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異邦の三人  作者: 霊鷲山暁灰
第1章 決戦の三人
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鬼道探偵 九頭竜九郎編 1


 皇紀二千九百九十九年九月九日。

 可奈子内親王誘拐さる。

 御年14歳、若き姫君が御蔵絶円なる怪人物に拐かされたとの報は、公表こそされなかったものの皇室、政府筋の人間を震撼させた。

 陸軍将校によるクーデター未遂の記憶も新しく、事が明るみになればこの第八帝都にいかなる混乱がもたらされるか知れたものではない。

 同日九時、所有者不明の怪飛行船が帝都上空を飛んだ。

 欧州のとある一国、さる高級外交官のための遊覧飛行との情報が政府より発表されたが、煌々と光る探照灯サアチライトに違和感を抱く帝都市民は少なからず。

 さもありなん。怪飛行船の上では魔人御蔵絶円と、事件解決の勅命を畏れ多くも帝より賜った探偵、九頭竜九音卿九郎との決戦が行われていたのである。


 水素ガスを充填するべき船体の上に、4名の人が乗っている。

 上空2000m。アルミ外皮を持つ硬式飛行船とはいえ、尋常の者が立っていられるような場所ではない。

 黒い洋装モーニングの魔人、御蔵絶円がその汚らわしきかいなに抱くのは、誰あろう可奈子内親王殿下その人である。

 御蔵は異人を思わせるような彫の深い顔に、全てを虚仮にするような笑みを張り付かせ、己の宿敵と対峙している。

 宿敵――鬼道探偵九頭竜九郎は欧州製の山高帽と丸眼鏡の下、美貌ともいえる端正な顔で御蔵を睨んだ。

 和装の上に羽織ったインバネスコートが風にはためくも、本人は微動だにしない。

 彼の横にはやはり美形の、訪問着をたおやかに着こなした女が佇んでいた。

「一介の探偵風情がここまでたどり着いたことは誉めてやろう。だが所詮貴様は死因を選んだだけに過ぎない。貴様には落下死がお似合いだ」

 御蔵は聞いたものに恐慌を起こさせるような、低く禍々しい声で言い放った。

 呪の入り混じった魔声だ。この声で千年間多くの者が唆された。魔道にあらざるものは即座に自殺するだろう。

 だが、探偵が歩むのは魔道。

 第四帝都の時代より連綿と続く妖術使いであった。

「御蔵、僕は貴様の浅薄な謀などとうにお見通しだが、それでもあえて貴様の口から聞こう。何故可奈子殿下を攫った」

 顔に違わぬ美声。生娘ならば声だけで気をやるほどの。

 隣の美女は、常の様に微笑む顔を、一瞬恍惚の朱に染めた。

 そして御蔵はそのおぞましき謀略を語る。心底よりの自信をもって。

「知れたことよ。殿下を我が精で孕ませ、帝の世継ぎを作るのだ。かつて断たれた皇統、熊野朝のな」

 御蔵が抱く可奈子内親王は幸運なことに正体を失っている。

 この魔人の正体こそは熊野朝の遺臣。僭帝に付き従い妖術を振るった古の魔導士だった。

 己の計略に興奮を覚えたのか、可奈子内親王を抱く腕に一層の力を込めた。

 可奈子の蕾の乳房が、その純白のワンピースの下で潰れる。

「破廉恥千万。皇家の御方おんかたならずとも、少女を拐かしその非道なる所業に及ぶと言うならば、貴様は万死に値する」

 いつのまにやら、探偵の手には符が出現していた。

「くくく、万死で足りればいいのだがのう!」

 魔人は片腕で呪を放つ。

 それを防いだのは、九郎の隣で微笑んでいた美女だ。

九音卿くおんきょう殿、あちきが防ぎんす」

「頼んだよ、あぜみ」

 美女は人ならざる横長の瞳孔をぎょろりと動かし、飛行船の上全体をねめつける。

 大蝦蟇の怪。その邪眼の視界と速度より逃れ得るものなど蛇を除いていないだろう。

 探偵が走る。

 強烈な向かい風にも関わらず、その速度は地上と何ら変わりなく。

 飛行船の外皮の裏側には呪を込めた符が所狭しと張り付けてあった。

 その位置を知るのは仕掛けた御蔵のみだが、鬼道探偵たる九郎は正確に避けていく。

 しかし、御蔵は可奈子を抱えながらも飛び回り、容易には追いつけない。

「音に聞こえた九音卿もそれまでか!?」

 御蔵の高笑いが天に響く。

 九郎は汗一つ流さずそれを聞き流した。

 そして――

「今だ、やぶめ!」

 九郎は蝦蟇の女妖あぜみと同様の、己の式神を呼ぶ。

 青いワンピースに肩掛けジャケットの美女が御蔵の背後に気配もなく出現。可奈子内親王を取り戻した。

 美女は呪符を避けて跳ぶと、あぜみの横に並んだ。

「己の鬼門にも気付かないとは、いやはや大した魔人だ」

 探偵が侮蔑を込めて吐き捨てた。

 御蔵は苦々しげに己の腕を見やる。

 2つの牙による咬傷。毒による麻痺で可奈子を取り落としたのだ。

「毒蛇か!」

 洋装の美女、やぶめの正体を看破するも、時すでに遅し。

 御蔵は毒蛇に咬まれた己の腕を万力のごとき力で締め上げ、毒を輩出する。

 穢れに満ちた血が風に乗って九郎にそそぐが、厭わしげに訪問着の袖を振ったあぜみに弾かれた。

「あぜみ、やぶめ、殿下を連れて下がっていなさい。御蔵絶円は僕が斃す」

 式神を下がらせ、魔人と向かい合う。

 魔人の目が怒りに見開かれた。

 周囲の気が乱れ、泣き声のような風音が唸る。

 九郎は意に介さず、インバネスコートの下に帯びた己の愛刀を引き抜いた。

 妖刀小夜啼鳥。

 第五帝都時代、籐州鍛冶による名品。

 生き試に用いられた罪人は、一昼夜己の首が斬られたことに気づかなかったとの言い伝えすら残る。

 先刻までとは別人のような速さで御蔵の呪を斬りながら迫る九郎。

「拝み屋ごときがこの絶円を追い詰めるというか! 認めんぞ! 我が非願成就まで今少しなのだ!」

 御蔵が印を結ぶと、飛行船の中より無数の蛾が現れた。

 呪を纏った蛾が九郎を取り囲む。

「急急如律令!」

 鬼道探偵の符が蛾を光とともに消し去った。

 白い光に照らされた九郎が3mも離れた御蔵に刀を向ける。

 りん、と澄んだ構えが、九頭竜九郎の仕掛けた大妖術を起動させた。

「これは――!」

 御蔵は己の足元に光る陣に対し驚愕。

 その術とは――

幽世かくりよの門より出ずる鬼が邪悪なる魂を葬り去る秘術だ。逃れる術はない」

「このような大妖術をなぜ!!」

「貴様の招いた因果だ。鬼国じごくにい堕ちるがいいい御蔵絶円。貴様の殺めた人々が貴様を許さないだろう!」

 魔人御蔵絶円の最期。断末魔が帝都上空にこだまする―――かと思われた。

「術が僕の手を離れた!?」

 九郎が初めて動揺の声を上げた。

 考えられる原因は一つ。

「異界よりの干渉。僕と同様に空間を捻じ曲げた者がいるということか!」

 御蔵の消失により飛行船が自沈を始める。

 このままでは帝都湾に落下するだろう。

 その夜、焼け落ちる飛行船の上、鬼道探偵――九頭竜九音卿九郎は、この世界から消えた。

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