表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

第十四話:惑う心、真っ直ぐな正義

 

 

 

『誰が悪で、誰が正義かは……歴史が決める事だ』

 その夜、一文字アキラは居間でテレビを眺めていた。画面では、役者が陳腐な台詞を口にしている。

「……ふむ」

 隣の弥生は、退屈そうにあくびをかみ殺している。しかし、アキラは真剣に見入っている。何がそんなに面白いのだろうか?

「こんな始まって三秒であらすじが分かっちゃうような映画、面白いの?」

「うむ、色々と参考になる。特に今の台詞はなかなかのものだった」

 面白いかの答えにはなっていないのだが……特に気にする事も無いだろう。アキラは万事、この調子だ。そもそもストーリーなどを気にするような男ではないのだ。

 ……それはそれで、製作者達には申し訳ないことだが。

「もう私は寝るわ。後はごゆっくり」

 弥生が自室へと戻っていく。アキラはひとり、映画を食い入るように見つめるのだった。

 そして、次の日の朝。

「ふわぁ……」

 大きなあくびをして、アキラが遅れて食卓へとやってくる。

「あら、アキラさんが大あくびなんて、珍しいわね」

 真由美が朝食を運びながら尋ねる。

「ええ、ちょっと映画を観てまして……」

「あらあら、それでお寝坊を?」

 たがが映画を観る程度で、寝坊などするものだろうか?

「何でもノンストップ九時間放映とかで……」

 思わず弥生は飲んでいたコーヒーを噴き出しそうになった。

「なにあの映画、そんな馬鹿げたものだったの? アキラもそんなのに付き合ってないで、さっさと寝ればよかったのに」

「しかし、なかなかためになる映画だったぞ? 二千℃の熱に耐えるスペースシャトルの耐熱タイルとか、クロイツフェルト・ヤコブ病の事とか詳しく……」

「どういう映画よ……そんなの見るなんて、暇人のすることよ」

 がっくりきてしまう。そんな弥生を眺めながら、フュリスはホットミルクに口をつけ。

「まぁ、馬鹿ですから……」

 ……と呟いた。

 

 

 

