第十一話:勝利の逆光、ピーカン不許可
青空の下、アキラとフュリスは歩いていた。目指す場所は、中央公園。何故、こんな事になったのかというと……。
『今度ね、町内写真大会があるの』
朝食の後、真由美が唐突に切り出す。
『写真大会、ですか?』
『そうよ。優勝者には、お米1俵がプレゼントされるの。それでお願いなんだけど……』
つまりは、そういう訳である。優勝するために、良い写真を撮らねばならないのだ。
最初は弥生にモデルを頼もうとしたのだが、素気無く断られてしまった。そんな訳で、アキラは一番身近な少女に、モデルを頼む事にしたのだった。
「モデルなんて、何をすればいいんですか?」
「特に気にしないでいい。自然体でいれば、それが一番だ」
アキラとて、カメラマンの心得を知っているわけではない。ただファインダーを覗いて、シャッターを切ることくらいしかできない。
それでも、まぁ何とかなるだろうと思うアキラ。写真は心という言葉もある。幸いモデルは一流だ。後はどれだけ、この少女の魅力を引き出せるかだ。
公園に着くと、すでに幾人かがシャッターを切っていた。なかなかに競争率は高いらしい。早速アキラも真由美から借りたカメラを取り出し、準備をする。
「それじゃあ、始めようか」
「はぁ……」
ファインダーを覗く。レンズの向こうには、無表情な少女。
「ほら、もっと愛想良く、笑ってくれ」
「そう言われても……」
愛想良くなんて、彼女には向いていないのだ。いつも無表情、無感動。唯一例外があるとすれば、この……。
「うーむ、できれば笑顔のシーンが欲しいところだな……」
ぶつぶつと文句を言っている、ひとりの男が関わる時だ。
それだって、自覚があってのことではないのだ。そうそう笑顔になれるわけではない。
ふたりの撮影会は、前途多難なのだった。
ここは早乙女家。居間でお茶を飲みながら、ふたりの女性がくつろいでいた。
「ねぇ、ママ?」
「なぁに、弥生?」
雑誌を読みながら、弥生が尋ねる。
「どうしてママが写真を撮らないで、アキラに任せちゃったの? ママって結婚前は、世界を飛び回るジャーナリストだったんでしょ? アキラよりはマシなはずだわ」
そんな彼女に、真由美は微笑みで返す。
「優勝商品なんて口実よ。今日一日、ふたりっきりで楽しんでくれればそれが一番なの」
「……呆れた。わざわざデートのセッティングに大会を利用するなんて」
真由美の真意を知れば、思わずため息も出るというものだ。
「だってふたりとも、素直じゃないんですもの。ついついおせっかいを焼きたくなっちゃうのよね」
あの微妙な距離を、つかず離れずするふたり。見ているだけで、微笑ましくなるような。
『……応援、してあげなくちゃね?』
そんな真由美の真意も知らず、公園内をぶらぶら散策するアキラとフュリス。どこか撮影によさそうなロケーションを探しているのだ。
しかし、なかなかこれだと思うような場所はない。行ってみればすでに先客がいたりで、思うようにはいかないものだ。
とりあえずは隣を歩く少女の姿を、思い出したようにフィルムに収める。しかし、どうにも表情が硬く、写真としてはいまいちである。カメラを向ければ、どうしても意識してしまうのか、ますます無表情に磨きがかかる。
「カメラを意識するな。もっと自然に……」
「そんなの、無理です」
うむむとアキラは考える。とりあえずは、慣れてもらうしかないのだが、いつになることやら。もっとこの少女の自然体を引き出すためには……。
アキラはカメラを納める。そんな様子を、不思議そうに眺めるフュリス。
「撮らないんですか?」
「いや、これは後でいい。せっかく外に出たんだ。少し楽しもうか」
そっとフュリスの手をとる。
「きゃっ!」
いきなりの接触に、思わず声が出てしまう。
「どうした、フュリス?」
「な、何でもありません……」
内心のドキドキを押さえながら、何とか平静を取り繕って答えるフュリス。彼に変に思われてはいないだろうか? 冷静に答えを返せているだろうか?
