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第八話:大爆走! 町内マラソンレース!


 

 

 

 とある昼下がり。一文字アキラは、一軒の牛丼屋に入っていた。早くて安くて、美味い。まさに、彼のような大食いのためにある店である。

「特盛りつゆだく! 二人前!」

 即座に出てくる、牛丼ふたつ。アキラは手を合わせると、一心不乱にかきこみはじめる。

「いらっしゃいませー!」

 その時、ひとりの女性が店に入ってくる。

「牛丼特盛り、六つ頂戴」

 アキラは耳を疑う。こんな女性が、六杯も牛丼を食べられるのか。しかも持ち帰りでもなく、特盛りで。

 呆然と眺めるアキラを余所に、その女性は運ばれた牛丼を猛烈な勢いで平らげていく。

 がつがつむしゃむしゃぱくぱくもぐもぐ……

 すさまじい勢いだ。食の太い女性というものは、ある意味魅力的ではあるが、これはちょっと流石にひいてしまう。

 やがて女性は牛丼を食べつくすと、席を立つ。積み重なる丼を残して。

「ちょっとお客さん、お勘定……」

「勘定なら、そこの彼につけておいて」

 アキラを示し、一気に店の外へ飛び出す。

「な、ちょっと待て!」

 慌ててアキラは追いかけるが、女性の逃げ足は異様に速く、あっという間に見えなくなってしまった。

 目の前で食い逃げをされるとは、宇宙刑事失格である。仕方なく店に戻ると、店員の鋭い目。

「あの人の分も、払ってくださいね?」

 正義というものは、時に金で解決しなければならないこともあるのだった。

 ふたり分の代金を支払い、店を出る。志は重いが、財布は軽い。今度、フュリスに小遣いの値上げでも交渉しようか。アキラの財布は、あの少女に握られているのである。

 それにしてもあの女、信じられない逃げ足だった。鍛え上げられているアキラよりも、数段早いとは。

 多少、正義の味方のプライドが傷つく。今まで何度か、食い逃げを捕らえた事はあったが、ここまで鮮やかに逃げられたのは初めてである。

 いやな事を頭から振り払い、歩き出す。すると、目の前の定職屋から飛び出す影。

「待てーっ! 金払ってけー!」

 それは、先ほどの女性。再び走り出し、あっという間に見えなくなる。

「……食い逃げの、プロか?」

 アキラは黙って頭を抱えるのだった。

 

 

 

 街では、大きな騒ぎが持ち上がっていた。度重なる食い逃げの被害。たったひとりのために、街中の飲食物店が大きな被害を受けていたのだ。

 もはや、この街で被害を受けていない店など無い。事態を重く見た店長達は、似顔絵を書き街中の店に配った。大規模な指名手配である。

 だが、それも大した効果は無く、変装した女性の強襲により、商店街の店舗は壊滅的な被害を受けてしまった。まるでイナゴの大群である。通り過ぎた後には、一切の食物がなくなるのだ。

 そんなこんなで、ここ早乙女家。アキラの前に集う飲食店の店長達。みな一様に、疲れきった顔をしている。

「それで、今日はどうなさったのですか?」

 アキラの問いに、ひとりの店長が答える。

「宇宙刑事のあなたに、お願いがあってまいりました。なんとしても、あの憎き食い逃げ女を捕まえていただきたいのです」

 なるほど、ついに困りきってアキラという宇宙刑事に助けを求めてきたのだ。

「しかし、相手はどこに現れるのか分からない。しかも、あの逃げ足の速さ。並の人間では追いつけないでしょう。かく言う私も、一度逃げられています」

 アキラの言葉に、うーむと頭を抱える一同。そこへ真由美が、お茶を持ってやってきた。

「何とかしてあげられないかしら、アキラさん?」

「しかし、足取りさえ掴めないのでは……」

 うーんと小首をかしげる真由美。その姿はちょっとコケティッシュだ。

「そうねぇ……罠を張るって言うのは、どうかしら?」

「罠……ですか? しかし、それは一体どういう?」

「それはね……」

 

