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第九話:深く静かに潜行せよ

 

 

 

「プール、ですか?」

「はい。プールです」

 にこやかに微笑む真由美。アキラの前には、プールのチケット。

 何でも、真由美が新聞屋から手に入れたらしい。

「でも、この季節にプールですか?」

「温水プールなんです。よろしかったら、みんなを連れて行ってくれませんか?」

 温水プール。冬でも問題なく泳ぐ事ができる場所。なるほど、それならば納得がいく。つまり、アキラに引率を頼みたいのだ。女性ばかりでいくよりは、その方が何かと都合がいいのだろう。

「分かりました。それで、行くのは誰なんです?」

「私と弥生、弥生のお友達の瑞穂さん。それと、フュリスちゃんも連れて行きたいんだけど……アキラさん、説得してくださいます?」

 あの少女の事だから、普通に誘っても来ないだろう。そのためには、『餌』が必要だ。アキラが声をかければ、きっと……。

 …………。

「プール……?」

「ああ、フュリスも連れて行きたいって、真由美さんがさ」

 少女は黙って考え込む。プールなんて、行ったこともない。ましてや自分は泳げない。そんな事で、一緒に行ってもいいものだろうか。

「泳げないなら、俺がコーチしてやってもいいぞ?」

 アキラの、コーチ……。プールの中、手取り足取り……。

 ボンッ! たちまちフュリスの顔が赤くなる。

「どうした? 顔が真っ赤だぞ?」

「何でもありません! ……仕方がありませんね。アキラがそこまで言うのなら、私もプールに行く事にしましょう。そ、その代わり、その、水泳のコーチは、しっかりとやってもらいます。……手取り足取り、です」

「うむ、任せろ。必ず泳げるようにしてやる」

 こうして、明日は一同揃ってプールに行く事になったのだった。

 

 

 

 街のデパート。そこに女性達は買い物に来ていた。アキラはひとり、家で留守番。今回は、女性のための買い物なのだから。

 きっかけは、フュリスが水着を持っていないことが分かった事。真由美はそれを聞いて、フュリスたちを連れて買い物に来たのだ。

 水着売り場。そこは夏ほどの盛況はないものの、色とりどりの水着で溢れている。

「それじゃあ、それぞれ気に入った水着を選んできてね?」

 その声に、一同散ってゆく。しかし、フュリスはそこに留まり、動こうとしない。

「どうしたの、フュリスちゃん? 気に入った水着を選んでいいのよ?」

 少女はうつむいたまま、答える。

「どういう水着がいいとか、その、分からないので……」

 真由美はフュリスの手を引いて、子供用水着売り場に足を運ぶ。カラフルな水着の中から、この少女に似合いそうなものを探す。

 色白で、華奢な少女。その身を包むのに、相応しい物。それを選び出すのは、責任重大である。何といっても、この少女が見せたい相手。その人に気に入ってもらわなくてはならないのだから。

 やがて真由美は、一着の水着を選び出す。淡い水色のセパレート、小さなパレオがついている。僅かな少女の瞬間というものを、浮かび上がらせるようなデザイン。

 早速フュリスに渡し、試着室へ送り出す。しばらく時が流れ……。やがて試着室のカーテンが開く。

「あらあら、まぁ!」

 そこには、恥じらいで白い肌を真っ赤に染めた少女。水色の水着は、優しく肌を被い、慎ましやかな胸も、僅かに自己主張をしている。なんというか、思わずだきしめてしまいそうな容姿だ。

「似合ってるわよ、フュリスちゃん」

「……よく、分かりません」

 少女には、自分の魅力が分かっていないのだろう。危うげで、儚い少女の色気。それはこの今しか存在しない、貴重なものだ。

「ふふっ、これならアキラさんもいちころね」

「あ、アキラの事なんか、どうでもいいです。私は泳げれば、その……」

 本当に、微笑ましい。真由美はあの鈍感な青年が、この素直でない少女に振り向いてくれる事を、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 弥生達も、それぞれの水着を選び終わったようだ。

