9刀
作者 oga
夏風はゆったりと起きあがると、小声で上野少年に言った。
「上野殿、拙者に斬りかかるでござる。 拙者がわざと負けた体を装えば、北欧殿を見返すことができるやも知れぬでござる」
しかし、その発言は火に油を注ぐ形となった。
「ふざけないでッッ! 何で僕がそんな卑怯なことしなきゃいけないんだッ」
その怒声を聞いた北欧ムサシは、なるほどな、と合点が言った様子で答えた。
「お前の差し金かよ、上野。 俺はお前のことを可愛がってやってたのに、そういうことすんのかよ。 ……引くわ」
「貴様ッ」
夏風は頭に血が上り、いよいよ刀の柄に手を伸ばした。
思わず、北欧ムサシも一歩退いたが、上野少年がその間に立ちはだかり、今まで見せたことの無いような、恨みの籠もった目つきで夏風を睨みつけた。
「う、上野殿……」
その目つきはあまりにも暗く、本気で人を殺しかねない、そんな風である。
上野少年の中にある、北欧ムサシを正面から倒したい、その気持ちを自分は踏みにじった。
挙げ句、北欧ムサシからは卑怯者のレッテルを貼られてしまった。
夏風は、いくら北欧ムサシに叶わなくとも、上野少年の気持ちを汲むべきだった、と心底後悔した。
北欧ムサシは、落ちたイヤホンの片割れを拾うと、2人を一瞥してその場からいなくなった。
残るは上野少年と夏風だけ。
ポツポツと小降りな雨が、柄を握る手の甲に落ちる。
「……出て行ってよ」
「上野殿…… す、すまぬ……」
「いいから、出て行ってよッ!」
上野少年が叫んだ。
そのあまりの声の大きさに、近くを通りがかったおばあちゃんが尻餅を着く。
「ヒイッ」
「上野殿、拙者、他に頼れる身内が……」
ピシピシッ、と顔面に何かが飛んできた。
そして、チャリン、という音を立てて、数枚の硬貨が地面に飛散する。
「これで、好きなとこいけばいい…… ずずっ、僕の目の前から、消えて……」
涙目で告げられたのは、絶縁宣言。
地面には、合計200円が転がっていた。
どこをどう通ったのか、分からない。
小粒だった雨が、いつの間にか本降りになる。
その雨に、着ていた「うえの」と書かれた体操服のインクが滲み、晴れたミミズのようになる。
しかし、そんなものを気にとめる余裕が無い程に、夏風の心はくたびれていた。
(拙者としたことが…… 上野殿の努力を全て無駄にしてしまった)
夏風はいつの間にか、黄色い眉毛の繋がったような看板の店、マックに足を運んでいた。
深夜、ほとんど誰もいない2階の角のテーブルでやけポテトを貪り、涙を流す。
(拙者なんて、拙者なんてどうせ役立たずでござるもんっ)
ござるもん、という日本語があるかはさておき、突然、誰かが背後から声をかけてきた。
「こんなとこにいたのか」
「……お、お主は!」