 

 

 丘の上の大きな屋敷。その地下室で、眼鏡の少女は困り果てていた。配下の怪人、クイーン・ニーゲが屋敷から逃亡したのだ。

 しかもその理由が、『空腹だから』という理由では、情けなくなるというものである。

 そもそも、怪人たちには充分な福利厚生を提供している。腹が減るのはあの怪人独自の生態のためだ。

 食生活の変化に伴い、排出される残飯の量は日々増加している。そのような無駄を処理するために、生み出された怪人。唯一の誤算は、その怪人が非情に美食家だった事だ。

 そのために、普通の食べ物で無いと受け付けず、食費は右肩上がり。結局外へ食料を求めて飛び出してしまう事となった。

 できれば、被害が広がる前にさっさと宇宙刑事に退治されて欲しいものだが。

 少女は小さくため息をついた。

 

 

 

 ポンポン、ポーン!

 花火が青空に撃ちあがる。ここは商店街。今日は商店街主催のイベントが、急遽開催されたのだ。

 道路に並ぶ屋台、はしゃぐ人々。まさにちょっとしたお祭り騒ぎだ。あちこちから、様々な食べ物の匂いが漂ってくる。そう、このイベントこそ、飲食店協会の主催で開かれた、壮大な罠なのだった。

 この食べ物の匂いにつられて、あの女は必ず姿を現す。そこを捕まえようというのだ。勿論、それだけではなく、せっかくのイベントをみんなに楽しんでもらいたいという考えもある。やはり何事も、転んでもただでは起きない精神が必要なのだろう。

 イベントも盛り上がり、やがてメインの行事の時が訪れる。

『みなさーん! 本日のメインイベント、町内マラソン大会を始めまーす!』

 司会者が、マイク片手に絶叫する。

 本部の前に立てられた大きな看板。そこに書かれた優勝商品。それが、あの食い逃げ犯を捕まえる大きな餌。

『一位 焼肉屋牛太郎 食べ放題チケット』

 これを見れば、食い逃げ犯の女も黙ってはいられないだろう。マラソン大会で町内を走らせて、へとへとになった所を捕まえる。真由美の立てた作戦だ。この作戦は、満場一致で可決され、こうして実行される事になったわけだが。

「いちにーさんしっと……」

 スタート地点で、エントリーを済ませ柔軟体操をするアキラ。あの女にも、限界まで走ってバテてもらわなくてはならない。そのためにも、本気で走らなくてはならないように、強力な当て馬が必要なのだ。

 そんな訳で、アキラに白羽の矢が立ったのである。

 他の一般参加者達も、ぞろぞろと集まってくる。なかなかに盛況だ。それだけ、この街には暇人が多いのだろう。

 やがて出場者の受付も締め切り、スタートの準備が始められる。アキラは周りを見回す。あの女も、この中のどこかにいるはずだと。

「それでは、出場者の皆さんはスタート位置についてくださーい」

 ボランティアで駆り出された弥生が、火薬銃を片手に位置につく。

「おんゆあまーく……げっとせっと……」

 アキラは前傾し、瞬発力を溜める。周りの人々も、それぞれ独自のスタート体勢をとっている。そしてゆっくりと銃を持った弥生の手が上がり……。

 パーンッ!

 その音を合図に、一斉に飛び出す。アキラは先頭集団に紛れ、走り出す。その中を、ひとりの女が飛び出していく。間違いない、あの食い逃げ女だ。

 ひとり独走する女。その後にアキラは続く。今日の彼は絶好調だ。先頭を走る女に、遅れないように着いていく。しかしこのスピードは、マラソンというにはあまりにも速すぎる。

 商店街を抜け、最初の角を曲がり、大きな通りへ出る。沿道に大勢の応援の姿。子供達も旗を振って懸命に応援している。

 アキラも手を振って、それに答える。もうすっかりアキラも、この街の有名人だ。小さなことから、大きなことまで、様々な事件を解決してきたのだから。

「がんばってー! うちゅうけいじのおにいさーん!」

 アキラはその声に背中を押されるように、更にペースを上げた。

 

