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第七話:あの人に、この想い届け


 

 

 

 暦の上では、まだまだ冬。しかし、微かに春の足音を感じさせる季節。それが、二月。

 学校から帰ってきた弥生は、台所に飛び込んだ。そこに母親がいるはずだから。しかし、そこには誰も居らず、ただ書置きが一枚だけ。

『大事なお買い物に行ってきます。弥生も、そろそろ準備しておいた方がいいわよ』

 ……何のことだろうか?

 準備といわれても、さっぱり訳が分からない。ふとカレンダーを見ると、三日先に丸印がつけてある。

「……あ、そっか……」

 成る程、真由美はこれのために出かけたのだ。理由が分かれば、何となく力が抜ける。いい歳をしてこういうイベントではしゃぐというのは、どうかと思うが。

 弥生は二階の自室へ向かう。どうせ自分には関係の無い事だ。相手もいないことだし、特に気にする事も無いだろう。……だが、真由美は相手がいるのだろうか。まさか、あの男に?

「本命のはずはないと思うけど……」

 あの母親のことだから、絶対にありえない事ではない。父親は単身赴任中であるし、もしかすると『若いツバメさん♪』などと浮かれている可能性もありえる。

 そんな早まられても、困る。ここはなんとしても、阻止しなければならない。でも、どうやって?

「とりあえず、商店街に行ってみよう……」

 真由美を見つけ出して、馬鹿な事はしないように言い含めなければならない。何故自分がこんなに疲れる事をやらねばならないのか理解に苦しむ弥生。

 制服も着替えずに、外へと飛び出す。目指すは商店街の、専門コーナー。

 きっと母親は、そこにいるはずだ。

 弥生は覚悟を胸に、商店街へと足を向けた。

 …………。

 その日フュリスは、いつものように早乙女家で朝食を頂いていた。

 隣には、がつがつと食事を取るアキラの姿。あの事件以来、妙に気恥ずかしくて、なかなか彼と顔を合わせることができない。

 あの時の言葉を思い出す。

『お前は、俺のものだ』

 ……これは、言ってみれば告白ではないのか? そう思うだけで、顔が赤くなっていくのが分かる。アキラが、自分に告白……。

「どうしたフュリス、食べないなら、俺が食っちまうぞ?」

 真っ赤な顔を、アキラに見られるフュリス。

「なんだ、風邪でもひいたのか? 顔が真っ赤だぞ」

 そのまま彼は手を伸ばす。ぺたり。額に当たる手。ひんやりと冷たいそれ。

 ぼんっ! ますます少女の顔は赤くなる。

「な、なんでもありません! 気にしないでください!」

 慌てて彼の手を引き剥がすフュリス。そんな様子を、ニコニコと眺める真由美。結局、朝食が終わるまで、フュリスの顔は真っ赤なままだった。

 朝食の時間も終わり、弥生は学校へ。アキラは街のパトロールに出かける。フュリスも航宙巡洋艦ハイペリオンに戻ろうと、アキラの部屋の押入れに潜り込もうとする。

 しかし、そんな少女を引き止める声。

「フュリスちゃん、ちょっといいかしら?」

「なんですか、真由美さん?」

 笑顔の真由美。そっとフュリスに近づくと、耳元に囁く。

「あの人のこと、好き?」

 ……ぼんっ!

 たちまち紅葉のように、顔を赤くするフュリス。

「あらあら、顔がまっかっかね」

「ちょ、ば、馬鹿なこと、言わないでください! 私があのアキラを好きですって? 冗談もほどほどにしてください! 大体、あんなバカでどうしようもなくて、食欲だけは人並み以上、くだらない事に正義を振りかざして突撃する正義馬鹿、正義マニア、いいえ、正義オタクに、何で私が好意を持つなんて考えるんですか。馬鹿げてます。もう呆れ果てます。そもそも私は好みはうるさいんです。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと、はっきりしているんです。あんな暑苦しい人、願い下げです。もしもあの人がまともな思考を持っていたとしても、それでも却下です、不許可です。それに……」