そう、彼は別に特別な事を考えて、手をとったわけではないのだ。だから自分が慌てることなんてないのである。
『平常心、平常心……』
しかし、思えば思うほど、彼の手の柔らかさ、温もりを感じてしまい、赤面する。唯一の救いは、鈍感な彼がそんな少女の変化に気がつかない事だろう。しかし……。
『まったく気がつかないのも、どうかと思います……』
鈍感は時として罪なのだ。
手を繋いだまま、公園の中を歩く。やがて目の前に、一軒の露店が見えてきた。
「ちょっと待ってろ、フュリス」
アキラは手を離し、駆け出す。今まで感じていた温もりが消え去った事に、僅かな寂しさを覚える少女。
やがてアキラは、両手にソフトクリームを持って戻ってきた。
「ほら、奢りだぞ」
手渡されるソフトクリーム。それを舐めながら、再び歩き出す。青空の下、辺りを見回せば恋人達が何組も仲良く歩き回っている。
ふとフュリスは気がつく。今の自分達も、周りからは恋人同士に見えているのだろうか。チラッと横を見れば、アキラと目が合う。気恥ずかしくなり、慌てて目をそらす。
これでは、まるでデートではないか。彼と、デート……。意識しまいとしても、どうしても鼓動が早くなる。
「フュリス……」
「はっ、はいっ! 何ですか!」
真剣な表情で自分を見つめるアキラ。胸の鼓動を抑えて、その瞳を見つめるフュリス。静かなひと時が流れ、そしてゆっくりとアキラは口を開く。
「アイス、溶けてるぞ?」
「こ、この……馬鹿っ!」
どういうわけだか、フュリスは機嫌を損ねてしまった。
アイスの味が気に入らなかったのか、それとも溶けてしまったのがまずかったのか。ともかく、アキラは何とか機嫌を直そうと四苦八苦する。
「ほら、俺の分も食べていいから」
食べかけのソフトクリームを差し出す。少女はそれをじっと見つめ……。そして、なぜか赤い顔で受け取る。恐る恐る口をつける。何とか機嫌は直ってくれたらしい。
さて、いつまでもこうしてはいられない。当初の目的どおり、写真を撮らなければ。気がつけば、ふたりは公園の中の池の側に来ていた。
「さて、そろそろ写真を撮るか」
フュリスがアイスを食べ終わったのを見て、アキラはカメラを取り出す。そしてどこか満足げな少女の姿を、フィルムに収めようと……。
「ぬおっ! ブレイバー!」
声の方を見ると、怪しげな髪形をした男の姿。
「まさか貴様も、写真大会に参加するのではないだろうな?」
「誰だ、お前は?」
男はカメラを片手に見得を切る。
「俺様は怪人、アーラ・キー! 怪人たちの胃袋を満たすため、米一俵を求めて撮影中なのだ!」
「余計なこと口走るな!」
パシーンと怪人の頭をはたく、もうひとりの影。鎧のような物に全身を包み、仮面で顔を被ったその姿。
「なんとしても優勝を頂き、名を知らしめるのが一番の目的。米は二の次だ」
「は、ははっー!」
どうやら鎧姿の奴が、怪人の大元締めらしい。アキラはふたりを前に、身構える。
「また何か悪さを企んでいるのならば、容赦はしないぞ?」
しかし、そんな逸るアキラを、鎧姿は制す。
「まて。力技だけでは埒があかない。ここはひとつ、私の怪人と写真で勝負するというのはどうだ?」
確かにここにフュリスがいる以上、コンバットスーツの転送は受けられない。しかも相手はふたり組。フュリスを守りながら戦うには、あまりにも不利だ。
「……いいだろう。では、撮影勝負だ!」
その声と共に、一同は分かれる。より良い被写体を求めて。
アキラはフュリスを連れて、池のほとりに出る。ここならばロケーションは万全。後は撮影されるもの……。
「……? なんです、アキラ?」
「頼むフュリス、何か可愛らしいポーズでも取ってくれ」
「そんな、急に言われても……困ります」
可愛らしいと言われても、あいにくと彼女はそういうのには無縁である。ましてや自身の備える容姿にも、気がついていない。磨けば光るのだが、本人にその意思が無いのである。そんなわけで、どうすれば良いのか分からない。
そうこうしているうちにも、怪人アーラ・キーはパシャパシャと辺りを撮り回っている。どうやら数で勝負するらしい。対抗してアキラも、カメラをフュリスに向ける。
しかし、レンズを向ければ固まってしまう少女。撮られると意識すればするほど、自然な姿とは遠くなってしまう。
このままでは、勝負に負けてしまう。何かいい方法はないものか……。
ふと、背後の池を見ると、何かがばしゃばしゃと水面を騒がせている。
「何だ、水鳥か……?」
しかし、よく見てみるとそれは小さな子猫だった。ばしゃばしゃと必死でもがき、何とか岸に泳ぎ着こうとしている。
「おおっ、格好のシャッターチャーンス!」
怪人は溺れる猫にカメラを向け、写真を撮りまくる。
「写真に必要なものはリアリティー! 生死の瞬間を捉えてこそ、プロカメラマン!」
そのうちに、徐々に子猫の動きは鈍くなっていき、今にも沈みそうになる。
「アキラ……!」
「ああ、任せておけ」
アキラはカメラを置き、服を脱ぐと池の中へと飛び込んだ。
濡れねずみのアキラ。その手には、同じくずぶぬれの子猫。ぶるぶると震えている。
横では、鎧姿が手にした杖で怪人を叩きのめしている。
「何で助けなかったの! 写真なんかどうでもいいでしょ、この役立たず!」
「ひいっ、すみませんー!」
やがて子猫は、ぷるっと体を震わせると、小さく『にぃ……』と鳴いた。
「良かった……元気そうです」
フュリスは服を着るアキラから子猫を受け取る。
「ブレイバー、今回は引き揚げる。次の時を覚えているがいい!」
怪人を引きずり、去っていく鎧姿。良くは分からないが、勝利したようだ。
「もう、大丈夫だからね……」
子猫を抱きながら、僅かに顔をほころばせるフュリス。かしゃっ。アキラはカメラを構え、小さな音がした。
やがて日は流れ、写真大会の結果発表日。商店街にはたくさんの写真が張り出されている。通行人達はそれを眺め、気に入ったものに票を入れるのだ。
やがて集計も終わり、結果が張り出される。大きく引き伸ばされた写真。そこには、ひとりの少女の姿が焼き付けられている。子猫を抱きしめ、僅かに顔をほころばせている少女。
それは、実に暖かく、心に焼きつく姿であった……。
後日、あちこちの写真家からフュリスに撮影の申し込みが来て、彼女が辟易したのは別のお話。