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第十二話:突撃、許されざるお見合い

 

 

 

「……うむ」

 ネクタイを締め、きりりと決める。日頃の着慣れた革ジャン、ジーンズの姿ではなく、ピシッとしたスーツ姿。しかし、意外にも似合っている。

「行きますよ、アキラさん?」

「はい、ただいま」

 そして咳払いをひとつすると、アキラはその建物へ向かって歩き出した。

 …………。

「お見合いー?」

 弥生が素っ頓狂な声をあげる。食卓の席。そこで突然真由美が切り出した話。それは驚きをもって迎えられた。

「でも私、まだ結婚する気なんて無いわよ?」

 弥生はまだまだ遊びたい盛りだ。将来の明確なビジョンはないが、結婚なんてごめんである。そんな弥生を、不思議そうな顔で眺める真由美。

「そうね。弥生にはまだ結婚は無理よね」

「だったらそんなお見合い話、何で持ってきたの?」

「私の知り合いの方からなのよ。急にお話があって……」

 いくら知り合いとはいえ、高校生にお見合いの話とはどういうことだろうか。事と次第によっては、きっちりと問いたださなければなるまい。

「とにかく、私は行かないからね!」

「弥生も来るつもりだったの?」

 ……。 微妙にかみ合わない会話。

「付き添いは、私だけで充分よ。弥生も心配性ね」

 齟齬に気づき、弥生は尋ねる。

「……私の、お見合いよね?」

「アキラさんのだけれど……どうしたの?」

 弥生はすってんころりと椅子から転げ落ちた。

 

 

 

 再び弥生も席に着き、真由美が詳しい話を始める。

「お相手はいいところのお嬢様でね、アキラさんのお話を聞いたら、ぜひ会ってみたいんだそうよ?」

 そんな真由美の話を、トーストをかじりながら聞き耳を立てるフュリス。一言も聞き漏らさぬように。

 当のアキラは、まだ自分の事が話題に上っているとも気づかず、のんきにコーヒーを口にしている。

「もう準備はできているそうよ。次の土曜日、大安吉日にお見合いの席が設けられるんですって」

「それでいいの、アキラは?」

 その声に顔を上げるアキラ。どうやらさっぱり聞いていなかったようだ。

「あなた、お見合いさせられるのよ? 何でそんなに平然としていられるのよ?」

「見合い? 誰が?」

「あ・な・た・よっ!」

 ギリギリとアイアンクローを仕掛ける弥生。そしてこの、のんきな大馬鹿者に、今の事態を手っ取り早く説明する。

「……なるほど。それでは真由美さんの顔を潰さないように、顔だけでも出すとするか」

「そうしてくれると助かるわ。準備は私に任せてくださいね」

 そして、朝食は終わる。各々が席を立っていく中、ひとり取り残されるフュリス。

「……お見合い……アキラが……」

 そして、なにやら決心を固めたかのように頷き、席を立つのだった。

「アキラ、ちょっと……」

 部屋でごろごろとしているアキラに声をかける。寝転がったまま、首だけを向けるアキラ。

「何だ、フュリス?」

「アキラは、本当にお見合いをするんですか?」

「まぁな。せっかくだし、こういう経験も悪くないと思っている」

 そのアキラの前に、バサッと一枚の紙を広げる。細かい文字がびっしりと並んだ紙。

「宇宙刑事規則第五百四十二条、現地惑星人との恋愛は、これを禁ず」

 面白くもなさそうに、それを眺めるアキラ。

「言いたい事は分かりますよね?」

「恋愛無しならいいんだろう? 見合いに出てはいけないとは、書いてないしな」

 そのまま立ち上がると、部屋を出ていくアキラ。

「ちょっと、まだ話は終わっていません!」

「パトロールが終わってから、じっくり聞くさ」

 さっさとアキラは姿を消してしまった。後に残された少女は、黙って爪を噛む。

 たとえ規則で決まっていても、万が一という事があるのだ。あの馬鹿なアキラならば、それもありえるかもしれない。そうなっては連帯責任だ。何とかしなければなるまい。しかも早急に。