 少女の長い語りを遮って、真由美は意地悪そうに微笑む。

「アキラさんの事だなんて、一言も言ってないわよ?」

「あ……」

 自爆である。おまけに墓穴まで掘っている。言い訳のしようも無い。真っ赤な顔で、フュリスはうつむいてしまう。

「それでね、フュリスちゃん。そんなあなたに、ちょうどいいイベントがもうすぐあるのよ?」

「イベント、ですか?」

「そう、地球の独自のイベントでね。好きな人に、プレゼントをするの」

「わ、私に好きな人なんて、いません!」

 精一杯主張してみても、もう後の祭りである。そもそも真っ赤な顔で言っても、説得力が無い事甚だしい。

 真由美はカレンダーの前に、少女を連れて行く。そこには、ある日付の上に印がつけてある。それが、イベントの日らしい。

「三日後ね。ちょうど今から準備を始めれば、間に合うと思うわ」

 フュリスの反応も気にせず、一方的に語りだす。フュリスは何とか真っ赤な顔を元に戻そうと四苦八苦。

「それでね、後でお買い物に行くんだけど、良かったらフュリスちゃんも一緒に来ない? それで、アキラさんに日頃の感謝を込めて手作りのプレゼントを用意するの」

「私は……その、そういうのは苦手で……」

「大丈夫。私が手取り足取り、教えてあげるから、ね?」

 強気に押してくる真由美。防戦一方のフュリスはタジタジである。

「きっとアキラさんも、喜んでくれるわ。それでふたりの中も、一気に大接近よ」

「……」

 少女は考える。好きとかはどうでもいい。自分には関係の無い事だ。しかし、あの時自分を助けに来てくれたお礼は、しなければならないだろう。そういう事ならば、これはチャンスかもしれない。唐突に礼をするよりも、こういうイベントを利用した方が、言い訳が立つというものだ。

 そして少女は決心する。

「よろしく、お願いします……」

「ふふっ、任せてちょうだい」

 

 

 

 朝から一文字アキラは、街のパトロールをしていた。一見平和そうに見える街も、ちょっと目を凝らせば事件で満ち溢れている。

 店先での主婦の喧嘩。道端の捨て猫。野良犬に追いかけられる人。道に迷った老人。

 それらを解決する事も、宇宙刑事の役目。そう信じて疑わないアキラ。正義マニアもここまでくれば立派である。

 そんな訳で、アキラは商店街のパトロールをしているのだが。

「……む、何だ?」

 目の前の店先、なにやら人だかりができている。何かの事件だろうか。もしそうであれば、行って解決しなければなるまい。

 アキラは人だかりに走り寄る。

「……特に変わった点は見られないが……これは何だ?」

 ワゴン一杯に並ぶ商品。そこに若い女性が集まって、吟味している。

「なぁ、これは何なんだ?」

 手近なひとりに問いかける。その女性は、何で彼がこんなところにいるのかと、不審な者を見る視線を向けながらも、口を開いた。

「もうすぐあの日でしょ、だから、みんな買い物してるの」

 あの日? 何か行事でもあるのだろうか。ワゴンの商品をじっと眺めるアキラ。綺麗にラッピングされた品々。やがて、それに一定の規則性を見つける。

「ふむ、これは俺の好物ではないか」

 そうと分かれば、話は早い。その行事とやらは、みんなで一斉にこれを食らう日なのだろう。

 それならば自分も買っておかなければならない。きっと真由美や弥生もすでに買っていて、その日が来れば食べるに違いない。自分だけ除け者にされても困る。

 アキラはふたつ、それを買い込む。変わったものを見るような、店員の眼差し。

 ひとつはフュリスにあげるため。彼女もこの事はまだ知らないはずだ。渡してやれば、喜ぶだろう。

 アキラは包みを抱え、再び街の雑踏へと踏み込んだ。

 

 

 

 今日は13日。明日はいよいよ、イベントの日である。弥生もアキラも出かけてしまい、早乙女家にはただふたりだけしかいない。そのふたり、真由美とフュリスは、台所でなにやら行っていた。