『最近、胸がきついのよねー』といっていた弥生も、満足のいくものを選んだのだろう。

「瑞穂も、もうちょっと冒険すればよかったのに」

「私は、大人し目ので良いんです。弥生ちゃんほど、スタイルもよくありませんし……」

 自分と弥生の胸を見比べ、ため息をひとつつく瑞穂。早乙女家の遺伝の力は、素晴らしい。真由美さんだって、もうもの凄いスタイルをしているし、弥生だってモデル体型だ。比べるなという方が無理であろう。

 会計を済ませ、デパートを後にする。いよいよ明日は、お披露目の日だ。果たして、誰がプールサイドのヒロインになれるのか。そんな事は誰も考えず、ただ楽しむ事だけを思い描くのだった。

 

 

 

 そして、今日はプールに行く日。みんなの荷物を背負ったアキラが、女性達の後に続く。唯一の男としては、今日の責任は重大だ。みんなのガード、世話、やる事は山積みである。

 しかし、こういう時に燃えるのが、正義というものであろう。そういうわけで、アキラは嫌な顔ひとつ見せずに、後を着いていくのだ。

 やがて一行は、街中の屋内プールに辿り着く。併設された屋外プールは、夏までお休み。しかし屋内の温水プールは、いつでも営業している。スポーツを楽しむ人などで、年中賑わっているのだ。

 入り口をくぐり、更衣室に入る。瑞穂はチラッと、着替える弥生たちを見る。

「……」

 神は、何と不公平なのか。真由美はばいんばいんだし、弥生もすらっとしていて、出るところは出ている。フュリスも、歳相応の可愛らしさをかもし出し、将来性を感じさせる。それにひきかえ、自分はどうだ。

「……理不尽」

 ぽつりと呟く。

「何か言った、瑞穂?」

 すでに水着に着替え終わった弥生が問いかける。慌てて首を振り、自分も着替え始める。

 不公平がなんだというのだ。いずれ人々はあまねく平等になされるのだ。この自分の手によって。そのために、自分は……。

「ほら、行くよ!」

 着替え終わって、なにやら考え込んでいる瑞穂を、弥生が引っ張る。

「あ、ちょっと待って弥生ちゃん!」

 そうして、騒がしく彼女たちはプールサイドへ赴いた。

 

 

 

 プールサイド、そこに連なる男達は、入ってきた女性達に目を奪われていた。

 先頭はメリハリの利いたボディーを、黒のビキニで包んだ妙齢の女性。長い髪をアップにまとめ、ちらりと見えるうなじがセクシーだ。

 次にやってきたのは、小さな少女。淡い水色のセパレートの水着。ひらりと翻るパレオ。

成長途中の瑞々しい肢体。まさに、その手の人にはたまらない。

 続いてふたりの女の子。ワンピーススタイルの水着が、発達した体を包んでいる。ひとりは活発そうな娘。ボディーの方も、実に活発的に自己主張している。

 もうひとりのおとなしそうな子も、それには劣るとはいえ負けるものではない。

 プールサイドに、一際花が咲いたようだ。プールの中では、見とれていた彼氏を彼女がつねるといった光景が、あちらこちらで見られる。当然、男達は我先にと声をかけようとしたのだが。