 ……決して、誰かとアキラがくっついて欲しくないという、邪な考えではないのだ。これは規則で決まっているから、だから自分は仕方なく……。

 頭の中でずらずらと言い訳を並べながら、フュリスは部屋を後にするのだった。

 やがて日が暮れ、パトロールからアキラが帰ってくる。それを出迎えるのは、玄関に仁王立ちしたフュリス。

「……遅いです」

「いや、いつも通りだと思うが……」

 チラッと少女は腕の時計を眺める。

「二分も遅れています。言い訳は不許可ですので」

 いつの間に、こんなに彼女は厳しくなったのだろう。今までは多少時間をオーバーしようとも、たいして気にも留めていなかったというのに。

 そんな考え込むアキラを前に、フュリスは語りだす。

「このようなルーズな人が、お見合いなんてしても相手に恥を掻かせるだけです。いいですか、お見合いというものは、両者の威信をかけた行事なのです。お互いに相手の事を考え、礼節を尽くし、そしてそこで自分をアピールする事により結婚相手にふさわしいかどうかを見極めるのです。そもそもお見合いのルーツとは、遡ること……」

 ふと気がつくと、アキラの姿はそこには無かった。……逃げられた。

「ちょっと、まだお話は終わっていません!」

 慌ててフュリスは後を追うのだった。

 

 

 

 そしてお見合い当日。紆余曲折あったが、何とかこの日を迎える事ができた。アキラの服装も、真由美が用意してくれたスーツでビシッと決まっている。

 タクシーで、目的地である料亭に辿り着く。日頃豪胆なアキラも、いささか緊張しているようだ。

「もっとリラックスしてください、ね?」

「はい。しかし、こうも緊張するものとは……予想もしていませんでした」

「ふふっ、大丈夫ですよ。いつものアキラさんを、相手のお嬢さんに見せてあげてくださいね」

 そしてふたりは、並んで料亭の暖簾をくぐる。その後ろ姿を、こっそりと植え込みの影から覗く三人組。

「……入って行ったわね」

「ええ、確かに入りました」

 興味津々と覗く弥生とフュリス。その後ろで恐々と、弥生の背中にしがみつく瑞穂。

「何で私たち、こんな事しているんでしょう……」

「瑞穂だって興味あるでしょ? あの唐変木がお見合いの席で何をやらかすのか……」

 それは、確かに瑞穂も気にならないといえば嘘になる。何しろ彼は……。

『いっそのこと、お見合いでも何でもして宇宙刑事をやめてくれれば……』

 考え事をしている間に、弥生達は料亭に近づいていく。

「見取り図は、調べてあります。こっちから進入しましょう」

「やっるぅ! ほら瑞穂、置いてくわよ!」

 その友人の声に、慌てて瑞穂も後を追うのだった。

 カコーン……

 獅子脅しの音が、広い庭内に響く。その庭に面した一室、そこに、アキラは座っていた。

 目の前には、おしとやかそうな和服の美女。お互い黙って、うつむいたまま時が過ぎる。そんなふたりを、微笑ましそうに眺める真由美。

「いやはや、アキラさんは正義のためになるお仕事をしていらっしゃるとか?」

 相手の付添い人が、そう尋ねる。

「あ、はい。街の平和のため、日夜励んでいます!」

「それは実にいい。お嬢さんも、頼りがいのある人が好きだと、前々から申しておりましてな……」

 がははと笑う付き添いの男。和服の美女は、困ったような笑みを浮かべる。

「さて、私らはそろそろお邪魔して、後は若いもの同士ということで……」

 付添い人たちは、席を外す。そして残されるふたり。しばらく無言の時が過ぎる。

「……どうです、外を散歩でも?」

「……はい」

 アキラの誘いで、ふたりは庭へと出ていく。それを見つめる瞳三対。

「なんだ、思ったよりもまともにやってるのね」

「……」

 一安心したような弥生と、無言で成り行きを眺めるフュリス。瑞穂はさっきから遠慮してか、前に出てこようとしない。

 やがて見合い中のふたりは、三人が隠れている茂みの側へとやってくる。慌てて気配をころす弥生達。

「楓さんの、ご趣味は?」

「はい……お花と、護身術を少々……」

「ほう、いい趣味だ。護身術には、俺も少々覚えが……」

 なかなか会話もはずんでいるようだ。傍目にはいい雰囲気である。

 やがてふたりが去った後、茂みから顔を出す。

「うーん、これはひょっとするとひょっとするかもね」

「そんなの、私が許しません!」

「あら、フュリス焼きもち?」

「な、そんな、違います! 私はただ、法律に則って清く正しい……」

「つまり、地球人とはダメでも、フュリスとの職場恋愛はオッケーなのよね?」

「そそ、そんな事……私は……!」

 フュリスをからかう弥生。むきになって否定するフュリス。成る程、真由美がこの少女を構いたくなる気持ちも、分かるというものだ。

 フュリスも普段は無表情の仮面を被ってはいるが、その中身は自分の気持ちに不器用な、歳相応の少女なのだ。

 ……ふと気がつくと、瑞穂の姿が見えない。どこに行ったのだろうか。まさか、自分だけ先に逃げたとか……?

