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第十話:危機! ブレイバー瞬着できず!

 

 

 

「もうそろそろ、あのブレイバーを何とかしないといけませんね……」

 少女はひとり呟く。ブレイバーのおかげで、この街を世界征服のモデルケースにする計画は、頓挫している。つい先日も、配下の怪人慰安のために『安全・安心・確実に』プールを手に入れようという計画だったのだが、あえなく失敗してしまった。

 そろそろ、本気を出してかからねばならないだろう。そのためには……。

 眼鏡の奥の、瞳が光る。

「アレを、使ってみますか……」

 

 

 

 本日も、アキラは絶好調。朝食も駆けつけ三杯、白飯をおかわり。正義の味方は、体が資本だ。いつでも戦えるように余念が無い。

「もうちょっと遠慮したらどうなんですか、アキラ」

 フュリスの忠告にも耳を貸さない。自分の体の事は、自分が一番分かっているのだから。

「ごちそうさまでしたっ!」

 更におかわりをし、ようやく席を立つ。これから町内の見回りをしなければならない。どんな小さな事件も見逃さないように。正義の味方は、地域密着型なのである。

「ちょっと待ってよアキラ、今日は私の買い物の、荷物持ちをしてくれるはずでしょ?」

 出ていこうとするアキラを引き止める弥生。力だけはあるアキラは、たびたびこうしてこき使われている。居候している恩義もあるため、アキラには断ることができない。まぁ、それが無くとも彼は人の頼みを断ることなどはしないのだが。

「分かった。早く準備をしてくれ」

 一足先に玄関へ向かう。弥生も朝食を片付けると、着替えて後を追う。初めの頃に比べて、何となく弥生のアキラに対する態度も柔らかくなっている。自覚はないのだろうが、家族の一員として見られるようになったのだろう。

「フュリスちゃんも、一緒に行かないの?」

 ひとり朝食を続けている少女に、真由美は声をかける。

「私は仕事がありますから。いちいちアキラに構っていられません」

「でも、帰りに一緒にお食事とかしてこれるのよ?」

 ぴくっとフュリスは反応する。しかし。

「そ、そんな事、私には関係ありません」

 素直になれない少女。まぁ、これもひとつの彼女のスタイルなのだろう。とやかく口を出す事でもない。真由美は黙って、朝食の後片付けを始めるのだった。

 

 

 

 駅前の繁華街。そこのデパートに、アキラと弥生は訪れていた。

「もうそろそろ、春物の服を買っておきたいのよ」

 女性のファッションに対する考え方。男であるアキラには、いまいち分からないものがある。彼はいつも革ジャンに穿き古したジーンズ。対する弥生はいくつ服を持っているのかも分からない。

 ついこの間も、弥生は新しい服を買っていたような気もするのだが。

「そんなに服を揃えて、どうするんだ?」

「前の服は、もうきつくなっちゃったのよ。私、成長期だから」

 アキラはじっくりと隣の弥生を眺める。

「……何よ?」

「なるほど、太ったんだな?」

 パチンと弥生は無遠慮なアキラの頬を打つ。

「違うわよ! 胸とかがきつくなったの!」

 弥生にも、譲れないプライドがあるのだ。太ったなどと言われるのは心外である。

 そうこうしているうちにも、一軒の女性服売り場に辿り着く。

「私は服を選んでくるから、ここで待っていなさい」

「俺が服を見て、感想を言わなくてもいいのか?」

「あなたに女の子の服の良し悪しが分かるの?」

 お世辞にも彼の選美眼が優れているとは思えない。無骨な彼に、何が分かるというのだろうか。

 けれど、確かに彼の言うことにも一理ある。他人の目から判断してもらう事も、服を見立てる上で大切な事だ。マヌカンだけに任せるよりは、よほど良いだろう。

「そうね……そこまで言うなら、感想くらいは聞かせてもらおうかしら」

 ふたりは並んで店へと入っていく。そんな後ろ姿を、誰かが眺めている事も知らずに。

 

 

 

