も、夜歩きをする子供など格好の餌としか見ないでしょう」

まり「あんまし、わたしのいた日本と違いは無さそうなのに」

探偵「言語などわかりますか?」

まり「はい、ちょっと難しい漢字はあるけど」

探偵「そこは幸運といってよいでしょう。あなたは割合いに近しい世界に飛ばされたようだ。しかし、寝床や食事、金子などの不都合はどうしようもありません」

まり「どうしよう……」

探偵「松田探偵事務所というところに行き、僕の部下に会いなさい。あの2人ならば首尾よく戻っているでしょう。場所は僕が案内します」



 夜中の11時とはいえ、皇国の中心たる帝都には人が多い。

 この地で帝と権勢を二分していた武家政権が倒され、瑞州の第七帝都より遷都したのが半世紀ほど前。

 異国よりもたらされた蒸気と電気の力はこの大都市を眠らぬ街へと変貌させた。

 街を照らす光源は主に瓦斯灯と赤提灯であり、行き交う人は酔漢や遊び人だ。

 さすがに子供は寝る時間。真里は時折好奇の視線にさらされながらも探偵事務所を目指す。

 真里の服装は本店〇カハシで買ったパーカーとチェックのスカート。

 モダンガールと名乗るには先進的に過ぎ、それも人目を集める一因となっていた。


探偵「歩いていける距離で助かりました。この時間ではタクシーも路面電車も運行していない」


 探偵の案内通りに進む。

 街をゆく人々は袴姿に山高帽の大尽風、ハンチング帽に小洒落たジャケットの青年に、胸元の大きく開いたシャツの水商売女。

 かつての日本ならば見られた光景だが、21世紀生まれの真里にはむしろ異国のように感じられる。

 真里と同様に異世界に飛ばされたゴノークや九郎と、サタニックパクトを介して会話をしながら興味深げに街並みを観察していた。

 特にゴノークは元々真里のいた世界に飛ばされている。800歳(?)の立派な大人とはいえ、自分がしっかりアドバイスをしなければならないだろう。

 しかし、九郎の拠点を使わせてもらえることになった自分とは違い、ゴノークに頼ってもらえるようなツテはなかった。

 喫茶店を営む両親には魔法少女のことは伏せてある。

 敵組織を裏切って魔法少女に就いたダゴニックリリィこと吉田リリーは、謎の力で吉田家の親戚という立場に収まったが――正味ゴノークに同様のことをされるのは気が引けた。リリーは同年代のいたいけな少女だが、ゴノークは吉田家にとって得体のしれない老人でしかない。そのことはゴノークも心得ているのか、『施しは不要。自力でどうとでもなるわい』などと言ってきた。

 真里は少し申し訳なく思ったが、同時に安堵した。

 そして、ゴノークには事情を知る2人の魔法少女と合流し状況の説明をするように頼んでおいた。

 彼女らはまだ渋川市民会館にいるかもしれない。失踪した自分を探して。

 子供という立場をもどかしく思ったことは何度もある。特に魔法少女となってからのこの1年は。

 だが、常に自分の傍らには支えあう友達がいた。絵美里は時折『ほんへ見て』と言いながら怪しげなゲ○○ルノを見せようとする悪癖があったが、かけがえのない友人だ。

 強い孤独を感じる。早く渋川市に帰りたい。


探偵「あと少しで到着ですが、ここから少し治安が悪くなりまして。十分注意しながら進んでください」

雷鳥「なんでそんなところに居を構えるんだ。チンピラなのかぁ? ああん?」

探偵「地脈の具合が帝都全体を大雑把に監視するのにちょうどよかったんですよ」

雷鳥「そんなこともせんと占術1つできんのか」

探偵「ご老人は黙っていてもらえます?」

雷鳥「“東の火国”の果てからでも教えを受けたいと訪れる者がおった儂に対して、そんな口を利いてええんかぁ?」

まり「九郎さん、ここ暗いんだけど」

探偵「ええ、十分注意しながら進んでください」

雷鳥「儂がおれば魔物盗賊の100人や200人―――ん、なんだお主ら。揃いの青い服なんぞ着よって、衛兵にしては貧相だのう。……警察? 通報? 不審者の老人? 何のことだ」