「おーい、こっちだ!」

 ひとりの男が、女性達を呼び寄せる。大柄、筋肉質。一目で鍛え上げていると分かる姿。

「どうしたんだ、遅かったじゃないか」

「女の子は色々と時間がかかるんですよ」

 真由美が微笑んで答える。

「そういうものか……」

 そうは言うものの、あまり分かってはいないようなアキラ。

「ふふっ、アキラさん、ちょっと……」

 そう言うと、真由美はひとりの少女を前に押し出す。おろおろと、慌てふためくその少女。

「どうですか? 見違えるでしょ?」

 水着に身を包んだフュリス。ちらちらと、赤い顔でアキラを見る。

「ふむ……なるほど」

 じっくりと少女を眺める。そのおかげか、ますます肌を赤く染める。

「ほら、何か感想を言ってあげないと……」

「ああ、よく似合ってる。フュリスも意外とやるものだな」

「ちょっとアキラ、こっちは無視なわけ?」

「いや、弥生ちゃんたちもよく似合ってる。特に弥生ちゃん、その胸が……」

 傍らで言い合いを始める三人。そんな三人を眺めながら、真由美はフュリスの肩に手を置く。

「良かったわね、褒めてもらえて」

「……」

 こくんと頷く少女。それだけでも、ここに連れてきた甲斐があったというものだ。フュリスの手を引いて、先に歩き始めた三人を追う。

『ここに来て……良かったかも』

 歩きながら、フュリスは思う。

 後は泳ぎのコーチをしてもらいながら、少しずつアキラとの関係を深めていこう。こんな時くらいしか、自分は素直になれないのだから。

 

 

 

 やがて一同は、泳ぎの前の柔軟体操を始めた。言い寄ろうとする男達は、アキラの存在が完全にシャットしている。

 やがて体操が終わると、アキラはフュリスをプールの中から招く。

「ほら、怖くないぞ。早く入って来い」

 恐る恐る、プールの中に入る。しかし、僅かに足が届かない。思わずばたつき、沈みそうになる。しかし、アキラはそんな少女を、そっと抱き上げ助け出した。

「フュリスにはちょっと深いか……。しばらく俺に掴まって、水に慣れるんだ」

 僅かに震えるフュリスに、彼らしくも無く優しく語り掛ける。フュリスは顔をあげる。優しい瞳と目が合った。

『……アキラって、こんな顔もできるんだ……』

 いつも馬鹿のように笑っている彼。でも、今はこんなに優しい。ぎゅっと彼にしがみつく。素肌から伝わる体温。こんなにも……温かい。

「ちょっと、弥生ちゃんってば!」

「ジャイアントストライドエントリー!」

 その時、弥生が勢いよくプールに飛び込む。その波しぶきを浴び、フュリスの体が濡れる。

「きゃっ!」

「おっと……」

 気がつけば、全身でアキラにしがみついている状態。慌てて体を離す。

「しかし何だな、フュリスも意外と可愛いところがあるな」

「なっ、いきなりなにを言い出すんですか!」

 大慌てでアキラから離れるフュリス。しかし、足がつく事は無く、そのまま沈みかける。

「無茶するんじゃない。ほら、泳ぎ方のコーチしてやるから」

「ぷはっ……はい、お願いします……」

 そんな様子を、プールサイドに座って眺める真由美。

「若いって、いいわよねぇ……」

 

 

 

 プールの縁に捕まり、バタ足の練習をするフュリス。側にはアキラが付き添っている。

 意外にもアキラの教え方は、スパルタではなかった。外見は肉体派バカなのだが、それなりに他人を思いやる気持ちはあるらしい。

「そう、息継ぎは泳ぎの基本だ。体全体の力を抜いて……」

「甘い、甘いぞブレイバー!」

 突如として、あたりに響く声。アキラが振り向くと、飛び込み台の上に、ひとつの姿。

「何だ、お前は?」

「ふはははっ、俺の名は……」

 しかし、そんな会話をするアキラの腕を、フュリスが引っ張る。

「まだコーチの途中です。よそ見しないでください」

「ああ、すまん……」

 無視して練習を続ける。ふるふると震える影。

「貴様らぁ! 俺を無視するなぁ!」

「うるさいです。どっか行っちゃってください」

 一言のもとに、退けられる。

 ぷつーん! と、堪忍袋の緒が切れる音がした。

「俺は、俺様は、怪人バターフライ! ブレイバー、貴様に勝負を申し込む!」

 水泳パンツにゴーグル装備の、半魚人のような姿の男が叫ぶ。

「勝負だと?」

「そう、貴様が勝てばよし、しかし、もし貴様が敗北したならば、このプールは俺の物。俺に従うものだけが入れるようにしてやる!」

「あの馬鹿、勝手に何を……」

 弥生の隣で、瑞穂が小さく呟く。

「さぁ、どうするブレイバー? 尻尾を巻いて逃げるのか?」

 怪人の挑発に、アキラは拳を固める。

「いいだろう。その勝負、受けよう! それで、勝負の方法は何だ?」

「決まっているだろう。水泳勝負だ!」

 