「ねぇねぇ、これなんかどう?」

「ちょっと弥生ちゃんには派手過ぎないか?」

 店の中、ふたりは色々と服を見立てていた。店員はそんなふたりを離れて眺めている。本人達がどう言おうと、その姿は休日に彼女の服を選んでいる恋人同士に見える。

「それじゃあ、こっちのは?」

「うーむ、少し大人っぽくはないか? 露出が多すぎると思うぞ」

「このくらい当たり前よ。ちょっと試着してみるから、感想聞かせてね」

 服を片手に、試着室へ入っていく弥生。その姿を見送りながら、アキラはため息をひとつつく。

 成る程、女性の服を見立てるというのは、大変な事だ。世の男性達も、このような苦労をしているのか。

 ぶらぶらと店内を歩く。すると、ふと目にとまる一着の服。

「……ふむ」

 どうしてそれが目にとまったのか、よく分からない。しかし、誰かに似合うような気がしたのだ。

 値札を見れば、結構いい値段。しかし、何故だかそれを買わなければならない、そんな気がした。

「じゃじゃーん、どう、アキラ? 似合うでしょ?」

 試着室から、大人っぽい格好をした弥生が出てくる。しかし、アキラは上の空。

「ちょっと、こっちを見なさいよ!」

 ギリギリとアイアンクローを仕掛ける弥生。

「ああ、うむ、結構似合ってるぞ」

「なんだか投げやりね。まぁいいわ。これ買って、次の店に行きましょ?」

 手を引く少女を引き止め、アキラは一着の服を手に取る。

「どうしたの? その服、私にはちょっと子供っぽいわよ? それにサイズも……」

「いや、弥生ちゃんにじゃない。これは……」

 

 

 

 それから、彼らはいくつもの店を回った。弥生はそのたびに、何着もの服を試着していく。こういう時、女は妥協はしない。自分をより良く見せるため、苦労は惜しまないのだ。

 やがて、日は高く上がり昼になる。アキラ達は最上階の展望レストランに赴く。

「さっきの買い物で、ちょっと財布が軽いんだ。奢る事はできないぞ?」

「分かってるわよ。ちょっと期待してたんだけどね」

 やがてふたりの前に運ばれてくる料理。アキラの腹が、ぐうと鳴る。

「まったく、デリカシーが無いわね」

「あいにく今、切らしてる。再入荷は未定だ」

 がつがつと食事を始める。そんなアキラを眺めながら、弥生は思う。自分にもし兄がいたならば、こんな感じだろうか。いつもだらしないけれど、困ったときには、頼りになる兄。

 せいぎのみかた。言葉にすれば、それはとても陳腐だけど、世の中にひとりくらい、そういう人間がいてもいいのではないかと思うのだ。誰のためでもない、ただ他人のために、その正義を燃やす人。そんな人が今、目の前にいる。

 最初は変な奴だと思った。けれども付き合っているうちに、だんだんと見えてきた。彼の本性が。それは、純粋な正義。一方的な押し付けの正義ではない。本当に、心の底から生まれ出るもの。

 だから、もう彼への嫌悪感はない。むしろ、自分は彼の事を好ましくさえ……。

「どうしたんだ、食べないのか?」

「ちょっと考え事をしていただけよ。あなたにこのハンバーグは渡さないんだから!」

 気を取り直して、食事を続ける。何を自分は考えていたのだろうと思う弥生。彼は一文字アキラ。自分の家の居候、それだけなのだ。

 

 

 