 ゴノークが会話から消えた。何があったかは大体想像がつく。あの様子で絵美里とリリーに合流できるのだろうか。

 ともあれ、気を取り直して暗い路地に挑む。

 藁束だったと思っていたものは、良く見ると筵にくるまった路上生活者だった。怖い。

 真里は知らぬことだが、時折行燈が点いている木造の長屋は無許可の連れ込み宿だ。

 全体的な治安の悪さをひしひしと感じる。

 唐突に、物陰から何者かが飛び出してきた。

 酒臭い。

 酔っぱらった男が、真里に覆いかぶさってきた。

 目は血走り、正気を失っている。

 気を付けろとは言われたがここまで治安が悪いとは。

 と、田舎町渋川で生まれ育った真里が驚く暇もなく、男は無遠慮に真里の身体をまさぐる。

 触手型のベルゼビーストに拘束された時にも感じなかった、陰湿な気味悪さだ。

 そこで変身してこの場を切り抜ける策に思い至ったが、首からぶら下げたサタニックパクトをうまく展開することができない。


探偵「申し訳ない。僕がもっと注意すればよかった。彼は鬼に憑かれているようだ。酒気が悪いものを呼び寄せたのでしょう」

まり「た、助けて! 助けて!」

探偵「僕の部下を呼びなさい。名前は――やぶめの方がいいでしょう」

まり「やぶめ……さん?」


「やぶめさああああん!! 助けてえええええ!!」

 うらぶれた貧民街に真里の声が響く。

 それは探偵の言うとおりに、彼の式神の耳にも届いた。

 しゅしゅしゅ……と、湿った音を聞くと、いつのまにやら真里から男は離れていた。

「おい……何でお前俺の名前を知ってるんだ……? 誰の紹介で来た……? 子供か……? 人間の子供は親と一緒じゃないと夜出歩けないんじゃないのか……?」

 ジャケットを肩にかけた美女が、男を片手で吊るしている。

 じたばたと暴れる男の鳩尾に拳を叩き込むと、気絶した男の額に符を貼って投げ捨てた。

「九音卿殿がいなくなってピリピリしてるんだこっちは……。事務所に戻れば警察マッポの人間も押しかけてくるし……。俺の質問に答えねえなら、お前を呑んじまうぞ……」


探偵「やぶめ、やめなさい。彼女は吉田真里さん。僕はお前のおつむではちょっと分り難い事情で戻れなくなっています。彼女を保護しておやりなさい」


 剣呑な雰囲気を感じ取って、九郎が仲裁に入る。

 しかし、やぶめの耳には九郎の声が届いていないようだった。


まり「この人九郎さんの声が聞こえてないみたい!」


「おい、お前……九郎と言ったか……? 九頭竜九音卿九郎か……? いつもは松田って名乗ってるはずなのに……お前みたいな子供が何で知ってるんだ……?」

 やぶめは真里のパーカーのフードをひっつかむと、縦長の瞳孔で睨みつけた。身長が高い。子供の真里とでは頭2つ分も違う。

「ええ……わたし、九郎さんに言われてここに来たんです。九郎さん色々あって戻れなくなっちゃったから、部下の人に頼るようにって」

「やっぱ生きてるのか九音卿殿は……。ああ……死んでりゃ俺たちもただの畜生に戻るからな……生きてなきゃおかしいんだが……。んん……これ以上は俺の頭じゃわかんねえ……。クソッタレだが、あぜみのとこに連れてくか……。俺に付いてこい、人間の子供」

 そしてやぶめについていくことになった。


探偵「すいません、うちの部下が。彼女は少し足りないのです。あぜみの方ならもう少し話が通じるのですが」

まり「あぜみさんってどんな人なんですか?」

探偵「蝦蟇の怪です。私が式神にしました」

まり「蝦蟇――って蛙さん?」

探偵「そして彼女やぶめは蛇の怪です。昔の事件で下しました」



 探偵はつらつらとその事件のことを語りだした。事務所に行くまでの時間に、その物語を聞く。


 その家の主人が病に伏せるようになったのは、旧家を買い取り引っ越して早々のことだった。

 医者にも見せたが一向に症状は改善せず、ツテを辿ってついにたどり着いたのが松田豊助なる探偵。

 紹介した知人が言うには、探偵というよりは拝み屋の類だが、この手の奇怪ならばたちどころに解決してしまう凄腕だという。

 藁にもすがる思いで呼び寄せた探偵は一言「床下から悪い瘴気が出ています」

 床を剥がしてみると成程、何かを埋めたかのように土が盛り上がっている。

 盛り土の上には砂埃が堆積し、その穴がかなり古いものであることを推察させた。

 探偵はさっと立ち上がると庭の蜘蛛の巣に歩み寄りすすっと手を引く。

 その手には、如何なる業か長い蜘蛛の糸が1本。

 彼が蜘蛛糸を埋め立て地に垂らすと、不可思議なことに何ら土を動かすことなく、禍々しき毒気を放つ大蝦蟇1匹、糸に噛みついて引っ張り上げられた。さらにその先には大蝦蟇を付け狙うように毒蛇が1匹糸に絡まって。

 かつて20年前、ここに住んでいた男は商売敵との確執が深まるにつれ、古代中国の呪法蟲毒に手を付けるに至った。

 人を呪わば――とは言うが、呪いの完成を見るより先に男も商売敵も病で死んでしまったという。

 かくて20年間、目的も何もなく、決着のつかぬまま狭苦しい壺の中で争い続けたたった2匹の生き残り、蛇と蝦蟇は蜘蛛糸に救われた御恩がため、九頭竜九音卿九郎に下ることとなったのだ。


探偵「とまあそういう事情がありまして」

まり「へー」

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