 今日も弥生は買い物に出かける。アキラは当然荷物持ち。そろそろこの姿も、板についてきている。

 それではただの情けない男なのだが、本人が気にしていないので、まぁいいのだろう。

「まだ回るのか? そろそろどこかで休憩でもしないか?」

「そうね……」

 アキラの珍しくまともな意見に、弥生も賛成する。横を見れば、ちょうど喫茶店がある。

 そこに、連れ立って入る。カウベルが鳴り、店員に席へと案内される。

「さーて、何を頼んじゃおっかなー」

 嬉しそうにメニューを眺める弥生。そのはしゃぎっぷりに、アキラは尋ねる。

「まさか、俺に奢らせようとか考えてないよな?」

「そのまさかよ。別にいいじゃない、アキラだってお給料は貰ってるんでしょ、公務員なんだし」

 確かに現地滞在用の金は貰っている。しかし、その実態はきっちりとフュリスに財布の紐を握られているのだ。迂闊に無駄遣いもできやしない。

「……あまり高いものは駄目だぞ?」

 しかし、アキラはとことん他人に甘いのだった。散々悩んだ挙句に、弥生が選んだものはメニューでも飛び切り大きくプリントされたもの。

「ハイパーゴージャススペシャルデラックススペースパフェ? 食い物か、それ?」

「メニューに載ってるんだから、当たり前でしょ! 一度頼んでみたかったのよねー」

 店員に注文を伝える。即座に店員は大声を張り上げる。

「HGSDSパフェ、入りまーす」

「はいよー!」

 アキラはとりあえず財布の中身を確認した。昼食代……削らないと駄目か……。心の中でがっくりと肩を落とす。

「どうしたの?」

「いや、何でもない」

 やがて、バケツ一杯分はあろうかという量のパフェが運ばれてきた。いくら甘い物は別腹だといっても、これは流石に弥生にはきついのではないだろうか。

「うーん、美味しー」

 しかしまったく気にする様子も無く、彼女はパフェを征服していく。少女の食欲という者に、改めて敬意を表する。

「ところでアキラ、聞きたい事があるんだけど」

「何だ?」

 パフェを口に運びながら、弥生は問いかける。

「あなた、フュリスの事はどう思ってるの?」

 フュリス、アキラのサポート役。いつも空の上のハイペリオンにいて、様々な雑務をこなしている。幸い始末書の類は出した事はないが、それでも諸々の仕事は山積みだ。

 あの年頃の少女には、少々ハードワークかもしれない。たまには骨休めをさせてやりたいものだが……。

 素直にそう口にする。その途端、にんまりと微笑む弥生。

「だったらさ、これ、あげるわ」

 差し出されたのは、二枚のチケット。

「これは……映画のチケットか?」

「そうよ。ほんとは弥生と行くはずだったんだけど、用事があるってキャンセルされちゃった。だから、あなたにあげる」

 チケットを受け取る。しかし、ペアチケット……誰と行くべきだろうか。

「真由美さんでも、誘うか……」

「この馬鹿!」

 ぺちんと頭を叩かれるアキラ。

「日頃の感謝を込めて、フュリスと行くのが普通でしょうが。ほんっと、唐変木よね」

 弥生はアキラの態度にあきれ果てているようだ。確かに、日頃の仕事に感謝して、映画にあの少女を誘うのも悪くはない……そう思うアキラ。

「フュリスも喜ぶわよ、きっと」

「そうだろうか……?」

 だが、あの何事にも無関心な少女が、こういう俗っぽい事に興味を示すとは、とても思えないのだが……。

 まぁ、せっかくだから誘うだけ誘ってみるか。断られて元々。運良く誘えればしめたものだ。そんなわけで、アキラは。

「それじゃあ、頂くよ」

「うん、あの子にうんと優しくしてあげてね?」

 妙に含みのある笑顔で、そう言われる。細かい事は気にせずに、アキラはチケットをポケットにしまった。

 気がつけば、パフェの器は空になりかけていた。

 

 

 

 再び荷物を持ち、ショッピングを続ける。この調子だと、まだまだ荷物は増えそうだ。

 山のようになった荷物を、崩さないように歩いていると、突如前を歩いていた弥生が立ち止まった。それにぶつかり、荷物を取り落としそうになるアキラ。

「どうしたんだ、急に?」

「……前、見て?」

 指し示す方を見る。そこには、ふたりの人間が立っていた。

 その片方には、見覚えがある。以前公園で、写真勝負をした時の怪人の親玉だ。

「待ちくたびれたぞ、一文字アキラ、いやブレイバー!」

 待たされたのは弥生がパフェを食べていたからだ。それはさて置き。

「私の名はジャスティー、今日こそ貴様を倒して、この街を征服させてもらう!」

「そんな事はさせない、瞬着!」

 荷物を傷めないように置き、ポーズをつけてコンバットスーツを転送する。たちまち光と共に装着されるヘルメット。

「宇宙刑事、ブレイバー! ここに参上!」

 アキラが瞬着したのを見届けると、ジャスティーは配下の怪人に命令を下す。

「行け、マリオネッタ! お前の力で、奴を思うがままにせよ!」

「御意!」

 怪しげな奇術師のような格好をした怪人は、両手を前に差し出し、念を籠める。

 ふよふよふよ……

 怪しげな念が、アキラ達ふたりに向かって放たれる。その念を浴び、急に気分悪そうにしゃがみ込む弥生。

「どうした、弥生?」

「ちょっと、気分が……体がまるで、自分のものじゃないみたい……」

 あの念の力か? しかし、アキラにはまったく被害がない。

 ※説明しよう。アキラの被るヘッドパーツには、有害な電波などを寄せ付けないシールドが施されているのだ!