 台所一杯に広げられた道具、材料。これから何が始まるのか。

「さぁ、愛情込めて作るわよ?」

「……はぁ」

 真由美は妙に元気一杯である。何がそんなに楽しいのだろうか。フュリスにはさっぱり分からない。

 そんなフュリスを別にして、鼻歌交じりに支度を始める真由美。

「まずはこれを、湯煎で溶かすの」

「ユセン……?」

 自慢ではないが、フュリスはさっぱり料理のことが分からない。今まで特に料理をする必要も無かったし、別に自分に必要な技量だとも思っていなかった。せいぜいレトルトものを温める事ができるくらいである。

「ダメよフュリスちゃん、料理は愛情。真心と笑顔をこめて作らないと、美味しくならないのよ?」

 では、プロの料理人はいつも笑顔で調理しているのだろうか。頑固オヤジの店というのも世の中にはある。頑固オヤジが笑顔では、ただの気味悪い店に変貌してしまうのではなかろうか。

「湯煎っていうのはね、材料を直接火にはかけないで……」

 真由美はそんな少女に、ゆっくり丁寧に料理の仕方を教えていく。料理というものは、作り手の心が篭っているものだ。だから、それを食べた者が暖かさを感じたり、優しさを受け取ったりできる。

 この少女が作ったものならば、きっと溢れんばかりの愛情が詰まっている事だろう。

「アキラさんも、幸せ者ね……」

 小さな体で、一生懸命台所に立つ少女を眺めながら、真由美はほぅっと息をついた。

「どうしよう……ママ、本当に作り始めてるし……」

 台所をこっそり覗き込む弥生。彼女には、真由美が少女のために料理を教えているとは分からない。

 完全に、アキラのために真由美が作っていると勘違いしていた。

 となれば、今すぐ乱入して止めた方がいいだろうか。しかし、それでは根本的解決にはならないだろう……。

 台所では、真由美が鼻歌を歌いながら、小麦粉をふるっている。何か母親を諦めさせる方法……。

 そっと台所の前から立ち去り、電話を手にする。

「……あ、もしもし、瑞穂? ちょっとお願いがあるんだけど……」

 

 

 

 日付が変わり、ついに14日になった。今日も変わらず、アキラは街に出ていく。事件には日にちは関係ない。常に備えよ、悪人倒せ。正義の味方に、休日は無し。

 というわけで、アキラは繁華街へとやってきた。相変わらずきらびやかな装飾を施された場所には、女性達が集まっている。

「大きなイベントなのだな……」

 売り場に背を向け、歩き出す。その時、背後からキャーッという悲鳴が聞こえる。

 振り返ると、怪人が売り場の女性達を襲撃していた。

「うおおーっ! 貴様らの愛を、俺に寄越せーっ!」

「きゃーっ!」

 白い服に、赤いリボンを体中に巻いた怪人。実に猟奇的である。大暴れで女性達を追い掛け回す、そこへアキラは立ちふさがる。

「待て、怪人! 貴様の相手は、この俺だ!」

「……ブレイバーか、面白い。この鬱憤をぶつけさせてもらう!」

 怪人の身にまとったリボンが、しゅるしゅると解き放されていく。

「くらえ、超拘束ラッピング!」

 リボンは音を立てて飛来すると、たちまちアキラの体に絡みつき、その動きを封じる。

「ふははっ。どうだ、動けまい!」

 ギシギシ……!

 徐々に食い込むリボン。苦痛の表情を浮かべるアキラ。

「ブレイバーはこのバレーン大尉が討ち取るのだ」

「くそっ!」

 ※説明しよう。怪人バレーン大尉のリボンは、鋼鉄以上の強靭さを持つのだ!

 一文字アキラ、絶体絶命のピンチ……!

 その時、周囲を囲んでいた女性達が、ポカポカとバッグやら拳やらで怪人を殴り始めた。

「あっ、こら、やめろ!」

「うるさい、女の敵!」

「変態!」

 ポカポカポカ……!