「何やってるのよ、まったく……むぐっ?」

 突如、背後から口を押さえられる。そのままずるずると、茂みの中へと弥生は引きずられていった。

 

 

 

「それがまた傑作で……ん?」

 談笑しながら歩くふたりの前に、立ちふさがる黒服の男達。その手には弥生、フュリス、瑞穂の三人が捕らわれている。

「……お前ら、何者だ?」

「お前に用はない。そこのお嬢さんに、野暮用があるのさ」

 振り返り、お嬢様である楓を見る。プルプルと怒りに震える肩。

「われら……何をしとるんか分かっとるんか!」

 突如としておしとやかさを消し、、方言丸出しの言葉を発する楓。いや、それは方言ではない。いわゆるある種の『ヤ』のつく職業の用いる専門語だ。

「カタギのもんに手を出してから、ただで済むゆぅて思うとるんか?」

「俺達はあんたさえ何とかできればいいんだ。そういう命令を受けてきたんだよ!」

 アキラは後ろ手に、楓を庇う。隙を窺うが、人質をとられていては、圧倒的に不利だ。

 何とかしなければ……。しかし、どうやって? 相手の狙いは楓さんだ。しかし、だからといって彼女を差し出して、解決などという真似はしたくない。それは正義に反する。

「大人しく一緒に来てもらおう。嫌だと言ったら、この子達を……」

「分かったわ。そんかわり、その子らには指一本触れたらいけんぞ?」

 ゆっくりと、楓は一歩踏み出す。にやりと笑う黒服の男達。その隙を突いて、フュリスは自分を捕まえている男の腕に噛み付いた。

「うぎゃあっ! このガキッ!」

 慌てて振りほどく。その勢いのままに、フュリスはアキラの方へと走る。

「甘いわよ!」

 その一言と共に、弥生は華麗な一本背負いで自分を捕まえていた男を投げ飛ばす。

「……ごめんなさい!」

 キンッ!

 男に嫌な汗を流させる音を立てて、瑞穂が男の急所を蹴り上げる。悶絶する男。

 そして三人は、アキラの側に駆け寄る。形勢逆転である。

「き、貴様ら……。こんな事をして、ただで済むと思っているのか!?」

「冗談は顔だけにしいや。今すぐ楽にしちゃる……」

 楓がそう言い、着物の袖を捲り上げたときには、すでにアキラが黒服たちに飛び掛ったところであった。

「断罪パーンチ!」

「断罪キーック!」

「断罪ウエスタンラリアット!」

 畳み掛けるような攻撃の前に、ぼろ屑のようになっていく黒服たち。

 そのあまりの早業に、楓はあっけにとられる。

 そして後には、ぼろぼろの姿で積み重ねられた男達の山。綺麗にアキラが掃除してしまったのだ。

「女の子を人質に取り、あまつさえか弱き女性を襲おうとするなど、断じて許せん!」

 アキラは楓に向き直る。

「大丈夫ですか、楓さん?」

「え、あ……はい、すみません、ご迷惑をおかけして……」

 先ほどまでの、威勢の良さはどこへやら。すっかりおしとやかに戻る楓。

「なに、気にしないで結構です。何しろ俺は……」

 側に駆け寄ってきたフュリスの頭を撫でながら言う。

「……正義の、味方ですから!」

 

 

 

「アキラさん、あなたにお手紙が届いているわよ?」

 あの散々なお見合いから数日後、アキラの元に一通の手紙が届いた。差出人は……楓、あのお見合い相手である。

 早速封を開けて読んでみる。横から弥生とフュリスも覗き込む。

「何々……。一文字アキラ様、お嬢様があなたの事をお気に召したらしく、ぜひあなたを我が極道会の若頭として迎えたく……」

 びりっ!

 突如横から伸びてきた手が、手紙を掴み引き裂く。

「何するんだよ、フュリス?」

「アキラ、あなたはまさかこんな誘いに乗ったりはしませんよね? あんな女と、共に行ったりはしませんよね?」

 尋ねる少女の目は、真剣だ。

 アキラは、そんな少女の肩に優しく手を置く。

「俺は極道向きじゃない。しがない宇宙公務員がお似合いさ。お前と一緒に過ごす、この何でもない日常がさ」

 

 

 

 満月の下、楓はひとり酒を飲んでいた。

「一文字アキラ、か……」

 ああいう男がいるのなら、世の中まんざら捨てたものではないだろう。

「惚れちまったかな、ふふ……」

 この夜空の下、どこかで彼もこの月を見ているのだろう。

 楓はぐいっと杯をあおった。

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