 

 

 プールサイドは、見物人で鈴なりになっていた。

 これから、プールの存亡を賭けた勝負が始まるのだ。……しかし、怪人の目的がさっぱり分からない。こんなプールを占領して、一体何を企んでいるのか。プールを手に入れることで、何か猟奇的なことでも起こすのだろうか。

 とにもかくにも、そんな事は許すわけにはいかない。そんな訳で、こうして勝負する事になったのだった。

「第一のコース、一文字アキラ!」

 飛び込み台の上で、アキラはガッツポーズを取る。幸い、泳ぎには自信がある。負ける事など、考えてもいない。相手が誰だろうと、全力を尽くすのみだ。

「第二のコース、怪人バターフライ!」

 ムキッとポージング。その体は、まさに泳ぐために特化されたものだ。手ごわい相手になるだろう。

 ふたりは共にスタート体勢をとる。引き絞られた弓のように、いつでも飛び出せるように。

「よーい……」

 スタートの号令がかかろうとする。最初の一飛びが勝負だ。どんなレースでも、スタートが肝心なのだから。

「……スタート!」

 アキラは大きく飛び込む。一瞬遅れ、怪人がほぼ真上にジャンプする。

「これぞ秘儀! 超シンクロナイズドダイーーブ!」

 バシャーーーンッ! すさまじい波が巻き起こり、周囲の見物客を洗い流す。

「キャァーーッ!」

 スタート地点横で、様子を眺めていたフュリスは、その波に巻き込まれ、プールの中へとさらわれていった。

 

 

 

「フュリス、おい、しっかりしろフュリス!」

 アキラが懸命に呼びかける。その背後には、プールの底に突き刺さり、足だけを宙にさらす怪人の姿。非常に犬神家である。

 フュリスがプールに落ちた事を知ったアキラが、すぐに彼女を助け出したのだが、すっかり水を飲んでしまったフュリスは、目を覚まさない。

 完全に溺れてしまっていたのだ。レースは中断、すぐにアキラは手当てを開始した。

「水は吐かせた……しかし、目を覚まさないという事は……」

 事態は想ったよりも深刻らしい。周囲を真由美たちが、心配そうに取り巻いている。

「こうなったら仕方がない。人工呼吸で、何とかするしか……」

 ぴくっ。僅かにフュリスの肩が動く。しかし、それに気がついたのは、ひとりしかいなかった。

『あらあら、フュリスちゃんったら……』

 真由美は微笑む。この少女は、とっくに気がついているのだ。ただ、この後に起こる事を、待ち望んでいるだけで。

 アキラは大きく深呼吸をすると、フュリスへと顔を近づけていく。徐々に、赤みを差していく少女の頬。今、ここでとやかく言う必要も無いだろう。それを少女は望んでいるのだから。真由美は微笑ましさを持って見守る。

 そして、ふたりの唇は重なろうと……。

「バックロールエントリーキーーーック!」

 どごっ!

 突如として飛来し、アキラの頭にキックを加える怪人。ゴチンという音がして、アキラは思いっきり床にキスをする。

「あれしきの事で、俺を倒したと想うなよ、ブレイバー!」

 ぷすぷすと煙を上げ、床に伸びるアキラ。

「こうなれば直接打撃戦で勝負だ。立て、ブレイバー! ……ん?」

 気がつけば、怪人の前にゆらりと仁王立ちする少女。その肩はプルプルと震えている。

「……せっかく……せっかくもう少しで……」

 いつの間にか、その手に握られているハリセン。そして少女は、思い切りそれを振りかぶった。

「この、馬鹿っ!」

 バシーーーンッ!

 渾身の力を込めたハリセンの一撃。怪人はくるくると舞うと、そのまま窓を突き破って遙か大空へと叩き出されていった。

 はぁはぁと、肩で息をつくフュリス。床に伸び、意識不明のアキラ。

 こうして、プールサイドの大激戦は、ひとりの少女の怒りの一撃で終わったのだった。

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