 流石の怪人も、数の暴力にはかなわない。ましてや相手はパワー溢れる、若い女性である。思わず拘束していたリボンを緩めてしまう。

「よし、助かった。今のうちに瞬着だ!」

 キュイン! 光が一筋、アキラに降り注ぐ。そして光が晴れると、アキラはヘルメットを装着していた。

「瞬着装甲、宇宙刑事ブレイバー! 参上!」

 ビシッとポーズを決める。女性達の歓声が、辺りを包む。意外な事に、ブレイバーはこの街では人気者なのだ。なんといっても、日頃の細かな活動が、住民に愛されているのである。困っている女性を助けた事も、一度や二度ではない。

 それに自覚はないが、アキラはなかなか男前なのである。少々暑苦しいが。

「さぁ怪人、改めて勝負だ!」

「……ちょっと待て、その前に、ひとつ貴様に聞きたいことがある」

「何だ?」

 怪人は辺りを見回すと、言葉を続ける。

「貴様、意外と人気者のようだが……チョコレートは貰うのか?」

「何だと?」

「だから、チョコレートだ。バレンタインのチョコを、貴様は貰うのか?」

「あ、私あげよっかな」

「そうね、いつもブレイバー、頑張ってるし……」

「この前うちのおばあちゃんが助けてもらったって。お礼にあげてもいいかな」

 がやがやと外野の女性陣が騒ぎ出す。それを聞いて、プルプルとバレーン大尉の肩が震えだす。

「おのれ……おのれブレイバー……貴様もか……!」

「何だ、怪人。お前はチョコレートが欲しくて、暴れていたのか?」

「悪いかっ! お前みたいに幸せな奴に、俺の気持ちなんか……!」

 がっくり膝を突き、すすり泣きを始める怪人。なんというのか、非情に哀れだ。

 そんな怪人に、ブレイバーはゆっくりと近づく。

「……ブレイバー?」

 無言でポケットを探ると、ひとつのラッピングされたものを取り出す。

 それは、この前アキラが買ったチョコレート。

「ほら、これをやるから元気を出せ」

「……お、男から貰っても、嬉しくねーーーっ!」

 怪人は勢いよく立ち上がると、通りを走り去っていく。

「同情するなら、チョコをくれーーーっ!」

 やがてその姿は、夕日の沈む地平線の彼方へと消えていった。

「なんだったんだ、あの怪人は?」

 勝利を喜ぶ女性達に囲まれながら、ブレイバーは立ち尽くすのだった。

 

 

 

 家に帰ってきたアキラを出迎えた弥生は、その姿にぎょっとした。

「……なに、その荷物?」

 アキラは両手に大きな袋を抱えていた。

「うむ、なんだか知らんが、山ほどチョコレートを貰ってしまった……ひとついるか?」

 断ると、アキラはチョコレートの山を抱えて自室に戻る。そんな様子を、廊下の影から見守る影ひとつ。

「……むかっ」

 やがて一同揃った夕食も終わり、居間でそれぞれがくつろぐ。真由美はなんだかニコニコして、アキラとフュリスを眺めている。そのフュリスは、先ほどからなんだか落ち着かないようだ。

 やがて真由美は台所へ行くと、何かを手にして戻って来る。それを目にすると、弥生も慌てて自室に戻り、ふたつの包みを持ってくる。

「はいこれ、アキラさんに……」

「ちょっと待って、こっちが先よ!」

 アキラの前に並ぶふたり。

「ほらアキラ、瑞穂と私から。これあげるから、ママのは受け取らなくてもいいわよ?」

「あらあら、私のチョコレート、受け取ってもらえないのかしら?」

 困ったような顔の真由美。しかし、本命のチョコなど、アキラに渡させるわけにはいかないのだ。

 アキラは困ったように頭を掻く。これで今日貰ったチョコは何個目だろうか。

「今日は本当にチョコをよく貰う日だな」

 ピクッ! フュリスの眉が動く。

「いいから、ママの本命チョコなんて受け取らないでよ。そのかわり、私と瑞穂からのチョコあげるから。……勿論、義理だけど」

「あら、私のも義理よ? いつも頑張ってるアキラさんに、感謝を込めて、ね?」

 …………。

 ……という事は、つまり……。

「私の、勘違い……?」

「私はあの人を愛していますもの。航空便で本命チョコはもう送っているわ」

 ヘナヘナと崩れ落ちる弥生。せっかく友人を説き伏せた苦労は、なんだったのか。こんな事と分かっていれば、無駄な事はしなかったのに。

「とにかく、くれるなら貰っておこう」

 チョコを受け取るアキラ。その姿を、ぷるぷると震えながら見守るフュリス。

「……ん? どうした、フュリス?」

「アキラの……」

 その手に、いつの間にか握られるハリセン。そして、音速を超える猛烈なスイング。

「アキラの、バカーーーっ!」

 