 

 

 商店街の本部前、そこに設置された大型スクリーン。その画面には、衛星軌道上の航宙巡洋艦ハイペリオンからフュリスが撮影している映像が、リアルタイムで流されていた。

 先頭は相変わらず、謎の食い逃げ女(エントリーシートには、クイーン・ニーゲと記されていたが)の独走、そしてその後に僅かに遅れてアキラ。後は集団で離れたところを追尾している。

「アキラさん、頑張っているわね」

「当然よ。こうなったら食い逃げを捕まえるだけじゃなくて、優勝商品も手に入れてもらわなきゃ」

 真由美と弥生はスクリーンを眺めながら、レースの様子を見守る。

「弥生も走ればよかったのに。いいダイエットになるわよ?」

「冗談じゃないわ。こんな面倒な事、私はお断りよ」

 スクリーンの中では、アキラ達が通りを抜けてごちゃごちゃした裏通りへと入っていく。この先は曲がり角の多いテクニカルコース。果たして、アキラは一位になれるのだろうか。

「……よし、追いつける!」

 アキラはスピードを上げ、先頭の背に近づいていく。徐々に詰まる距離。すると、先頭の女はチラッと後ろを振り向き、いきなり着ていた服を脱ぎだした。

「な、何やってるんだ?」

 服を脱いだその下、そこには僅かな鎧のようなもので体を被った姿。少々扇情的である。

 そして女は再度振り向くと、もの凄い速度で走り出した。たちまち引き離されていくアキラ。

「あいつ、怪人だったのか……? くそ、このままじゃ追いつけない……」

 思案するアキラ。そして、最後の手段を思いつく。腕の無線機に向かって、語りかける。

「フュリス、コンバットスーツの脚部パーツだけを転送してくれ!」

 一瞬の後、空から降り注ぐ光。その光を浴びると、アキラの足にスーツの足パーツだけが装着された。

「よし、これで追いついてみせる!」

 気合を込めると、さらに走る速度を上げる。

 ※説明しよう。ブレイバーの足パーツは、装着する事により普段の数倍の速度を発揮する事ができるのだ!

 土煙を上げ、猛然と追い上げるアキラ。間もなく遠くなっていた怪人の背中が見えてくる。射程圏内。ゴールまでの距離は、もう大して無い。ここで追い抜かなければ、ゴールで捕まえる事はできないだろう。

「ブレイバーダッーッシュ!」

 最後の直線に入り、ゴールの様子が見えてくる。鈴なりになる観衆達。

 アキラはラストスパートをかける。追い越すまで、あと十メートル、五メートル、三メートル……。ゴールのテープが見える。そしてアキラは、飛び上がった。

「フライング断罪キーック!」

 どゲシッ! 怪人の後頭部に決まる飛び蹴り。丸太のように倒れる怪人。そしてアキラは、そのままゴールテープを切る。

『一位、一文字アキラ選手ーーっ!』

 ワーッと上がる歓声。

 こうして、食い逃げ怪人の逮捕と、マラソン大会の優勝、ふたつの目的を同時にアキラは達成したのだった。

 

 

 

 ……あれから数日。

 みんなで焼肉屋で食べ放題を楽しんだ帰り道。一軒の店の前を通り過ぎると、入り口から飛び出していく怪人クイーン・ニーゲ。手には岡持ちを提げている。

「何やってるんだ、また食い逃げか?」

 店の中に顔を出し、店長に尋ねる。

「いや、街中の店で、順番にバイトさせているんだ。食い意地ははっているけど、あの足での出前は、なかなか役に立つよ」

 成る程、怪人にも役に立つ時があるのだ。

 アキラは道路に戻り、みんなと家路を急ぐ。いつか、あの怪人に出前を頼もうかと考えながら。

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