7刀
作者 oga
『敗北許すべからず』
夏風と上野父の二人は夜、晩酌を共にしていた。
その際、父が口にした北欧家に伝わる家訓。
父は、ビールと呼ばれる小麦色の液体を飲みながら、まるで自分のことのように饒舌に語った。
「あの家はエリート一族で、自分たちもその自覚があってか、私たち一般人よりも秀でていることを当たり前としています」
夏風はその話を聞いて、やや険しい顔を作った。
「……まるで、武士と農民の間柄のようでござるな」
上野少年の父、上野悟流は少し頭の禿げ上がった中年太りの、温厚そうな出で立ち。
どちらかと言えばこちらが農民、ということになるか。
父は苦笑しつつ、答えた。
「そう、まさにそれです」
「しかし、上野殿から聞きましたぞ。 現代はその様な格差は無くなり、みな平等であると。 ならば、戦う前から敗北宣言をすることはないのではござらぬか?」
「まあ、見れば分かりますよ……」
父は儚げな目でテレビの方を見た。
時は8時を過ぎて、お笑い芸人がストッキングを頭に被り、スタジオから笑い起こっている。
父は立ち上がると、少し待っていて下さい、と自室へと戻り、掌サイズの円盤を夏風によこした。
今朝は家の者はみな学校やら会社に出かけてしまい、家には夏風一人となっていた。
昨日、手渡されたDVDは、北欧ムサシの試合の映像であった。
北欧ムサシは家訓の通り、今まで公式戦で一度も負けたことが無い程に強く、上野少年にどれだけ自分の剣術を仕込もうとも、勝てる見込は万に一つとして無かった。
「すまぬ、上野殿っ」
朝、頭を下げた夏風だが、上野少年はやってみないと分からない、と竹刀を担いでそのまま学校へと向かった。
聞いた所、北欧ムサシは部活以外にも、近場の道場で稽古をしているとのことで、様子を見にその付近までやって来た。
(……これで、拙者の正体は分かるまい)
何を思ったか、夏風は頭に黒いストッキングを被り、家に置かれていた竹刀を一本拝借して北欧ムサシを待ち伏せしていた。
時刻は午後4時。
そろそろ学校が終わり、北欧ムサシがここにやって来る時間である。
すると、角から勢い良く一人の男子が飛び出してきた。
耳にはワイヤレスのイヤホンをはめ、颯爽と現れた端正な顔立ちの少年。
背丈は夏風よりは少し低いか。
「メエエーンッ!」
夏風は、握っていた竹刀を振りかぶると、北欧ムサシへと面を打ち込んだ。