 

 

 とある屋敷。広間に集結した怪人たちに、配られるチョコレート。

 これも士気を保つための、大事なイベントなのだ。

 少女は眼鏡を光らせながら思う。何処かへ走り去ったまま戻ってこないバレーン大尉も、早まらなければチョコをもらえたというのに。

 怪人のボスというのも、意外と大変な仕事なのだった。

 

 

 

 屋根の上、星降る夜空。少女はひとり、膝を抱えてうずくまっていた。

 さっきは、何であんな事をしてしまったのだろう。思わず何かに衝き動かされて、彼のことを叩いてしまった。

 何で、自分はこうなのだろう。可愛げの無い自分の事が、これほど恨めしく思ったことはない。本当ならば、あの時に自分の作ったものを渡すはずだった。それは今、この手に握られたままだ。

 夜風が拭き、髪をさらさらと揺らす。

「バカなのは、私だ……」

 彼が他の人からプレゼントを受け取っても、関係ないではないか。彼は彼なのだ。自分だけの物ではない。ましてや、家族同然に付き合っている人からのプレゼント。拒む理由も無い。

 だけど、他の人からもたくさん受け取っている。その事実に、心がざわめく。

 この感情は、何だろう……。

「アキラ……」

 膝頭に顔を埋め、そっと呟く。その呟きに、答える者は無く……。

「よいしょっと……」

 誰かが、屋根の上に上がってくる。その大柄な体。

「こんなところにいたのか、フュリス」

「アキラ……?」

 さっきの件の、文句を言いに来たのだろうか。ぎゅっと瞳を閉じる。なじられても、嫌われても仕方が無い。自分が、全て悪いのだから。自分の感情すら制御できない、自分が悪いのだから。

 アキラはゆっくりフュリスに近づくと、その隣に座る。しばし流れる、無言の時。

「真由美さんに、怒られたよ。早く追いかけてやれって」

「……」

「お前に、渡すものがあったんだ。手を出してくれ」

 黙って、彼の言う通りにする。その手に渡される、小さな包み。

「何です、これ?」

「今日はチョコレートを食べる日らしいからな。買っておいたんだ、お前の分」

 真由美から聞いた話を思い出す。今日は、愛する人にチョコレートを送る日。つまり、彼が自分にチョコレートを渡すという事は……。

「勘違いしても、いいんですか……?」

「よく分からないが、受け取ってくれ」

 震える手で、そっとその包みを抱きしめる。これは、アキラの気持ちなのだ。そして思い出す。自分が持っている物の事を。

「アキラ、私からも渡すものがあります」

 そっとラッピングされたそれを差し出す。何度も失敗し、ようやく作り上げたもの。真由美に教えてもらって、彼のためだけに作ったもの。

「受け取って、もらえますか?」

「ああ、頂くよ」

 アキラは快くそれを受け取ってくれた。フュリスの胸に、理解しがたい感情が湧き上がる。渡す事が、できた。その感動と共に。

「食べて、くれますか? 今、ここで」

 アキラは包みを解く。中から出てくる、チョコレートケーキ。とてもシンプルで、その分とても真っ直ぐな想い。

 アキラはケーキを口にする。少しチョコがじゃりじゃりして、苦いけれど、そこに篭められた作り手の必死な思いは伝わってくる。

「あの、どうですか?」

「結構美味いな。こういうビターなのは好みだ」

 ほっと息を吐き出す。自分の想いを、手渡す事ができた。それだけじゃない。彼からの想いも、受け取った。

 星空の下、チョコレートケーキを食べるアキラ。それをどこか優しい瞳で眺めるフュリス。お互い微妙な勘違いはあるが、それでもこういうことも許されるのだろう。

 今日はバレンタイン、恋人達の日なのだから……。

あまあまべたべた。

それが基本ですー。

では、よしなに。

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