 昼下がりの道、山のように荷物を抱えた男と、手ぶらの少女。並んで歩いている。

 荷物持ちは男の仕事。それは遠く太古から刻みつけられた遺伝子の仕業だろう。男は結局女には逆らえないのだ。

「ねぇアキラ、あなたって何で宇宙刑事になったの?」

 それは、何となく思いついたこと。他意があって尋ねた訳ではない。

「ああ、俺の親父はある辺境惑星に勤務していた宇宙刑事でな……」

 彼の家族の話は、初めて耳にした。続きを促す。

「そこで一生を過ごして、殉職した。俺はそんな親父を超えたいと思って、宇宙刑事になったんだ」

 殉職。たった一言なのに、それは重く弥生の胸に響いた。

「ごめんなさい、変な事聞いちゃって……」

「どうした? 特に変な事とは思えなかったが」

 アキラはまったく気にしていないようだ。

「人には、成すべき事がある。それを全うして死んだなら、それは本望じゃないかと思うんだ……」

 そのまま、ふたり黙って歩く。もし、自分の命とひきかえに、この街を守れるとしたら、彼はどうするのだろうか。その質問は、弥生の口から出る事は無かった。

「情けないな、ブレイバー……」

 そんなふたりの前に、ひとりの男が立ちふさがる。しかし、見ていて非常に不快感をあおるのは何故だろう。

 その答えは、その男の格好にあった。筋肉隆々の男らしい肉体。しかし、それを包むのはフリフリのゴスロリドレス。実に似合っていない。

「何、コスプレ?」

「違う! これは完全な男女同権の賜物。男がスカートを穿いて、何が悪いというのだ!」

 言いたい事は分かるのだが、実に見ていて気分が悪い。そういう事は、似合っている者が言う台詞ではなかろうか。

「ブレイバー、何故そうも女に従うのだ? この世界は、男女平等であるべきなのだ。貴様のように、女にへいこらするような奴など、男ではない!」

「それで、何の用なんだ?」

「決まっているだろう。ブレイバー、貴様を修正してやるのだ!」

 そういうと、男はフンと体に力を込める。たちまち上半身の服がびりびりと破け、むき出しの筋肉が現れる。

「俺の名は怪人シメール! ブレイバー、勝負だ!」

「……弥生ちゃん、離れてくれ。いくぞ、瞬着!」

 ポーズを決め、コンバットスーツを呼ぶ。しかし。

「甘い! 瞬着ジャマー!」

 ふよんふよんと謎の光線が、空から降り注ぐ光に向かって放たれる。そして光がアキラに到達すると。

 ポンッ!

 ……アキラの頭には、可愛らしい麦藁帽子。

「な、なんだと?」

 怪人は誇らしげに笑う。

「これぞ秘密兵器、瞬着ジャマー。ブレイバー、貴様を瞬着させるわけにはいかない!」

 諦めずに、アキラは再度瞬着を行う。しかし、それも妨害されて、アキラの頭にのったのは綺麗な花が一輪。ヒーロー形無しである。

「ふはははっ、瞬着できない貴様など、おそるるに足りんわ!」

「くそっ……!」

 ブレイバー、絶体絶命のピンチ……。

 そこへ、今まで成り行きを見守っていた弥生が声をかける。

「ねぇ、アキラ?」

「なんだ、弥生ちゃん?」

「変身しても別にヘルメットつけるだけなんだから、いつもどおり殴り倒しちゃえばいいんじゃないの?」

 ……。

 じりじりとアキラは、怪人に近づく。

「な、ちょっと待て! ヒーローならヒーローらしく、変身して戦え!」

「こんな言葉を知っているか、怪人?」

 ……。

「お洒落なんか気にしない。ありのままの君が好き、と」

 そのまま怪人に走りより、必殺のパンチを繰り出す。

「断罪パーンチ!」

「げぶらっ!」

 拳一閃、吹き飛ぶ怪人。そのまま道路をごろごろとのた打ち回る。

「おのれ、おのれブレイバー! こうなったら俺の必殺技で……」

 その怪人の肩をぽんぽんと叩く何者か。

「……何だ?」

 振り向くと、そこには警官の姿。

「君、ちょっと署まで来てもらおうか?」

「なんだと? 俺は今大事な勝負中で……」

「不振な格好をした男が、街中をうろついていると通報があったのだ。とにかく、一緒に来るんだ」

 ずるずると引っ張られていく怪人。こうして、街中でのどうしようもない戦いは、どうしようもない結果に終わったのだった。

 

 

 

 夕食も終わり、各々自由にくつろぐ。アキラはテレビを眺め、フュリスはその隣でなにやらノートパソコンのようなものをいじっている。先の戦いで、コンバットスーツの転送を妨害された事を受けて、新たに転送プロトコルの変更を行っているのだ。

「……ああ、そうだフュリス、ちょっといいか?」

 アキラが思い出したように席を立つ。不思議そうな顔で、その後を見送るフュリス。

 やがてアキラは、一つの包みを持ってやってきた。それを少女に手渡す。

「なんですか、これ?」

「いいから開けてみろ」

 言われるままに、包みを解く。その中から出てきたものは。

「……これって……」

 空色のワンピース。あの時、アキラが買ったもの。

「これ……もしかして、私に?」

「ああ。サイズは合うと思うんだが……念のために試着してこい」

 いそいそと少女は部屋に入り、着替えて再び姿を現す。

「あの……どう、ですか? こういうの、着慣れていないので……」

「ふむ、思った通りだな。よく似合ってるぞ」

 かぁっと頬を赤く染める少女。

「なんだ、アキラも意外と見る目があるのね」

「本当、似合ってるわよ。フュリスちゃん?」

 おおむね彼の選択は、好評なようだ。

「どうした、気に入らないのか、フュリス?」

 どこか、心ここにあらずといった感じの少女。アキラの呼びかけに、慌てて彼のほうを向く。

「いえ、気に入らないわけじゃないです。ただ、その……私がこんなもの、頂いてもいいのか……私、何のお礼もできませんし……」

 そんな彼女の頭を、ぽんぽんと軽く叩くアキラ。

「フュリスには、いつも世話になってるしな。俺には、このくらいしか礼ができない。だから、良かったら受け取って欲しい」

「……はい」

 僅かに、しかし少女にとっては精一杯、フュリスは微笑んだ。

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