「おい、しっかりしろ!」

「あ、う……頭が……ああっ!」

 急に弥生の腕が、唸りをあげて襲い掛かってくる。間一髪でそれを避けるブレイバー。

「どうしたんだ、いきなり!」

「分からない、体が勝手に……避けて!」

 今度は回し蹴り。そしてパンチへのコンボ。腕をクロスさせて、それを防ぐ。

 これはどういう事なのか? 弥生が自分の意思に反して、アキラに攻撃をしているとでもいうのか?

「ふひゃはは! 我の念を受けたものは、我が操り人形と化すのだ! 行け、少女よ!その手でブレイバーを葬り去るのだ!」

 弥生からの激しい攻撃をかわしながら、アキラは考える。何とかして、この少女を元に戻さねば……。しかし、どうやって?

「無駄だぞブレイバー。 この精神操作は術にかかったものが意識を失うか、極度の興奮状態に陥らない限りは解けない! 貴様は、その少女を気絶させる事ができるのか? 正義の味方が、罪の無い少女に攻撃できるのか?」

 じりじりと押されていくブレイバー。弥生の攻撃は的確だ。このまま防戦一方では、負ける事は無くとも勝つ事もできない。しかし、術を解くためとはいえ、弥生に手を上げるなんてこと、できるわけが無い。

『一体どうすればいいんだ……傷つけずに気絶させる方法……そうだ、確か昨日の夜観た映画で……』

 一か八か、やってみるしかあるまい。

 弥生が攻撃するために踏み込んでくるところを、抱きついて身動きを封じる。そして。

「弥生ちゃん、すまない!」

 唐突に、その唇を奪う。みるみる顔を赤くさせていく弥生。そして次の瞬間には、思い切りブレイバーを張り倒していた。

「何するのよっ、この変態!」

「すまん、術は解けたのか?」

 慌てて少女は体を動かしてみる。問題なく、動く体。術の支配からは逃れられたようだ。

「さて、次は貴様の番だ、怪人マリオネッタ!」

「ふっ、ならばもう一度術であの少女を……」

「待て、マリオネッタ」

 ジャスティーが怪人を止める。

「もうこれ以上弥生……いや、あの少女を巻き込むわけにはいかん。撤退だ」

 マントを翻し、ジャスティーは去っていく。

 何とか今回も撃退できたようだ。アキラはヘッドパーツの装着を解除する。

「意外に手ごわい相手だった……まさか弥生ちゃんの相手をする羽目になるとはな」

「それよりアキラ、何で私を気絶させずに、キスなんてしたの?」

 アキラは荷物を抱え上げながら、答える。

「昨夜観た映画で、キスで相手を気絶させるシーンがあった。そこで俺も真似してみた」

「そんな事で気絶するわけ無いでしょ!」

「だったら何故、術が解けたんだ?」

 アキラはどうやら、先ほど言われた事を忘れているらしい。術を解くには、『気絶』もしくは『極度の興奮』が必要。

『まさかアキラ相手にキスだなんて。いくら相手がアレでも、流石にドキドキだわ……』

 荷物持ちのアキラを急かしながら、家路を急ぐ。

 それでも、わずかばかりの感謝がある。あの時、アキラは自分を傷つけることだけは、避けてくれた。

 それだけは、感謝しなければならないだろう。キスと引き換えで、チャラだが。

「ただいまー!」

 大きく声を上げ、家のドアを開ける。そこには、玄関先でじっと帰りを待つ少女。

「アキラ……あなた、弥生さんに何をしたんですか? 返答次第では、折檻です……」

 彼女はハイペリオンから、戦闘の様子をつぶさに観察していたのだ。

 こうして、その夜の夕食には、アキラは姿を見せる事は無かった。正義の味方も、嫉妬には勝てないというお話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